第10章 課題三:一人きりの時間(00)
午前九時。
旧校舎の食堂に、いつものように全員が集まっていた。
「三泊四日も、もう三日目の終わりかあ」
将が伸びをしながら言うと、柚羽がうんうんと同意する。
「昨日の夜、寝る前に“あと一日”って思った瞬間、なんかちょっと……寂しかったかも」
「帰るの、早いなあ。こっちに来るときは、“四日も?”って思ったのに」
春樹の言葉に、皆が静かに笑った。
そんな穏やかな空気のなか、スピーカーから再び坂下の音声が流れ始める。
《おはよう、みんな。よく眠れたかな? 今日は、君たちにとって特別な一日になる。なぜなら、今日の課題は、“誰とも話さずに、自分だけの時間を一時間過ごす”ことだからだ》
《ルールは簡単だ。今から配られるカードには、校舎内の“指定された場所”が書いてある。それぞれ違う場所だ。一人きりで、そこに向かい、時計が鳴るまで、誰とも話さずにその時間を過ごしてくれ》
《この課題は、言葉ではなく“沈黙の対話”だ。君たちが、誰でもない“自分”と向き合うための時間》
《誰かに何かを伝える前に、自分の内側を見つめ直すこと。それは、この合宿で一番大切な時間になるはずだ》
音声が止まると同時に、封筒が一人一人に配られた。
「……“第二理科室”?」
「“美術準備室”?」
「えっ、俺“被服室”なんだけど……スカート縫うのかな」
それぞれが指定された場所を確かめながら、少しだけ笑いが漏れた。
だが、内心では皆が理解していた。
この“沈黙の一時間”が、どれだけ深く、重い時間になるかを。
祥太に指定されたのは――視聴覚室だった。
古びた木のドアを開けると、薄暗い室内には、昔ながらの映写機とスクリーン、がたつく椅子がずらりと並んでいた。
電灯をつけると、埃が光のなかに舞った。
彼は椅子に腰かけ、深く息を吐いた。
誰とも話せない。
時間を計る音もない。
ただ、自分の内面と、静かに向き合うだけの六十分。
最初の十五分、祥太は何も考えず、ただぼんやりとスクリーンを眺めていた。
頭に浮かんでくるのは、昨日までに交わした会話の断片だった。
柚羽の涙。将の笑い声。麻実の震える声。遼平の淡い微笑み。
そして――坂下先生の声。
「……俺、ほんとに変われたのかな」
ふと、自分の心の中に問いが浮かぶ。
言葉を交わしたこと。対話したこと。許しを手紙にしたこと。
それらはすべて“過去”と向き合う手段だった。
でも、“自分の未来”は、まだここにない。
「今の自分が、何を望んでるか……まだちゃんと見えてないんだよな」
彼はポケットからメモ帳を取り出した。
そこには、自分が編集者として働いていた頃の“ネタ”がびっしりと書き込まれていた。
他人の言葉。他人の物語。他人の未来。
けれどその中に、自分の“声”はほとんどなかった。
「……俺、誰かの言葉を支えてきたつもりだったけど、自分のことは全然、支えてなかったんだな」
視聴覚室の静けさが、その言葉を包み込む。
祥太は、深く目を閉じた。




