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第4章 課題一:過去を語る(00)

 午後の光が、少しだけ強くなってきた。

 音楽準備室での告白を終えた十二人は、しばらく無言で椅子に腰掛けていた。語り尽くしたわけではない。むしろ語り始めたばかりで、それがどれほどの余白をこれからの時間に残すのか、誰もが少し怯えていた。

 「……休憩しよっか」

 亜沙美が立ち上がり、柔らかく提案した。持参していた紙コップと魔法瓶を取り出し、温かいほうじ茶を順に注いでいく。

 「糖分も、ね」

 菜穂が袋から小さなビスケットを取り出した。ひとつ手にとって口に入れると、柚羽が「あ、それ好きなやつ!」と笑って手を伸ばす。

 ぽつり、ぽつりと、部屋に雑音が戻ってくる。

 それは、誰かのささやき、誰かのため息、そして誰かの笑い。

 「……あたし、ちょっと散歩してくる」

 恵梨が椅子から立ち上がった。誰も止めなかった。彼女にとって“歩く”ことが今必要なことだと、誰もが察していたからだ。

 彼女は校舎の廊下を、ゆっくりと歩いていた。

 雨上がりの湿った床はきしむ音すら吸い込んでいく。誰もいない教室のドアを開け、ひとつひとつ、中を覗いていく。そこに、かつての“風景”がある気がしたからだ。

 ふと、美術準備室の前で足が止まる。

 この部屋で、かつて彼女は――誰かと“言い争い”をした記憶があった。

 「なんで、そんなに他人をバカにしたような目で見るの?」

 そう言われたのは、確か春樹だった。

 当時の恵梨は、「自分には何もない」と思っていた。だから他人を下に見ようとした。毒舌で武装し、皮肉で距離を取り、誰にも“本当の自分”を見せないようにしていた。

 けれど、春樹だけは、それを見透かしていた気がした。

 「……あの時のあたしに、今のあたしが何か言えるとしたら、なんて言うんだろうね」

 恵梨は自嘲気味に笑って、小さく息を吐いた。

 一方その頃――

 準備室では、残ったメンバーが各々の“反芻”を始めていた。

 遼平は自分のノートに、さっき聞いた話を忘れないよう箇条書きで記録していた。話しながら泣いた柚羽のこと。美紗が声を震わせずに語ったこと。祥太の短い言葉、春樹の静かな後悔。

 彼にとって「書く」ことは「考える」ことと同義だった。

 「……君、そういうとこ、変わってないね」

 隣に座った麻実が、ぽつりと呟く。

 「昔も、ノートにすぐ書いてた」

 「うん。忘れたくないから」

 「それって、自分に自信があるってこと?」

 遼平は顔を上げると、意外にもすぐに答えた。

 「ううん。“ない”から、残しておきたい。たぶん、“思い出”って、言葉で整理しないと、ちゃんと残らない気がしてて」

 麻実はしばらく無言だったが、やがてノートを取り出して遼平に見せた。

 そこには、自分のアイデアや思いつきが、びっしりと走り書きで記されていた。

 「わたしも……同じかもしれない。書かないと、“居場所”がなくなる気がする」

 「……それ、すごくわかる」

 ふたりの間に通ったものは、かつての教室では一度も交わされなかった“共感”だった。


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