第13章 その後の日々:変わらぬものと変わるもの(01)
真吾は、中学校で教鞭を執っていた。
教師という立場が、自分にとってまだ“しっくりくるもの”なのか分からなかったが、それでも毎日、教室に立ち続けていた。
かつての自分のように、規律を重んじる生徒がひとりいた。
決まりを守り、周囲にも同じことを強いるその姿に、ふと真吾は自分を重ねた。
ある日、その子にこう話しかけた。
「正しさは大事だ。でも、誰かの息が詰まるようなら、ちょっと緩めてもいいんだよ」
その子は不思議そうな顔をしていたが、真吾自身はその言葉を自分に言っていた。
“今の俺は、あの頃より少しだけ、人を見られている”――そう思えた。
菜穂は、地域の放送局で働き続けていた。
地味な仕事が多いが、彼女は以前より“仕事を投げない”ようになっていた。
報道特集のナレーションチェックの最中、ディレクターにこう言った。
「この言い回し、ちょっと浅いかも。“本音”が見えない気がする」
それは、かつての彼女なら言わなかった言葉だった。
“深く考えること”を避けてきた自分が、少しずつ変わり始めている。
ふと机の引き出しにしまった“卒業証書”を見つめ、彼女は苦笑する。
「まだ軽口は直らないけど、少しは“芯”ができてきたかもね」
雄也は、大学病院でカウンセラーとして研修を受けていた。
患者の話を“否定せずに聞く”という、シンプルだが難しい仕事。
最初のうちは、自分の感情が入りすぎてしまい、失敗もあった。
ある日、研修の指導教官からこう言われた。
「感情に巻き込まれることを怖がる必要はない。大事なのは、それを“整理できるかどうか”です」
その言葉を聞いたとき、ふと将や亜沙美たちとの会話が蘇った。
「“揺らぐこと”を怖がらない。……それが、人と関わるってことだよな」
雄也は、そう呟いた。
そして、亜沙美。
彼女はNPO法人に所属し、子どもや若者の居場所づくりに取り組んでいた。
誰かと“共に生きる”という理想を、形にするために動いていた。
ある日、小さな子どもがこう言った。
「お姉さん、なんでここにいるの?」
亜沙美は少し考えて、こう答えた。
「うーん……“誰かと一緒に笑いたかったから”かな」
それは、誰にも押しつけず、誰かと分け合うための想いだった。
彼らは互いに連絡を取り合っているわけではなかった。
グループチャットも、写真の共有もない。
でも、時折ふと――道端の木々や、夕方の空や、コーヒーの香りの中で、誰かのことを思い出す瞬間があった。
それは寂しさではなかった。
ただ、“あの時間”が、確かに存在していた証として、静かに胸の奥に残っていた。




