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7話 兄とは、妹が手伝ってくれたら泣いちゃう生き物である。

「はあ」

「なに?白糸さんになんか言われたの?」

 いつもなら一度帰宅して、母さんの仏壇に挨拶をし、変装して遠くから妹たちのボディーガードをするところだが、朝変装してついてこないでと言われてしまったからな。それなのに無理についていったら本格的に嫌われてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 瑠李に嫌われるのだけは嫌だ。

 だから俺は今日親友の理人と帰っている。不本意ながら。

「……鈍感頭をなんとかしろって言われた」

「へえ、告白されたの?」

「誰に?」

「白糸さん」

「は?するわけないだろ、俺なんかに姉華がさ」

 ふーん、空気が抜けるように理人はそういってにこりと笑った。

「まあ、ユッキーって妹の瑠李ちゃんのことしか見ていないじゃん。そういうところを言われているんじゃないかな」

「妹のことが心配で、大好きで俺が守らなきゃいけないって思うことはそんなにだめなことなのか?」

 俺はもうメンタルがぐちゃぐちゃになりそうだった。一番身近にいる瑠李のことがわからない。姉華に相談したが、よくわからないことを言われた上に、姉華の方が瑠李のことを理解してそうな言い方をしていた。

「そんな可愛い顔しなくても、普通に兄妹していれればいいんじゃない」

 普通に、また言われた。

「普通、か」

「うちは普通じゃないからその辺参考にできるようなことをアドバイスができないけど、俺は妹を大事にしているユッキーのことが好きだよ。頑張って妹ちゃんの女心をわかってあげてね。それじゃ。明日は一緒に登校しようよ、もうすぐ夏休みなんだからさ」

 夏休み。

 夏休み、そうかもうそんな時期か。俺は、日が随分伸びたなあと理人に手を振りながら考えていた。そういえば俺は、いつも瑠李のことを見ていて、こんな風にゆっくりと空を見上げるのは久しぶりだったかもしれない。

 白と紫と橙色と青色がグラデーションになっている、絵の具を薄く引いて、伸ばして、それから重ねて、この美しい色を作るのは大変なんだろうと思った。

 なんか俺、今すごく感傷的な気分に浸っているかもしれない。ノスタルジー?瑠李のことを思ってポエムを書いたことはあったけれど、空を見てこんな風に思想の海に身を沈めているのは、今まであっただろうか。

 なんだか俺は怖くなった。自分が変わっていく感覚というのは、言いしれない不安に襲われるものだ。俺は変わりたくない。

 帰宅し、母さんの遺影に手を合わせながら俺は願った。

 今までと変わらず、妹と仲良く暮らせますように。

「おかえり」

「ただいま」

 瑠李が帰ってきて、俺はエプロンで手を拭きながら新婚の旦那が帰ってきたときの新妻のように瑠李を迎えた。

「今日はカレー?」

「そう、美味しいカレーを作るから楽しみにしてろよ」

「うん」

 普通の兄妹という姉華の言葉が、俺の心に呪いのように絡みついている。

「うえ」

 喉の奥が苦しい。でも、瑠李に心配かけないようにしないとな。

 食卓に並べられたカレーの匂いにつられるように、瑠李は2階から降りていた。

「瑠李、ご飯できたぞ、もう少し待ってくれ。準備できるから」

 呼びに行く前に階段から降りてくるのは久々だった。それだけ俺のカレーが楽しみだったということだろうか。

「ううん、手伝うよ」

 瑠李は首を振って皿や、スプーンを準備している。あれ、いつも俺が呼びに行ってついノックせずに扉に入ってしまって殴られていたのに、あれ?

「お兄ちゃん、シーザードレッシングは?」

「冷蔵庫だ、俺が出すよ」

「いっぱいあるんだけど」

 瑠李は振り返った俺にお構いなしでそのまま冷蔵庫を物色している。ドレッシングは変わったのが出るとつい買ってしまう。俺のせいで瑠李が冷蔵庫の冷たい冷気に当てられすぎて風邪を引いたら大変だ。

「えっと、ちょっとまってな」

「いい、自分で探す」

 瑠李がキッチンに来るのもドキドキした。何か危ないものを触って怪我でもしたら、もし、キッチンが急に爆発したら……電子レンジが急に暴発したら、瑠李が危ない。

 そういう話をしたら理人に、「瑠李ちゃんのことになると、ほんと大馬鹿になるよね」と言われたが、子供を大好きすぎて馬鹿になる親馬鹿という言葉があるくらいだ。むしろ褒め言葉といえるだろう。

「お兄ちゃんがやるから、瑠李は座ってて」 

 冷蔵庫を物色している瑠李の頭をぽんぽん優しく叩いた後、俺は瑠李より体を乗り出して冷蔵庫の中を覗こうとするが、瑠李はどこうとしない。動かない上に俺をお尻で押し返してくる。

「いや!」

「大丈夫だって」

「いいの、あたしもうすぐ夏休みだし。これから手伝うから」

 どうしたんだ瑠李は。急にそんなことを言い出すなんて。

「ハッ!?まさかそういう宿題が出たのか?」

 俺は両手で口を覆った。瑠李が小学校3年生になった時、お父さんとお母さんのお手伝いをして、お手伝いの内容と家族の感想を書くという宿題があった。中学でもそれがでたのかもしれない。もしくは、夏休みの課題研究か?

 兄のお手伝いをすると、兄がどんな反応をするかということを研究しているのか!?まあ、俺は中学の時妹の研究をするといって提出したら先生に人間観察は課題研究とは言えないから禁止だと言われてしまったのだが。兄のお手伝いをするとなれば許してもらえたのだろうか。

 兄の研究となれば、俺は初日と最終日で違う反応をしなくてはならないだろう。

「違うって、いつもお兄ちゃんばかりにやらせていたからさ、よくないなって。悪い?」

 宿題でも課題研究でもない!?

 それなのに、俺を良心で自主的に手伝おうとしてくれていたのか。なんてできた妹なんだ。なんて可愛くて優しくて兄思いで慈悲深くて愛い妹なんだ。

「悪くない、ありがとう。瑠李のその気持ちが嬉しいよ」

「なんで泣いているの?」

「瑠李の優しさが荒んだ心にダイレクトに」

「ふふっ、いつも大げさなんさから、お兄ちゃんは」

 がわいい。

 ふふっ、だって、ふふって、最近あんまり笑ったところを見たことなかったし、こんな風に二人でゆっくり会話をするのも昨晩以来だし、え、俺幸せ。明日死ぬのかな。新婚ってこんな感じなのかな……新婚か、瑠李は、昨日俺がしたアドバイスからなんだか雰囲気が変わったように見える。

 好きな人を諦めたからだろうか、だから吹っ切れた表情をして、悩みが解決したから俺にこんな風に話しかけてくれるのだろうか。


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