第7章 課題二:誰かを許す(02)
日が傾き始め、校舎の廊下には長い影が差し込んでいた。
課題に向き合っていた12人のうち、ほとんどが書き終えた手紙やメモ、画面上の文章を手元に置いたまま、それを誰に渡すでもなく、ただそっと眺めていた。
――それを「渡すかどうか」は自由だった。
だが、“許し”は、言葉にしたその時点からすでに始まっていた。
夕暮れが近づいた頃、食堂に全員が自然と集まり始めた。
誰も「集まろう」とは言っていない。ただ、同じ空気を吸いたかったのだ。
“その瞬間”を、誰かと共に過ごすことが必要だと、本能的に感じていた。
やがて、ひとり、口を開いた。
それは、将だった。
「俺、手紙書いた。……いや、正確には、スマホの録音機能で“母親”宛に声、録った」
「それって、誰に聞かせる予定?」
春樹が尋ねると、将は照れくさそうに笑った。
「誰にも聞かせない。送信もしない。でもな……録音して、再生して、自分の声で“ありがとう”って聞いたら、なんかちょっと泣けたんだよ」
誰も笑わなかった。
その“正直さ”が、皆の胸にしみ込んでいたからだ。
「俺も、母親に書いた」
春樹が続ける。
「ずっと“理解してくれない人”だって思ってた。でも、今思うと、俺が“伝える努力”をしてなかったんだな。……結局、俺もまた、誰かのせいにしてただけだった」
「……私、自分宛に書いた」
と、静かに声を発したのは麻実だった。
「誰のことも許せないって思ってたけど、本当は“失敗した自分”をずっと責めてた。だから、自分に“それでもいい”って言ってあげたかった」
そのとき、亜沙美がそっと手を挙げた。
「私は、“ある友達”に書いた。高校のとき、私が“正しさ”にとらわれすぎて、その子をひとりぼっちにしてしまった。でも、名前は書かなかった。……多分、それでも、その子には届く気がする」
「“書く”って、すごいな」
遼平がぼそっと呟く。
「機械って、記録はできても、“伝える”ことは難しい。でも、こうやって手で書いたり、声にしたりして初めて、“誰かの心に触れる”んだって思った」
「……それさ、もっと高校のときに言ってよ。私、あんたのことただの機械オタクだと思ってたから」
恵梨の言葉に、全員がふっと笑った。
その笑いは、ようやく“かつて”に手を振るような、穏やかで静かなものだった。
「じゃあ、みんなで“燃やす”? 書いた手紙」
柚羽が提案した。
「物理的に?」
「うん。ちょうど今、日が落ちる時間。あの校庭の一角、焚き火できそうな場所あったでしょ。……別に宗教的な意味じゃなくて、なんとなく。“手放す”って儀式がほしい気がして」
それに誰も異論はなかった。
焚き火を囲むために、皆が少しずつ木の枝や段ボールを集めてくる。音楽室からは小型のスピーカーを持ち出し、流れていたのは誰もが高校時代に一度は聴いたバラードだった。
焚き火の炎が、やがて夜の帳とともにゆらゆらと揺れ始める。
その火のなかに、誰かがそっと手紙を一枚、滑り込ませた。
続いて、また一枚、また一通。
誰もが無言で、“許せなかった誰か”を、手の中から手放していた。
火は静かに、しかし確かに、言葉たちを灰へと変えていった。




