第11章 最終夜の告白(00)
夜が、ゆっくりと降りてきた。
三日目の課題――“一人きりの時間”を終えた12人は、再び静かに、何も言わずに集まっていた。
校庭の端に積まれた薪に火が灯る。
それは、坂下先生が生前最後に生徒たちに残した“本当の意味での卒業式”のための、炎だった。
あの日、卒業証書と記念写真を手に校門をくぐったときには、誰も“まだ卒業していなかった”のだ。
心に残ったままの言葉。傷。誤解。後悔。沈黙。
それらを持ったまま、それぞれの場所で人生を始めた。
だけど今、こうして火を囲んで座る彼らの中には、確かに少しずつ“変化”が宿っていた。
「……言葉、いる?」
そう尋ねたのは柚羽だった。
「ただ焚き火を見てるだけでもいいし、何か言ってもいいし。順番とか、なしで。思ったことがあれば、話してよ。最後の夜なんだし」
誰も異論を唱えなかった。
そして最初に言葉を発したのは、遼平だった。
「……俺、機械をいじってばかりで、誰かとちゃんと向き合うのって、ずっと避けてた。でも、この三日間で少しだけ変わった気がする。“対話”って、難しいけど面白い。“言葉”って、もっと深いものだったんだなって思った」
その言葉に、春樹が頷いた。
「俺もさ、いつも“明るい奴”って見られてたけど、その明るさが“壁”になってた。誰も俺の奥を見ようとしなかったし、俺も見せなかった。でも今回は違った。ちゃんと、皆が“俺自身”と向き合ってくれた」
「……あたしは、逆に“見せすぎてた”のかも」
恵梨が続ける。
「毒舌で自分を守って、他人の反応で自分を確かめて。でも、そうやって“比べること”が自分の価値だと思い込んでた。でも今は、少しだけ“比べない自分”を信じてみようって思える」
「私は……自分の感情が見えなくなるくらい、“周りに合わせてた”んだと思う」
そう言ったのは亜沙美だった。
「誰かに嫌われたくなくて、傷つけたくなくて。でも、あたしが誰かとちゃんと向き合いたいなら、自分の気持ちを伝えなきゃって思った」
「……俺は、許された気がする」
真吾がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「誰かを導こうとして、結果的に縛ってしまった自分。でも、こうしてもう一度言葉を交わせて、許されて、そして自分自身を許すことができた」
将が火を見つめながら口を開いた。
「俺さ、自分の言葉に重さがないって、ずっと思ってた。だから笑わせて、空気を動かして、誰かを楽しませて。でも本当は、自分が“ちゃんと向き合ってもらえる存在か”って不安だった。でも、今日こうしてみんなの言葉を聞いて、ちょっと救われた。……ほんとに、ありがとな」
少しだけ沈黙が流れる。
その空気を、麻実の声がやわらかく切った。
「“意見を持つこと”って、責任を背負うことだと思ってた。でも、本当は違う。“自分である”ってことに、責任を持つって意味だったんだ。だから、今日ここにいる“私”を、大切にしてみたい」
「私も……誰かの中で“見られる”ことが怖かった。けど、今は少しだけ、その視線の中に“ぬくもり”を感じられる」
そう言って、美紗はほんのわずかに微笑んだ。
そして、菜穂がゆっくりと呟く。
「私は、きっと、すぐに何もなかったふうに振る舞う。でも、今日はちゃんと覚えておこうと思う。この焚き火の匂いと、みんなの声と、自分の心が動いた瞬間を」
そして、最後に。
祥太が口を開いた。
「……俺は、あのとき、黙った。だけど、今は言える。みんなと出会えてよかった。俺にとって、今日までの人生で“ちゃんと残ってる記憶”って、ここにある時間だった」
焚き火の炎が、ふっと揺れた。
誰も拍手しない。
誰も泣かない。
だけど、皆の胸に静かに沁みていく“言葉の重み”が、そこにはあった。




