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 駅近くの店に入り早速ビールを注文し、2人で乾杯した。こんなに嬉しいことはない。福岡はとても機嫌よく、終始笑顔でいる。

「とりあえず、連絡先交換からですね。全てのSNSを教えて下さい。あと約束しましょう」

「何を」

「勝手に連絡を断つのはなしです」

「もう、そんなことはしないよ。今の職場には隠してることはないし」

「じゃあ、逃げたりしないでくださいよ。絶対」

「わかった」

「もう嫌ですからね」

「わかったって」

「じゃあ連絡先」

「はいはい」

こうして、福岡は電話番号、メアド、LINE、Twitterを手に入れた。ただ、結城はこれらを全部捨てた前科者だ。完全に信用はできなかった。

「10年も経ったから、何から話したらいいか」

「仕事は?」

「主任になりました。大阪には、自分しかダメな取り引き先があるので、月一回は出張に来てます。営業のエースです」

「やっぱり福ちゃんは、凄いな」

「できちゃうんですよね」

「できる子で嬉しいよ。井上さんは?」

「なんと、開発部ライティング部課長です」

「ライティング部とかになったんだ」

「そうなんです。部門毎に分かれるようになったんです。井上さんに結城さんに会えたこと伝えたら、すぐに会いに来るだろうな」

「変わってない?」

「はい。僕と同じ猪突猛進です」

「そっか。そっか。北課長もどうしてるかな」

「商品開発部長に出世されました」

「へぇ。凄いな」

「変化あった人いるの?」

「いやぁ。みんな少しずつ出世したって感じですね」

「上原さんは、どうしてる?」

「聞きますか」

「どうなったかは気になる」

「あの時から半年後くらいに結婚して辞めました」

「結婚?」

「はい。あれから、会社での批判がすごくて、それでも彼女は仕事には来てて、水上課長がそばにつけてました。誰も仕事を一緒にしたがらないし、仕事させられないし。はっきり言って腫れ物でしたね。いつの間にか広告代理店の彼氏が出来て、すぐに結婚しました。そして寿退社しました。みんなしらけてました。会社を辞めてくれて喜んだ人が大多数でしたね。彼女が明るく幸せそうに退社していった姿を見て、恐怖を感じました」

「強いな」

「結城さんが辞めたことなんて、すっかり忘れてました。自分が原因で、信じられないくらい酷いことをしたのに」

「今となっては、自分を吹っ切るきっかけになったけどね」

「吹っ切ったのに、なんで僕に会おうとしてくれなかったんですか?」

「もし、会ってくれてたら、それ以上の関係を求めてしまったからだろうね」

「覚悟がいるってことですね」

「大丈夫。今はそんなつもりはないから」

「安心していいのか。自分には価値がなくなったのか。なんか複雑です」

「いやいや。そういう感情はもうなくなったけど、会えたことは凄く嬉しいよ」

「まぁならよかったです」

「しかし、福ちゃんは全く変わらないね。」

「みんなから言われますけど、一応成長はしてるんですよ」

「そりゃ中身変わってなかったら問題だろ。見た目だよ」

「いい男になったと思うんですけどね」

「俺の意見は参考にならないからな」

「そうでした。僕のファンでした」

「調子乗んなよ」

「やっぱ、いいなぁ」

「何が?」

「結城さんの調子乗んなよ」

「にやにやして、気持ち悪いよ」

「噛み締めてるんですよ。現実なんだなって」

「まさか本当に会えるとはな」

「やっぱり会いたくなかったですか?」

「いや。だから、期待を込めて、作ったんだよ」

「会いたかったかぁ」

「だけど、自分からいけないまま10年」

「悩むのが長いんすよ」

「長くなると、ますます会うきっかけがなくなっていってね」

「見つけなかったら、どうするつもりだったんですか」

「これが、爆発的に売れるか話題になるって自信はあったんだよ。文具メーカーの人間なら絶対目にするって」

「強気ですね」

「でも、まだ販売したばっかりなのに、こんなに早く見つけてくれるとはね」

「10年は長かったです」

「開発に時間がかかったんだよ」

「やっぱり難しいんですか?」

「いや、それは嘘で、出すタイミングを見てたんだよ」

「タイミング」

「そう。時代の流れを見て」

「今回がタイミングだと」

「そう。実はクレパスだけでなく、ペンでもできるようにほとんど進んでいたんだけど、ペンは難しくてね」

「わかります。今僕もペン担当してて、勉強してますが、何を求めるかで違いますもんね」

「とにかく描きやすい、ダマにならないがいいんだけど、色によって配合が違うし、なかなかうまくいかなくて。クレヨンも硬さや塗った時のすり減り方を統一させるのも大変だったよ」

「開発の仕事って、一進一退ってのがわかって、自分には無理だってわかりました」

「福ちゃんは、いーってなりそう」

「そうです。いーって」

「でもその間に、青だけじゃなく、色んな系統の色のデータはできてるから、クレヨンではいつでも第二弾、第三弾っていける状態なんだよ」

「そっか。陽の目を見てくれるといいですね」

「まっ、自分は発売できることだけで満足だけどな」

「欲がないですね」

「ないない」

どの話をしようとなるより、自然と流れるように話が続いていく。2人の関係はあっという間に戻った。

「今日は、そういえばホテル取ってるのか?」

「いや、まだです。ネットカフェとかでいいかなと思ってて。でも泊めてくれるんですか?」

「別に大丈夫だけど、ちょっと待ってね」

「あっいいのか」

自分を襲うかもという理由で泊めるのは嫌がっていたのに、もうこちらがOKを出したと思ったのだろうか。そうか。と思うと身が引き締まる思いがした。そうなっても大丈夫だと覚悟しているのに、いざとなると緊張している。

「あっ、もしもし。今日、前の会社の後輩、うちに泊めてもいい?     うん。あっいい。わかった。もうちょっとしたら帰るけど、寝てていいから」

と、結城は電話を切った。

「よし。終電なくなる前に帰るか」

「今の電話の相手って」

「同居人だよ」

「同居人」

福岡は結城には自分だけだとたかを括っていたのを恥じた。その通り10年も経てば、結城にだって、恋人もできれば友人だってできる。そんな当たり前のことなのに、結城は10年前から何も変わってないと思い込んでいた。

「いいんですか?急に僕行ったりして」

「大丈夫大丈夫。一部屋じゃないし。あっ警戒すんなよ。襲ったりしないから」

「はい」

会計を済ませて、天満駅から電車に乗り、二駅先の京橋駅で降りた。歩いて5分ないくらいのマンションの9階の一室に入る。

「ただいま」

と、結城が靴を脱いでいる時に。一つのドアが開き、50前後のがっちりした体型の優しそうなおじさんが顔を出した。

「おかえり」

「寝ててよかったのに」

「ペイがお客さん、連れてくるとか初めてやからな。おっ、こんばんは」

と、50くらいのおじさんはこちらに目をやった。

「夜分遅くにすみません。急にお邪魔して」

「かまへん、かまへん。じゃあ、僕は明日仕事なんで、先に寝ますね」

「すみません。寝ようとしてる時に」

「ええって。ごゆっくりな」

と、ドアを閉めた。恐縮しながら部屋に入った。もう以前の結城の家に上がる感覚ではない。そこは居心地の良い空間とはいえなかった。そして、凹んでしまったことは、結城が誰かと一緒に住んでいることだった。嫉妬する自分に、さっきまで、何かされるのではないかと心配していた感情がぐちゃぐちゃと混ざっていった。50代のおじさんの部屋が玄関から右手にあり、玄関はいってすぐ左手にトイレがあり、突き当たりのドアの中にはいった。リビング台所とあって、左側にドアがあり、結城はそこに入って荷物を置いた。

「今日、こっちで寝なね。俺リビングで寝るから」

「いや、僕がこっちで」

「朝、護さん、さっきの人ね。がここ来るから、居心地悪いだろ。だからこっちで。大丈夫、シーツとか換えるから」

「シーツとかいいですから。自分気にしないの知ってるでしょ」

「知ってるけど、ほら、俺がゲイってわかってから初めてだから」

「また、そんなこと言う。大丈夫です」

「そっか。まっ、どうするまだ飲もうか」

「はい。でも結城さんが同居してるのが、意外でしたよ」

「だろうな」

「はい。だって、僕が一緒に住もうって言ってたら、嫌がってたでしょ」

「そうそう。今だって好きでしてるわけではないけどね。ただやっぱ家賃が安く済むんだよ。収入激減したしね」

「背に腹はかえられなかったんですね」

「貧乏してたら、贅沢言えないからな」

「護さんって、優しそうな人ですね」

「あぁ」

「そっか。幸せ掴んでるじゃないですか」

「そんな感じでもなくなったけどな。もう7年くらいになるかな」

「7年かぁ。僕、結城さんは、塞ぎ込んで、一人で寂しく暮らしてるんじゃないかと心配してました」

「はは。何それ」

「こんな風になってると思ってなかったですもん」

「あれから、自分を受け入れられるようになったからな」

「僕だけ変わってなかったですね」

「福ちゃんも変わったよ。ちゃんと大人になった」

「そうですか」

「うん」

「例えば」

「……」

「なんかないんかい」

「歳とって、すぐ出てこんのじゃ」

「40歳でそんなに老いぼれるか」

「下手な関西弁を」

「もともと関西の人間や」

さらに、飲み続けて、いつの間にかリビングで二人で眠ってしまっていた。爆睡していたのはわかる。恐らく朝なのだろう。トイレに行きたくなった。起き上がるのが面倒だったが、立ち上がって、リビングから出たところに、ちょうど、同居人の護が部屋から出てくるところだった。もう避けられない状況でだった。

「おはようございます」

「おはよう。トイレどうぞ」

「すみません」

トイレを終えて、リビングに戻ると、護がリビングで朝食の準備をしていた。

「なんか飲むか?」

「あっ。そしたら、水頂いていいですか?」

「ほい」

冷蔵庫を開けて、水を取り出し、コップに水を注いで、台所とリビングの境にあるカウンターに置いた。

「はい」

「ありがとうございます」

酒のせいで喉がカラカラなので、一気に飲み干すと、すぐにおかわりを注いでくれた。

「すみません」

「昨日はずいぶん飲んだみたいやな」

「うるさくなかったですか?」

「全然気にならんかったよ。たぶん速攻寝たし」

「それならよかったです。でも本当に急にお邪魔して、すみませんでした」

「それは、ほんまにええねん。ペイが誰か連れてくるのが、僕は嬉しくてな」

「僕、名前も名乗らずに、」

「福ちゃんやろ」

「はい。ご存知でしたか」

「そら、ペイの好きな子やから、よく話に出てきとってな。初めて会った感じせえへん」

「護さんは、」

「あっ、ごめんな。そんな悠長に話とる場合やなかったわ。今から仕事やねん」

「すみません」

「ゆっくりしてってな。いつか、僕も混ぜてな」

「はい」

護は、リビングを出て、洗面所に向かい、自室で着替え、再びリビングに戻ってきて、パンとコーヒーをかきこみ、

「ほな、行ってくるわ。」

「行ってらっしゃい。」

静かに玄関のドアを閉めて出掛けて行ってしまった。福岡はリビングにまた横たわり、結城が爆睡しているのを確認した。そうか結城にはもう大切なパートナーがいるんだ。もう自分には入る余地はないのかと思いながら、再び眠りについた。


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