表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/45

第4章 課題一:過去を語る(01)

 旧校舎の時計が午後一時を告げる頃、恵梨が戻ってきた。

 「ちょっとだけ、気持ちの整理がついたかも」

 彼女は照れくさそうにそう言い、手にしていた小枝を、誰にも気づかれないようポケットに滑り込ませた。

 それは、あの頃の“自分”に向けた、小さな手紙のようなものだったのかもしれない。

 「……じゃあ、午後は自由時間?」

 将が尋ねると、亜沙美がうなずいた。

 「うん。先生からのメッセージにも、今日は“話したあとは自分のペースでいい”って書いてあった。これから三日間、課題はあるけど、毎日が“詰め込み”じゃないみたい」

 「合宿っていうより、療養所みたいだな」

 春樹の言葉に、数人が笑う。

 「……でも、療養って言葉、ちょっと合ってるかもね」

 柚羽が言った。

 「それぞれが“病んでる”って意味じゃなくて……“癒す時間が必要なまま大人になった”って意味でさ」

 その言葉に、誰も否定はしなかった。

 午後は、それぞれが好きな場所で過ごした。

 体育館へ向かう者、図書室の奥で静かに本を開く者、校庭に出て空を見上げる者。

 ――まるで、もう一度“高校生”をやり直しているようだった。

 図書室には、美紗の姿があった。彼女は教室では見せなかった穏やかな表情で、静かにページをめくっていた。春樹がその背中を見つけ、そっと声をかける。

 「なに読んでるの?」

 「心理学の入門書。昔、ここで借りて読んだの。なんとなく、懐かしくて」

 「“人の心”って、扱いづらいよな」

 「だから私は、なるべく関わらないようにしてた。でも、今は少しだけ、違う」

 「何が?」

 美紗はページを閉じ、表紙を撫でながら言った。

 「“触れなきゃ分からないこと”って、ちゃんとあるんだって思えるようになった」

 春樹は何も言わず、ただ隣の椅子に腰かけた。

 「……“触れたら壊れる”と思ってた。でも、それって“触れなきゃ育たない”ものでもあるんだよな」

 彼の言葉に、美紗はふと笑った。

 その笑顔は、どこか不器用で、それでもやわらかかった。

 一方、教室の隅では、祥太が窓の外を見つめていた。

 そこに、真吾が近づく。

 「さっきは……ありがとう。黙って聞いてくれて」

 「俺も、ありがとう。正面から言ってくれて」

 「……あの時さ、お前が黙ってたの、ほんとは分かってた。お前が“なにも言えなかった”んじゃなくて、“何も言わないことを選んだ”って。ずっと、わかってた。でも、認めたくなかった」

 祥太は、小さく頷いた。

 「じゃあ、今は?」

 「今は……やっと、ちゃんと認められる。俺の正しさは、間違ってた。……でも、だからって、それで全部がダメだったとは思わない。そう思えるようになったのは、多分、お前が“黙ったままそこにいた”からだと思う」

 互いに目を見て、短くうなずく。そこにもう“敵意”はなかった。

 静かな午後。

 誰かの心の中で、“何か”がほどけていた。

 この三泊四日の意味が、少しずつ輪郭を持ち始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ