オリヴィアのひみつ。
あなたは人とはちがうのよ、がおかあさまのくちぐせ。
どこがちがうのか、なぜと聞いても、こたえてはくれなかったけれど。
「あ、ちょうちょ……」
ぽつりとつぶやくと、むかいの男がびっくりした顔をした。
「いけない、いけない。今は、ナイジェルさまとお話し中」
ふたりきりのお茶会は、おかあさまが開いてくれる。
ナイジェルさまは、わたくしのこんやくしゃ。おかあさまみたいに、いつかわたくしの“だんなさま”になってくれる人。
ごほんとせきばらいをしたナイジェルさまが、ちらりとわたくしを見た。
「……いただいた紅茶は、美味しかった。飲み終わったから、これで失礼するよ。また今度、オリヴィア」
「たのしかったです、ナイジェルさま。また、こんど」
「ああ」
小さくうなずいたナイジェルさまは、すたすたと部屋から出ていった。
ざんねん。もう少し、お話したかったなぁ。
ぱたりと閉まったドアがすぐに開いて、おかあさまが入ってくる。そのお顔は、“あくま”のようだ。
「オリヴィアっ!!」
あくまのおかあさまが、大きな声をあげる。その大きな声は、耳にきんっとして、氷ったようにからだがうごかなくなる。
ばちん。
ほっぺたがじゅっと熱くなって、頭がぐらぐらとゆれた。
「お前は、また……っ!」
「奥様、奥様! 落ち着いてください……!」
目の前に、騎士のせなかがあった。ごえいの人。守ってくれる人。
「……かーる……ふ、ええぇ……」
「……オリヴィア様……」
カールは、いつもわたくしをたすけてくれる。守ってくれる。
あんしんして泣いてしまえば、困った顔をしてカールがソファまで歩かせてくれた。
ぐすぐす泣いている間に、あくまさまはいつものおかあさまにもどっている。
「……オリヴィア。ああ、なんて可哀想な子」
ごめんなさいね、おかあさまが熱いほっぺをなでてくれた。このおかあさまは、わたくしのだいすきな“てんしのおかあさま”。
てんしさまは、ソファにいっしょにすわって、だきしめてくれる。ふわふわ、しあわせ。
「……ヴェローナがキュアノスを射止めてくれて良かったわ。金は言えば言うだけ積んでくれるし、その金で婿も手に入るし、シェルニー家としてはどちらかが跡を継げさえすれば問題はないと言うし、……」
「おかあさま?」
「……ああ、オリヴィア。可愛い子」
てんしさまは、わたくしのせなかをなでなでしている。
「夏には、お城でパーティーがあるの。前にお話したわね」
「うん」
「今日は、そのドレスを探しにおでかけするわ。学校に戻る前に、決めておきましょうね」
「わーい!」
やさしいおかあさま。だーいすき。
「……オリヴィア」
学校のお庭でねころんでいると、名前をよばれた。
「エディ!」
「お前はまた、こんな所で……元気そうだな」
「うん! わたくし、とっても元気よ!」
にこにこと笑うと、エディもすこし笑ってくれる。うれしいな。
「……夏のパーティーのことは、聞いたか?」
「うん! この前、おかあさまとドレスを見に行ったわ!」
「? 婚約者、決まったんじゃなかったのか?」
「ナイジェルさまのこと?」
「ああ。贈ってもらうんじゃないのか?」
「んー……わからないわ。でも、おかあさまが、これ! って、ピンクのドレスを買ってくれたわ!」
「……そうか」
困ったような、怒ったような顔で、エディが頭をなでてくれた。
びっくりしたけど、しあわせ。
「いっぱい、お菓子も料理も出る。ヴェローナも来るだろう? 2人で、たくさん食べると良い」
「ふわふわの、あまいやつある? まあるい、なかにふわふわのクリーム。だけど、まあるいのは、さくさくなの。前に食べたわ!」
「……マカロン? 多分、あると思う」
マカロン、マカロン。くりかえして、わすれないようにする。
「さて。俺は、授業をすっぽかす、眠り姫を探しに来たんだ。オリヴィアも、一緒に来てくれるか?」
「ねむりひめ? さがすの?」
「ああ。後は、彼女を送り届けるだけだ。おいで」
そっと、手をさしだしてくれる。男の人が、手をさしだしてくれるのは、ダンスのあいず。
ぴょんってとびおきて、エディの手をにぎってくるくるとまわった。
「エディ! エディ! たのしいわ!」
「……良かったな」
笑顔のエディがうれしくて、わたくしもにっこりと笑った。
暗い。まっくら。
ぜんぶが黒くて、なにも見えない。
「おかあさま。おかあさま。こわいわ。助けて、カール。エディ。ヴェローナ……」
泣いてもだれも助けてくれない。なでなでしてくれない。だきしめてくれない。
こわい。怖い、恐い。
がちゃり、とドアが開く音がした。コツコツとなるくつの音。
それはわたくしのそばを通りすぎ、遠くなって、どさりと音がした。たぶん、ソファにすわる音。
「……兄上が愛でる宝石だというから、どんなものかと期待したけれど……ただの石ころじゃないか」
「……いしころ?」
「その理由は、こちらを見ていただければと思います」
「……カール?」
聞きおぼえのある声に、ふりかえった。目は見えないけれど、この声はぜったい、カールだ。
たすけに来てくれたんだ。わたくしを、守ってくれる人。
「……チョコレートオパールは、シェルニー家の宝石と言われています。シェルニー家の血筋にあらわれるという、瞳です」
「へぇ……」
しゅるり、となにかがすべる音がした。せかいは明るくなり、きらきらした部屋には……。
「カール!」
やっぱり、カールがいた。
「カール! ねえ、カール! ここはどこ? たすけにきてくれたの?」
「……落ち着いてください。偉い方の前ですよ」
「えらいかた?」
カールがいつもどおり歩くのを助けてくれ、遠くのソファにすわる人のところへつれていってくれる。
その男の人は、きらきらした目を持っていた。学校のおともだち、エディのような……。
「……エディ?」
つぶやいた名前に、男の人はにこりと笑う。
「……僕は、ギル。初めまして、オリヴィア」
「初めまして。ギル。オリヴィアです」
「うん」
そこにすわりなよ、と向かいのソファをすすめてくれた。カールにすわらせてもらい、目の前のギルにこてんと首をたおす。
「ギルは、エディのおともだち? どうして、きらきらした目をしているの?」
「……僕は、君の瞳の方がキラキラしていて、素敵だと思うよ」
「わたくしのひとみ?」
ひとみ、は聞いたことある。チョコレートオパールのこと。
「チョコレートオパールのこと?」
「うん。きれいな色だね」
「ありがとう」
にこりと笑えば、ギルも笑ってくれた。
「兄上も、意外と良い趣味をしているな」
「……以前お伝えした通り、彼女は……」
「分かっているよ、カール。聖魔法、だろ?」
ソファからたちあがったギルが、こちらのソファへきてくれる。
「オリヴィア。ここには、君を傷付けるものは何もない。カールが守ってくれるし、僕もいる。今日から、ここで暮らすんだ」
「学校は? パーティーがおわったら、ちょっとだけお休みで、また学校に行かなくちゃいけないのよ」
「勉強なら、僕としよう。僕が、オリヴィアの先生になってあげる」
「ほんとう!?」
ギルが先生になってくれるなら、おべんきょうもたのしくなるとおもう。学校の先生ははやくちで、なにをいってるか、わからないんだもの。
「君は、ここで安全に暮らせば良いよ。僕が、守ってあげる」
「ありがとう、ギル!」
「どういたしまして、オリヴィア」
ギルが笑いながら手をだしてくれたから、にぎってぴょんっとたちあがる。そのままくるりとまわろうとすれば、まわりやすいようにギルが手伝ってくれた。
「さて。兄上はどうするかな? 人知れず愛するモノを失って……」
「……ギル?」
「ふふ。なんでもないよ、オリヴィア」
ギルが頭に手をのばすから、なでなでしてくれるのかとおもった。けれど、ギルはわたくしのかみをよけただけで、なでなでしてくれない。
「ねえ、ギル。頭、なでなでして」
「仰せのままに。お姫様」
おうぞくである僕にねだるなんて、とギルが笑ってつぶやく。
いみはわからなかったから、にこりと、とびきりの笑顔でこたえてみた。