第3章 壊れかけた友情の温度(03)
遼平の語りが終わると、部屋には再び沈黙が落ちた。
けれど、その沈黙は先ほどまでのものとは違っていた。凍りつくような硬さではなく、誰かの言葉を待つような柔らかい静けさだった。
「……私、いっていい?」
手を挙げたのは恵梨だった。普段なら皮肉交じりに話す彼女の声が、驚くほど素直だった。
「高校のとき、私は誰かと比べてばかりだった。テストの点数、容姿、話題、彼氏の有無……。なんでみんな、あんなに堂々としてるんだろうって、ずっと思ってた」
彼女は、視線を泳がせることもなく、正面を見たまま語った。
「自信がなかったの。だから、誰かをけなすことで、自分の位置を確認してた。“あんたってさ、ほんとバカっぽいよね”って、何度も言ったと思う。……たぶん、それ、私が言われたかった言葉だったんだと思う。“バカでいい”って」
教室の空気が、少し湿ったように感じた。
「だから、ごめん。誰かを傷つけたこと。……あの時、自分が傷ついてるって言えなかったこと」
恵梨の声に、嘘はなかった。
「……恵梨」
柚羽がそっとつぶやいたが、それ以上何も言わなかった。言葉は、いまはまだ必要ない。沈黙こそが、彼女の勇気を受け止める最大の返答だった。
次に椅子を引く音がしたのは、美紗だった。
「私、高校のとき、“情”が邪魔だった。誰かと仲良くなっても、裏切られるのが怖くて、いつも距離を置いてた。特に春樹――あなたには、ずっと壁を作ってたと思う」
春樹の目がわずかに動く。
「でもね、それは私の問題だった。優しさを拒んでたのは、自分が弱くなるのが怖かったから」
美紗は、手を握ったまま言葉を続けた。
「後悔してるの。“もっと誰かに、頼ってよかったんだ”って、気づいたのは卒業してからだった。でも、もう遅いと思ってた」
春樹が、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、今、話してくれてよかったよ」
それだけを言って、彼は静かにうなずいた。
「じゃ、次は俺かな」
春樹はそのまま前に出た。
「俺、いつも“楽しいこと”ばかり探してた。空気を読んで、場を盛り上げて、誰かが沈んでたら引き上げるようにしてた」
彼はゆっくりと教室を見渡す。
「でもそれって、ある意味“逃げ”だった。深く関わるのが怖かった。誰かの痛みに触れたとき、自分が壊れそうになるのが怖くて。……だから、恵梨が悩んでるの、気づいてたのに何もしなかった。美紗が自分を閉じてるの、分かってたのに見て見ぬふりした」
彼は少しだけ笑ってみせた。
「“楽しそうにしてるやつ”が、いちばん弱いのかもな。今なら、少しわかるよ」
その一言に、誰も笑わなかった。ただ、誰も否定もしなかった。
教室には、これまでにないほど静かな、けれど確かに“熱を持った”空気が流れていた。