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僕らはまだ、間に合う  作者: 乾為天女


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第11章 最終夜の告白(01)

 焚き火の炎が、少しだけ弱くなった頃。

 誰からともなく、皆が立ち上がり、薪をもう一束足した。

 音もなく燃え始めた枝から、ぱちんという乾いた音が聞こえる。

 その音に、どこか心を預けるように、全員が円を描いて再び腰を下ろした。


 柚羽が、ぽつりと呟いた。

 「ねえ、あたしたち、ほんとはこの合宿で“何を卒業”するんだろうね」

 その問いに、誰もすぐには答えられなかった。

 けれど、美紗が少ししてから、ゆっくりと口を開いた。

 「“過去”……じゃない?」

 「過去を?」

 「ううん、“過去の見方”かな」

 彼女の言葉に、恵梨が頷いた。

 「わかる。あたし、ずっと“あのときの自分”を責めてたけど、今思えば、あの時ってあの時なりに精一杯だった。今の目で見れば、足りないことばかりだけど、でも……あれも“私”だった」

 「つまり、自分の未熟さごと抱きしめて卒業するってこと?」

 将が冗談まじりに言うと、麻実が静かに言った。

 「それ、いいな。“未熟さごと卒業する”って、すごく本質的」

 「でも、卒業って、次のステージに進むためのものでしょ」

 春樹が、火を見つめながら口を開く。

 「だったら俺たち、“どこに向かうんだろうな”」

 その問いは、ふと静まり返った火を囲む円の中心に落ちた。

 すぐに答えは出ない。

 けれど、その沈黙さえも、誰かの言葉を待つ余白に感じられた。


 亜沙美が、そっと言った。

 「私はね、“孤独に慣れてる自分”に、今日、別れを告げた気がする」

 「……うん」

 「誰かと共にいることって、安心するし、でも不安も増える。相手の感情に触れるって、ほんとはすごく勇気のいることだから。でも、今日のみんなを見てて、思った。“不完全でも、信じてみたい”って」

 柚羽がその言葉にそっと続いた。

 「それって、“希望”じゃない?」

 「うん。だから、“卒業”って、希望を持てるようになることかもしれない」

 「希望かぁ」

 祥太がその言葉を、口の中で反芻するように繰り返す。

 「……俺は正直、“希望”って言葉、ずっと苦手だった。キレイすぎて、薄っぺらくて。でも、今ならちょっとわかる。“誰かともう一度話せるかもしれない”って、思えるだけで、人ってすごく救われるもんだな」

 そのとき、焚き火がぐっと明るく燃え上がった。

 火は、まるで彼らの話を聞いていたかのように、力強く揺れていた。


 「……ここで話したこと、きっとすぐには消えないよね」

 菜穂が言った。

 「誰かが覚えてなくても、自分の中に残ってる。“ちゃんと過ごした時間”って、そう簡単には薄れないんだと思う」

 その言葉に、誰もが黙って頷いた。

 焚き火は、やがて静かに沈んでいった。

 それでも熱は、彼らの胸の奥にじんわりと残っていた。

 この三日間で交わしたすべての言葉、沈黙、視線――

 そのひとつひとつが、彼らの中で確かな“痕跡”を残していた。


 夜が更けていく。

 だけどその静寂は、恐怖ではなく、“整った終わり”のようだった。

 眠る前の最後の夜。

 彼らは誰も言葉を交わさなかった。

 けれど、心の奥で、きっと同じ言葉をつぶやいていた。

 ――「ありがとう」と。

(第11章 End)


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