第13章 その後の日々:変わらぬものと変わるもの(00)
再会合宿から三ヶ月が経っていた。
夏は終わり、街路樹はすでに薄く色づき始めていた。
蝉の声は遠ざかり、空の色も少しずつ青から銀へと向かうような、季節の変わり目。
12人は、再びそれぞれの生活へと戻っていた。
だが、かつての“同じ教室”ではなく、今はそれぞれの“居場所”で、彼らは少しずつ確かな変化を起こしていた。
春樹は、地元にカフェを開いていた。
それは以前から彼が語っていた夢だった。
古民家を改装した店舗。メニューはコーヒーとトースト、そして手作りのスープだけ。
派手ではないが、昼過ぎには近所の常連客で満席になることもあった。
開店前、掃除を終えた彼は、カウンターの内側で手帳を見ている。
“今週の音楽”として流すプレイリストを選びながら、時折笑みを浮かべる。
合宿の写真の中で、美紗がぽつりと「悪くないわね、こういうの」と呟いた瞬間の静止画を、彼はスマホの壁紙にしていた。
何か特別な意味はない。ただ、“それがいい”と思ったのだ。
恵梨は、資格の勉強を始めていた。
心理カウンセラー。
それは、かつて「誰かの言葉で自分が壊れそうになった」経験から導かれた選択だった。
彼女はまだ不安定で、時折「向いてないかも」と弱音を吐くこともあった。
だが、ノートに並ぶ参考書の言葉をひとつずつ咀嚼するように読み込みながら、彼女は誰にも見せない“強さ”で未来を描き直していた。
デスクの隅には、坂下から届いた“卒業証書”が小さな額に入れて飾られていた。
柚羽は、小学校の教壇に立っていた。
子どもたちに囲まれ、毎日笑い、時に怒り、時に涙をこらえる。
教室の端に貼った「みんなちがって、みんないい」の文字を、今は誰よりも自分自身に向けて読んでいた。
新しいクラスには、“人と話すのが苦手な男の子”がいた。
彼女はその子の横に、昼休みにそっと座ってみた。
「喋らなくても、隣にいるだけで“伝わること”ってあるよね」
そう言ったとき、その子は小さく頷いた。
きっと、“あのとき”の祥太との時間が、自分のどこかに生きているのだと、柚羽は思った。
麻実は、自分のアイデアをまとめた“コンセプトブック”の制作を進めていた。
タイトルは『言葉にならない景色』。
中には言葉と図案と、手描きのスケッチが混ざっていた。整った本ではない。けれど確かな温度があった。
出版社への企画書を出すか迷っていたが、ある日ふと思った。
「“誰かに見せる”ことを、ようやく怖くなくなった」
その一言を書いたポストイットを、ノートの表紙に貼っておいた。
遼平は、町工場の再建に携わっていた。
大学院を出たばかりの彼にとって、これは想定外の選択だった。
けれど、彼は古びた旋盤を見つめながら、ふと笑う。
「“人の声が届く機械”って、案外あるかもな」
工場の壁には、小さな手作りのプレートが貼られていた。
《こたえのないまま、なおしていくこと》
それは、合宿中に彼がメモ帳に書き残した言葉だった。
美紗は、都市部の医療現場で働いていた。
外来の受付、事務処理、そして緊急対応。
柔軟で冷静なその対応力は、現場のスタッフたちからも一目置かれていた。
ある夜、同僚にこう聞かれた。
「美紗さんって、人間関係、ストレスとかないの?」
美紗はほんの少し考えて、こう答えた。
「あるわよ。でも、“感情”って扱うより、“理解”しようとすれば、案外整理できるものよ」
その言葉に、自分でも驚いた。
“関わること”を怖がっていた自分が、確かにどこか遠くにいた。




