三章十話 牛人の帰郷・其の三
張り詰めた空気の戦場は、森のど真ん中だ。しかしそこに草木は生えては生えていない。赤竜が放つ"龍熱砲"によって焼き払われていたからだ。
竜の猛攻を必死に防ぎながら、反撃の術を考えているのはミスジだった。
クソ…コイツ硬すぎるぞ!それにこの鉤爪、これ以上まともに受けたら腕が砕けちまうよ。どうにかして打開しねぇとマルタまで殺される…!
すると、突然全身の疲労が抜け、砕けかけていた腕が治った。マルタの支援魔法だ。
「兄ィ、ファイト!負けるなー!」
色々と限界だから返答することはできなかったが、これはかなり嬉しい。
赤竜の弱点は何処だ…?
とりあえず定期的に空を飛んで撃ってくるあの炎、当たらなくても延焼して進路を絶ってくる。あれを続けられると逃げ場がなくなって消し炭にされちまう。つまり狙うは…羽!
着地の瞬間を狙い、ミスジは走った。
マルタもそれを察し、ミスジに速度上昇の魔法を発動する。スピードに乗って跳んだミスジは斧に魔力を込めた。
「大蛇剣:牛斧・武龍斬 !」
右の羽めがけて放たれた斬撃は硬い竜の装甲を破り、両断した。
赤竜の再生能力は低く、もうこの戦いで翔ぶことはないだろう。
「よっしゃァ!今度は首だぞ!」
ミスジは奮起した。しかし、赤竜はマルタの方を見た。
次の瞬間。高速で移動した赤竜はその巨躯をマルタに叩きつけた。
「カハァッ!?」
「テメェ、どういうつもりだ!」
動けなくなったマルタめがけて炎球が撃たれた。
武器を捨て、全速力で走ったミスジはマルタを庇った。炎球は直撃し、ミスジの全身は焼かれた。
「兄ィ…!!逃げて…」
「……仮にも兄と慕ってくれてるヤツがいる手前俺が逃げると思ったか?絶対に生き残るぞ」
いいか、俺。今勝つ方法を考えねえと死ぬ。
『貴様が新たなる牛人の長か。仲間のために命を懸けるとは、なかなかの気概ではないか』
『素晴らしい、肉体の強度、精神力、戦闘技術、全てが卓越している!』
『我らの全てをやろう』
なんだ?頭の中に勝手に声が流れ込んでくるぞ…!とりあえず答えるように頭の中で返事をしてみた。
(うるせぇよ!死にそうで忙しいんだけど、どちら様だよ!)
『ほう、我らを知らぬと?』
『なら教えてやろう。我らは貴様の先祖にあたる者だ。今は弱小の村と成り下がっているようだが、かつてここは牛人の支配する王国だったのだ』
(どうでもいいわ!このままお前らの相手をしてたら俺が死ぬんだよ!手伝ってくれるなら早く力を貸せ、そうでなければ失せろ!)
『いいだろう、貴様もこのままでは我々のことを信じることができまい』
力が湧き出してきた。肉体は変貌を遂げ、より強靭に、より洗練された魔力の通りやすい特殊なものに生まれ変わっていく。
『これから貴様の種族は牛魔王だ。我らの力を継承するがよい』
かつて邪神と戦った英雄、牛魔王が再誕した。
「グオォ!」
赤竜は炎を放った。しかしそれは魔法で防がれる。
「牛天盾」
「兄ィ?なんか、急に強くなってない?」
「あぁ、なんか強くなった。俺に任せとけ!」
武器を回収し、マルタを背負ったミスジは、その斧に力を込めた。
「大蛇剣:牛頭将斬」
先刻の攻撃も技巧を凝らした綺麗な斬撃だったが、今のミスジの一撃は格が違う。
断末魔の叫びも許さず首を刎ね、赤竜は息絶えた。
「か、勝った…」
「なんか、あっけなかったな。すげえぞ、この力は」
二人に絶妙な雰囲気が漂い、
「凄い!兄ィ、優勝だよ!絶対優勝!」
「そうだな!ダンナにこの死体の素材も持って帰ろうぜ!」
「それは無理じゃない?大き過ぎるよ」
「じゃあ、後で魔法通話でダンナに相談しよう」
赤竜の死体を引っ張って里に戻ると、歓待の渦に包まれた。
俺だったらビビるけどな。
あったことを族長に話すと、その正体は代々この地に眠る先祖の霊らしい。力とともに眠っており、適性のあるものに力を託すまでは成仏することができない呪いによるものだという。
もしかしたら良いことをしたのかもな。
「して、貴様は今日からこの村の族長となったが…」
「あ、その件だが、この人に委譲させてもらう」
現れたのは、彼の主であるアッシュ=ダイアモンドだった。
「貴殿はまさか…」
「ご明察、俺の名前はアッシュ=ダイアモンドだ。よろしくな」
「族長の件だが、当方はどのような立場をとれば?」
「勿論族長はミスジだ。だけどミスジは俺がこき使うから、アンタには族長の代理として実権を握ってもらう。次代はアンタの息子でいい。」
「了解した。ところで貴殿からはただならぬ気配がしますな。正体はなんです?それにダイアモンド、とはまさか…?」
「ああ、俺はコーレイアの弟子だ」
「やはり…」
俺の故郷はダンナの師匠さんを信仰してたのか?
「我々一同、アッシュ様の下に仕えたく存じます」
「え、そうなの?俺は別に良いけど、この森はどうすんの?」
「この森は元よりコーレイア様に頂き、先祖の力を村の中の誰かが受け継ぐまで管理する契約を交わしております。また、コーレイア様に代わる大陸の後継支配者が現れた時、我々はコーレイア様から受けた恩を返す証として、先代族長の時代から忠誠を誓うこととしておりました」
「俺って大陸の支配後継者だったの!?」
「知らなかったと?」
「そんなの言われてないからな」
「貴殿はそうなのです。主神の名を冠し、圧倒的な気配のある気高き魂。間違いないだろうと愚考します」
「うむ…とにかくわかった!じゃあ追って沙汰するから、声をかけるまではここで暮らしててくれ」
「御意」
話はまとまったようだ。
「ミスジ、お前強くなったろ」
「先祖?の力をもらっただけで、俺自体は強くなっちゃいねぇです。これから精進します!」
「…帰るぞ。お土産も用意したんだろ?」
「アッシュ兄ィさん!あたしも頑張ったよ!」
「そうか!何か得られたみたいだな。帰ったら話を聞かせろよ」
俺達は竜になったダンナの背にのって屋敷に帰った。赤竜の素材もかなり持ち帰れたし、アッシュのダンナもご満悦だ。色々あったが、里帰りとしては成功の部類だな。
牛人は、目を背けてきたものと向き合い、一歩成長した。彼が来たる数多の戦争で面目躍如の活躍を見せるのは、まだ先の話だ。
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