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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

秘める想いを伝える時

作者: 宿木ミル

 第二王女マルテの部屋。

 いつも通り紅茶を用意した午後。

 テーブル越しの私の主人、マルテの表情がどこか曇っているように見えた。


「結婚、することになったみたい」

「……え?」


 仕えている主人の言葉。

 突然の言葉に困惑を覚える。


「誰と?」

「隣国の王子。名前も知らないわ」

「……そうですか」


 静かな空気。

 次の言葉が思い浮かない。紅茶の香りだけが漂う。

 どう返答すればいいか。悩んでいる私に対してマルテが言葉を繋げた。


「そんな遠くにいくわけじゃないから大丈夫よ、ティア」

「……政略結婚のように思えますが」

「まぁ、第二王女って立場はそういう時に便利だからねぇ、ほら、政略道具みたいな?」

「私は、マルテがそういう扱いになるのが納得できませんが」

「じゃあわたしは、ティアがわざわざ個人の場で敬語なのがちょっと嫌かも?」


 悪戯っぽく笑う彼女。

 その姿はやっぱりどこかぎこちない。


「……公式の場で、迷惑はかけられないから、こうしてるだけ」

「専属のメイドとしてティアはよく頑張ってるよ。いつも足りないところを助けてもらってる」

「それはマルテがだらしないからでしょ? まったく、お嫁に行くとなったら調整しないといけないわ」

「あはは、そうだね。ちゃんとしっかりしないとなぁ」


 少し笑った後、マルテは下を向いた。

 ほんの少しの時間の仕草だった。だけれども、私は彼女の動作を見逃さなかった。


「不安なんでしょ」

「誰が?」

「マルテ」

「まさかぁ」

「怖いことがあるなら相談に乗るよ。従者としてじゃなくて、個人としてでも……」


 少し、マルテが私の顔を覗き込む。

 そして、彼女は黙ってしまった。


「ううん、大丈夫。ありがとね、ティア」


 浮かない表情は続く。

 ひとりで抱え込もうとしているのだろうか。私はその様子を見て、心が締め付けられてしまう。

 少しでも、彼女の力になれたらいいのに、と。


「お見合いは3日後。それまでに、お姫様らしくしないとねっ」

「ひとりで向かうの?」

「ううん」


 悩みながら、マルテが話してくる。


「ティアも、来てほしいな」

「王族同士の会話でしょ? 私がいていいの?」

「……ほら、なんていうか、守り人的な? そういうのっていた方が安心だからっ」


 本当は怖いのかもしれない。

 少し震えている。

 そんな彼女の姿を見ていると……


「わかった、一緒に行くよ」

「……ありがとっ」


 不安で、仕方がなかった。





 夜。

 湯浴みをして体を温める。

 浴場は私ひとり。他に誰もいない。


「……結婚」


 私が仕えている王女が結婚する。

 それは幸せなことなのだろう。世間的には、王族的にも。

 だけれども、なぜだか、もやもやしてしまう。


「……どうして、こんなに胸が痛いの」


 マルテが遠い存在になってしまうから?

 いや、そういう理由じゃない。従者である以上、世話役は続くはずだ。

 単純に結婚という言葉が嫌い?

 そんなわけはない。結婚式手伝いもいくつかしたことがあるし、祝福するのが嫌というわけじゃない。

 じゃあ、どうして?

 頭の中で漠然とした問いかけが繰り返されて、ふと影で姿が見えない男性が頭をよぎった。

 その男性が、マルテに近づいて、彼女の顔に接近して……


「違う」


 接近して、恋人らしいことをして……


「違う、違う」


 ふたりは仲睦ましく……


「そんなの、違うっ!」


 浴場に私の声が響く。

 悲鳴のような声だった。

 自分の声がどこか遠い他人のように聞こえる。

 私は……


「違う、きっと、違う、から」


 それ以上考えてもなにも思い浮かばなかった。

 ただ、不思議と涙は止まらなかった。


「……体、冷やさないようにしないと」


 湯船に静かに浸かる。お湯は暖かく体を包み込む。だけれども、震えが止まらない。

 まるで、心が冷えてしまっているようだ。


「体調、悪くしたら、マルテに笑われちゃう」


 彼女の名前を言葉にするだけでも、なんだか心が痛んだ。

 私はもう、どこか変になっているのかもしれない。

 そんな感情を抱えたまま、入浴の時間が終わっていった。






 就寝前のマルテの体調を見つめるのも従者の義務だ。

 特に、私はマルテを支える従者としてはトップの立場にいるのもあって責任は重大だ。

 涙もぬぐった。心も問題ない。彼女を支えられる。

 そう思いながら、マルテの部屋を叩いた。


「ティアだよね、入っていいよ」

「失礼します」


 ゆったりした態度で彼女の部屋に入る。

 大きな王女用のベッドでは、マルテが上半身を起こしていた。睡眠用の衣類に着替えている。


「……体調は変わりない?」

「平気平気、元気そのもの!」

「よかった。なにかしてほしいこととかある?」

「うーん、してほしいことかぁ……」


 少し悩んだ彼女が、閃いたような表情で私に話した。


「一緒にいてほしいかな」

「私に?」

「ティアと一緒にいたいの」

「わかった」


 ゆっくりとマルテのベッドに近づき、そっと座る。

 ふかふかのベッドは私が干したものだ。いい感じになっている。


「……あれ?」


 ぼんやり私の顔を見つめたマルテが何かに気が付く。


「どうしたの?」

「いや、目元が赤いなーって思って」


 やはり彼女にはわかってしまうか。

 だけれども、泣いていたというのも気持ち的にはできなかった。


「……こすりすぎただけ、気にしないで」


 だから、私はごまかした。


「おっちょこちょいさんめー」

「気を付ける」


 ありがたいことにそれ以上マルテは問いかけてくることはなかった。

 静かな時間が過ぎていく。

 だけれども、結婚話が出たあの時間よりは落ち着きを感じる。むしろ、安心感も覚えるくらいだ。


「……わたしたちってずっと一緒にいるよね」

「幼いころからの付き合いよ。私は従者の家育ち、そっちは王家の人」

「そうだね、なんだか驚いちゃう」

「ほんと」


 マルテは王家の人として、私はそれを補佐する従者として育っていった。

 小さい頃は身分も関係なしに話したりしていたけれど、今は公式の場では身分を意識するようにしている。


「小さいころのマルテははしゃいでみんなを困らせてたわね」

「ティアだって、わたしが話さないと黙っちゃうような子だったよ?」

「必要がなかったら喋らなかっただけよ」

「そういうのは言い訳じゃない?」

「うん。そう思ったから、成長したの。マルテは? 最近迷惑かけてない?」

「まぁ、王女らしさはばっちり身についてるんじゃないかな! うんうん」


 昔と今は随分変わっている。私たちを取り巻く環境も変化している。

 ……なにもかも、昔のままということはあり得ないのかもしれない。

 そう思うと、なんだか寂しくなってしまう。


「んー?」


 そんな私を見つめる彼女は、まっすぐな瞳をしていた。


「な、なに?」

「寂しい顔をしてた」

「そ、そんなことない」

「寂しそうなティアには……こうしちゃおう!」


 そっと体を寄せて、マルテは私に抱き着いてきた。


「わ、わっ」


 一瞬頭が真っ白になりそうになったものの、どうにか持ちこたえて、彼女の体を私も抱きしめた。

 マルテの体の暖かさが伝わってくる。心の音も聞こえてくる。

 その鼓動が響くたびに、不思議と心が落ち着いていく。


「大丈夫、わたしはどこにもいかないよ」

「……結婚、するんじゃないの」

「隣国の王子と結婚しても、わたしとティアは離れ離れにならないよ、心配しないで」


 王子。その言葉を聞くと胸が痛い。

 また、体が震えてしまう。


「友人同士として、一緒に支えあって、国を豊かにして……」


 いやだ。

 友人同士。


「一緒に、頑張ろっ」


 結婚、王子、恋人。

 色んな言葉が頭をよぎっては、また心を蝕んでいく。


「ティア……?」

「そういうこと、言わないで」


 苦しい。

 胸が張り裂けそうだ。


「私だけ、見てよ……!」


 強く、強く、抱きしめる。

 ただただ、縋るように。


「なんで、どうして、結婚なんて……! 結婚なんて……っ!」


 たたきつけるような言葉が頭に響く。

 こんな八つ当たりのようなことしちゃいけないのに。

 感情が抑えられない。


「私だって! マルテの一番になりたいっ! 友人以上の関係になりたいっ!」


 駄目だ。

 言葉が、どんどんあふれていく。

 止められない。


「……私、マルテの恋人になりたいよ」


 言ってしまった。

 否定したかった言葉が出てきてしまった。

 ……私はティアのことが好きだった。

 友達としてではなく、恋人になりたいとずっと思っていた。

 従者なのに。

 そんな言葉が出てきてしまった。


「……ごめん、ごめんね」

「謝らなくって大丈夫だよ、ティア」


 そっと私の体を抱きしめながら、彼女が私を落ち着かせる。

 小さな動作。些細な行動。そのひとつひとつが私を安心させてくれる。


「私はティアの為に悪い子になろうってしてたから」

「……どういう、こと?」

「ふふっ」


 そっと私の顔を上げさせて、マルテが言葉を繋げる。


「婚約破棄、しようと思ってたからっ」

「……え?」


 その言葉に様々な感情が動く。

 婚約を破棄する。結婚が取り消しになる。王子と結ばれることがない。

 嬉しい気持ちと、不安な気持ちが同時に襲い掛かる。


「破棄、していいの……?」

「元々考えてたんだ。この結婚で本当にみんな幸せになるのかなって」

「りょ、両国の関係がよくなるはず、よ………?」

「結婚しなくても、なんとかできると思うの。なんとなくだけど」

「お、王子の人がもしかしたらマルテの好みの人かもしれないし……!」

「わたしの好みの人かぁ、それはないかも?」

「な、なんで?」

「だって……」


 いままでより強く、思い切り、マルテが抱きしめてくる。

 私の体全体に熱が伝わってくる。


「……私も、ティアのことが大好きだから」


 その一言は、しっかりと私に届いた。

 大きな声で話しているわけでもない、はっきりとした発声で言われたわけでもない、そんなささやかな言葉。

 確かに、受け取ることができた、彼女の気持ち。


「……お、女の子同士よ」

「知ってる」

「私、男性じゃないんだよ?」

「だからいいの」

「変な目で見られちゃうかもしれないよ……?」

「もう、じれったいなぁ」


 もう一度、彼女が私の顔をまっすぐ見つめてくる。

 彼女の表情は昨日の不安げなものより明るい表情になっていた。

 それに比べて、私はどんな表情をしているのだろうか。わからない。


「本当に、いいの……?」

「こういう時、押しが弱いね。ティアって」

「だ、だって……こ、恋人になるって、その……」

「ティア」

「な、なに……?」


 どう言葉を紡ごうが悩んでいた時、マルテはそっと私の唇に自身の唇を近づけていた。

 そして、私がどうするか考える間もない間に……


「んっ……」


 彼女は私にキスをした。

 甘い触感。頭がふわふわしてしまうような刺激。幸せの味。

 言葉で言い合わらせないような感覚に、意識が朦朧としてしまう。


「……初めてのキス、だね」

「……女の子同士で、しちゃった」

「ふふっ、恋人の証」

「……うん」


 そっと体を寄せ合い、お互いの体温を感じあう。

 その幸せな時間が、いつまでもいつまでも続くことを願った夜だった。








「婚約は取り消しで! あと、同盟を組んでほしいです!」

「取り消しよし! 同盟も組もう!」


 後日。

 隣国のヴァル王子との縁談が始まった。

 ……そして、その瞬間、あっという間に縁談が終わった。


「そ、そんなあっさりでいいんですか……? 婚約って、国の取り決めだったんじゃ……」

「いや、父上が縁談を勝手に用意したのがきっかけだったんだ。こっちの国の文化を知るならもう結婚した方が早いと」

「……はい?」

「んで、俺が今日縁談に来たというわけだ。ま、一瞬で婚約はなかったことになったがな!」


 はっはっはと笑うヴァル王子。

 ……雑だ。あまりにも雑すぎる。こんなことの為に私はあそこまで苦しんでいたのだろうか……?


「ね、ねぇ、マルテ」

「なに?」

「……そっちの婚約の話ってどんな感じになってたの?」

「あっちの方が国力高いから、下手を打つなよって色々お偉いさんに言われてた」

「……下手、打ってない?」


 いや、ヴァル王子がいいならそれでいいかもしれないけれど、それでもマルテの思い切りが良すぎる気もする。


「だって望まない結婚なんて、お互いの利にならないし、人生損じゃない?」

「そうだな。なんていうか、窮屈さがある!」

「それに、私にはもう恋人がいるので!」

「ま、マルテ?」


 そう言って彼女が私の手をぎゅっと掴んできた。

 まるで見せつけるかのようだ。


「はい、従者と恋人になってまーす!」

「そ、そういうこと言っちゃ駄目っ、王子の前なのよ!?」

「だって、婚約解消の理由ははっきりさせないとだし」

「……そういうことです。恋人に、なってます」


 こうなればどうにでもなれの精神だ。

 私の口からも恋人であることを報告する。

 そうした瞬間、ヴァル王子は大きな声で笑った。


「なるほど、それが婚約を断った理由だったというわけか」

「はい、浮気はしたくないですし」

「……ますます気に入った!」


 爽やかな声でヴァル王子が続ける。


「自分の意思で、自身の道を決める。尊敬できる相手だ。同盟を結ぶ相手としていい関係になりそうだ!」

「こっちこそ、色々我儘を言ってて申し訳ないけど……ありがとう、ヴァル王子」

「構わん構わん! お互い、いい国になることを目指そうじゃないか!」


 笑顔で同盟の書類を作成していくふたり。

 パートナーシップという関係性がこれから繋がっていくのだろう。

 結婚騒動もこれでひと段落。色々、安心した。


「協力関係になるということは色々文化共有をすることになります。それについては」

「まぁ、こっちの従者はどたばたするだろうが大丈夫だろ!」

「……極力支えます」

「おぉ、助かる!」


 締結については王同士が行うにしても、文化の共有などの下仕事は従者の役割でもある。

 これについてはしっかり責任を持って行うべきだろう。騒動の一因になっていた私もしっかり動きたい。


「じゃあ、これからもよろしくお願いします!」

「よし、わかった。あと、ふたりに質問があるんだが……」

「なに?」

「式はいつ開く? 花束を最前列であげたい」

「し、しし、しきっ?」


 その言葉で頭が真っ白になる。

 ふたりでウェディングドレスを着ることになるのだろうか。それとも、片方はタキシード?

 誓いのキスをして、それから、夜を過ごして、それから、それから……


「う、うぅ……」

「……式はまだまだ遠そうかも?」

「まずは初々しい恋人からってことか! 俺は邪魔にならないようにいいプレゼントが用意できそうな店を用意するとしよう!」

「ありがとう、しっかり絆を育むよ」


 言葉がうまくまとまらないけれど。

 今はただ、ヴァル王子にも、マルテにも感謝の気持ちでいっぱいだった。









 同盟が結ばれたのち、城下町は前よりも賑わっていた。

 異国の料理や文化が届いたことにより新しい風が吹くようになったのも大きいだろう。

 そんな中、私とマルテはふたりで歩いていた。

 王女と従者という立場ではなく、恋人同士として。


「もっと色んなスイーツが食べたいなぁ、ほら、くるくるーってしたやつ美味しかったからおかわりしたい!」

「マルテ、そこまで食べたら太っちゃうわよ?」

「太らないもん。むしろティアの方がむちむちじゃない?」

「そんなことはないわよ、同じくらい」

「ほんと~? お風呂で私より胸が大きかった気がするけど~」

「どっちが大きくてもいいじゃない。私はマルテの雰囲気も好きよ?」

「ふふっ、言葉が上手になって」

「事実だもの」


 何気ない日々を過ごして、時に支えあって。

 難しい問題もふたりならきっと乗り越えられる。きっと。


「フリフリの服とかどうかな。ティア、来てみない?」

「メイド服より凄いわね……まるで人形の服みたい」

「ティアはかわいいし、似合うよ! 試着してみない?」

「だったら、マルテも一緒にしよ? お揃いで色々調整するのも楽しそうだし」

「さんせーい!」


 手を繋ぎあって、歩幅を整えて、私たちなりに行動して。

 よりよい未来を掴んでいくんだ。


「ねぇ、部屋に帰ったら甘えていい?」

「……私も甘えたいけど」

「えへへ、じゃあ、ふたりでそうしちゃおっか」


 恋人として、パートナーとして。

 私たちの未来はずっと幸せに続いていく。

 城下町、見上げた空の色はどこまでも青く染まっていた。

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