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僕らはまだ、間に合う  作者: 乾為天女


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第10章 課題三:一人きりの時間(01)

 静かな視聴覚室のなかで、祥太はゆっくりと目を開けた。

 外の世界が遠ざかっていくような感覚のなかで、思い出すのは、いつかの自分だった。

 ――高校三年の冬。

 誰かの言葉に傷つき、誰かの沈黙に救われたような気がして、それでも誰にも打ち明けられず、ただ机にノートを閉じた日。

 あのとき、柚羽が教室を出て行った。

 真吾が責めた。将が茶化した。春樹が苦笑した。

 自分は何も言わなかった。

 「……あれが、俺の“始まり”だったのかもしれないな」

 編集者になったのも、もしかすると“言わなかった後悔”を埋めるためだったのかもしれない。

 誰かの言葉を整え、誰かの物語を支えることで、自分の“沈黙”を正当化していた――

 祥太は自分のメモ帳の一番最後のページを破り、そこにひとこと書いた。

 《黙ることは、必ずしも逃げじゃない。でも、いつかは話さないと、自分が自分じゃなくなる》

 ペンを置いた瞬間、ふと誰かの声が脳裏に響いた。

 ――それは、坂下の声だった。

 《岸本。お前は、よく周りを見ている。でも、見ているだけじゃ“共にいる”ことにはならないんだ。》

 “共にいる”――その意味を、今ようやく理解できた気がした。

 祥太は、メモの紙をそっとたたみ、胸ポケットにしまった。


 同じ頃、美紗は家庭科室の奥にいた。

 使われなくなったミシンが並ぶ部屋の隅に座り、机に肘をついてぼんやりと空を見ている。

 「一人の時間って、案外嫌いじゃない」

 そうつぶやく声は、誰にも届かない。

 冷たいと思われていた自分。

 臨機応変に見せていた柔軟さの裏に、本当は“踏み込まれたくない”気持ちが隠れていた。

 「他人の感情って、予測できない。だから距離を取る」

 誰かに触れたら、傷つく。

 誰かに寄りかかったら、壊れる。

 だからこそ、誰とも“深くつながらない”ことが、美紗にとっての“安全装置”だった。

 けれど――

 春樹があの日、あの空間で言った「悪くなかったな」というひとことが、美紗のなかに静かに残っていた。

 「……つながることって、全部が“甘さ”じゃないんだね」

 それを誰かに伝える必要はなかった。

 でも、今こうして自分の中に言葉を置いてみると、確かにそれは“変化”だった。

 彼女は白紙のノートに、こう書いた。

 《冷静さと孤独は、違う。私は、孤独を選んでいただけだった》

 そしてページを閉じ、静かに息を吐いた。


 この日、12人それぞれが、それぞれの場所で“自分”と向き合っていた。

 言葉のない時間。

 誰とも交わらない空間。

 だけど、そこには確かに、“何かを変える音”があった。


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