第12章 卒業証書ともう一度の朝(00)
朝が、確かにやってきた。
長かったようで、あっという間だった三泊四日の最終日。
旧校舎の外は、まるでそれを祝福するように柔らかな光に包まれていた。
鳥の声がいつもより近くに感じる。
肌寒さの残る朝の風が、12人それぞれの頬をかすめていった。
その朝、坂下からの“最後の贈り物”が、旧校舎に届いていた。
封筒には、簡素な毛筆の筆跡でこう書かれていた。
《卒業証書 在りし日を過ごした者たちへ》
封筒の中には、一枚の紙と、一枚の写真が同封されていた。
紙にはこう綴られていた。
《この時間を過ごしてくれて、ありがとう。
この三日間は、課外授業ではなく、君たち一人ひとりが“過去と向き合う旅”だった。》
《正しさも、痛みも、沈黙も、怒りも、そして優しさも――全部、君たちの中にあった。
私はそれを、誰よりも誇りに思っています。》
《だから、今日、君たちに卒業証書を渡します。》
《これは、学校を出た証明ではありません。
これは、“未熟さを抱えたまま前に進む”ことを決めた君たちへの、もうひとつの証です。》
《誰もが何かを失い、何かを得てきた。
でも、その過程のすべてに“意味”があったと、君たちは自ら証明しました。》
《おめでとう。卒業、おめでとう。
私は、今も君たちの担任であることを、誇りに思います。》
――坂下
それを読んだ瞬間、誰もが言葉を失った。
あまりにも静かで、あまりにも確かな“終わり”の予感。
けれどそれは、決して寂しさではなかった。
むしろ、“やっとここまで来た”という、温かな安堵に近かった。
食堂に集まった彼らの前に、ひとりずつの名前が記された“証書”が並べられていた。
簡素な紙。手書きの文字。
でも、それは誰よりも彼ら自身の“証”だった。
「……これ、先生が亡くなる前に全部書いてたんだな」
柚羽がそう呟くと、誰かが小さく頷いた。
「すげえよ、先生。“未来を信じる”って、こういうことかもしれないな」
将がそう言った声に、誰もが応えるように笑った。
ひとりずつ、手に取った卒業証書。
そこに書かれていたのは、名前と、ただ一行の短い言葉だった。
《岸本祥太――静けさの中に耳をすませた者へ》
《新城柚羽――言葉の奥に光を見つけた者へ》
《古賀将――迷いながらも、誰かを笑わせた者へ》
《広瀬恵梨――弱さを隠さず、強さを手にした者へ》
《朝倉春樹――過去を照らし、今を照らす者へ》
《芦原美紗――孤独を選び、共にいることを選んだ者へ》
《成瀬遼平――静かな回路に心を刻んだ者へ》
《桐山麻実――創ることで、自分を取り戻した者へ》
《佐々真吾――正しさの先に、人を見つけた者へ》
《野田菜穂――軽さの奥に、粘り強さを宿した者へ》
《三井雄也――迷いの中に、冷静を見出した者へ》
《上原亜沙美――調和の中に、確かな声を持った者へ》
それを読み上げたのは、録音ではなかった。
――映像だった。
準備室の古びたスクリーンに、坂下の姿が映し出されたのだ。




