第4章 課題一:過去を語る(03)
夕方、旧校舎に再びみんなが戻ってきた。
それぞれが、自分の居場所から、誰に呼ばれるでもなく、自然と音楽準備室に集まってきたのだった。まるで、あの場所に“今日の続きを置いてきた”ような感覚が、全員の心にあったのだろう。
窓の外は赤く染まりはじめ、廊下のガラスが切り絵のように空の色を映していた。
「……なんだろうね、この感じ」
柚羽がぽつりと呟いた。
「懐かしいわけでも、楽しいわけでもない。でも、今ここにいることが“不思議と自然”っていうか」
「“昔よりも、今のほうがまし”って思える時間があるんだなって、ちょっとだけ思った」
春樹の言葉に、誰かが「それ分かる」と頷いた。
「過去の後悔って、思い出すたびに形を変えるよね」
美紗が言った。
「でも、今日の話は、不思議と“変わらなかった”。あの頃に感じてた痛みが、ちゃんとそのまま残ってて、でもそれを口に出せたら、少しだけ体の中から出てった気がする」
「“痛みの供養”みたいなもんか?」
将が肩をすくめて言うと、柚羽が吹き出す。
「ちょっと、やめてよ。あたし今、泣いた分の水分が足りてないのに、笑ってまた減ったらどうすんの」
「飲めよ、水。お前、今日ずっと涙腺開きっぱなしだったろ」
「うっさいなー。でも……ほんと、思った以上にみんな“抱えてた”んだなって。あの時、誰も何も言わなかったのに」
「言えなかったんだよ。若かったし」
祥太の言葉は、誰よりも深く染み渡るようだった。
「でも今なら、言葉にできる。……たぶんそれが、“今ここにいる理由”なんだと思う」
誰も反論しなかった。
それぞれが、自分の「今日の言葉」を、胸の中に持っていた。
そのとき、再びスピーカーから坂下の声が流れる。
《よく頑張ったね、みんな》
《“過去を語る”って、思った以上に勇気がいることだ。でも、それを“言葉にする”ことでしか、人は“自分の輪郭”を確かめられない》
《君たちは今日、それぞれの“痛み”と向き合った。だから、次に進める。次は、“誰かを許す”という課題だ》
《それは、きっと君たちが想像しているよりも難しい。なぜなら、“誰か”を許すには、まず“自分”を許さなくちゃいけないから》
《それでも、君たちならきっとできる。俺は、そう信じてるよ》
音声が止まったあと、誰もすぐには動こうとしなかった。
「“許す”ってさ」
菜穂が言う。
「結構、人間としてハードル高くない?」
「でも、そのハードル、きっと“越えなきゃいけない”ってわかってるから、ここに来たんじゃないのかな」
亜沙美の言葉に、全員が何も言わずに頷いた。
廊下から見える夕焼けが、今だけはとても優しかった。
(第4章 完)