第7章 課題二:誰かを許す(01)
廊下の窓から、午後の陽が斜めに差し込んでいた。空気には春のぬるさが漂い、静かに過ぎる時間だけが、校舎のなかで大きな存在感を持っていた。
教室の片隅で、麻実は自分のスケッチブックを開いたまま、じっと動かずに座っていた。
ペンを握る指が、何度も空をなぞる。だが、何を書き出すべきかが、まだ分からなかった。
「誰を……許すの?」
その問いを、自分自身に向けた。
頭に浮かんだのは、あの頃の自分だった。誰の意見も聞こうとせず、ひとりで突っ走って、気づけば孤立していた。
「私は、私を許したいのかもしれない」
そう呟いて、ようやくペンが走り出す。
一方、旧音楽室の窓際には、柚羽の姿があった。
彼女は手紙の便箋を三枚、重ねて机に広げていた。
一枚目には、“あのとき、あたしはあなたを責めすぎた”という言葉。
二枚目には、“でも、本当はあたし自身を責めてたのかもしれない”という言葉。
三枚目には、“今、ようやくあなたを許せる。……だから、私も、私を許すね”という言葉。
文字は乱れながらも、確かだった。
そして、涙がにじむたびに、紙がやわらかくなっていった。
図書室の奥、遼平は机にタブレットを置いて、小さなキーボードで文字を打ち込んでいた。
《父さんへ。俺、機械のことを教えてくれたの、今になってすごく感謝してる。でも、あのとき“もっと人と話せ”って言われたの、うるさく感じてた。ごめん。でも、今は少しわかる》
言葉を選びながら打つ指は、どこか震えていた。
《人と話すって、難しいけど、楽しい。……父さん、あのとき、俺のこと見てくれてありがとう》
その文章を打ち終えたあと、遼平はキーボードの上に手を置き、長く目を閉じた。
菜穂は校舎裏の渡り廊下で、ノートに短く書いていた。
《誰か特定の人じゃない。私は、“期待を裏切られること”をずっと怖がっていた》
《でも、裏切られたと思っていたのは、勝手に期待していた自分だった》
《だから、私は“人を許す”ってより、“勝手に傷ついた自分”を許す》
ノートを閉じると、彼女はゆっくりと立ち上がり、ため息とともに空を仰いだ。
真吾は、一枚の便箋に、極端に整った文字で手紙を書いていた。
《母さんへ。子どもの頃から“正しくあれ”と教えてくれてありがとう。でも俺はそれを、人に押しつけてしまった。自分が正しいと思ったとき、他人を見下すようになった》
《それに気づけたのは、先生と、そして仲間たちのおかげです。……今なら、あの頃の自分を反省できる。だから、母さん。今度、会ったときにもう一度言わせて。“ありがとう”と“ごめん”を》
書き終えた手紙を胸元にしまい、真吾はぐっと目をつむった。
それぞれが、それぞれの“誰か”と向き合っていた。
過去に起きたことは、消えない。
でも、その痛みに言葉を与えることで、ようやく“今”に変えていくことができる。
この日、旧校舎は静かだった。
だが、その静寂の中で、たしかに人と人の“距離”は縮まっていた。




