3話 兄とは、妹の相談に全力で答えるものである。
……。
混乱している場合ではない。
「ふんっ!!」
「ええっ!?」
俺は自分で自分の頬をぐーで殴った。混乱している場合じゃなかったからだ。妹の、瑠李の真剣なあの目。綺麗な青い澄んだ海のような、目が、まっすぐに俺を見つめている。
兄とは、私情より、妹を優先するものだ。俺が混乱しているとかどうでもいい、目を覚ませ、可愛い妹が悩んでいる。頭を働かせろ。俺は妹に勉強を教えるために勉強しているんだ。学年1位はその過程でとれている。
その賢い頭を働かせろ。妹の恋愛相談に乗れ。恋愛なんてしたことはないが、乗れ。
冷静スイッチをオンにしろ。俺はパジャマの胸ポケットにいれている眼鏡をかけた。
「どうして自分を殴ったの?」
「大丈夫だ、瑠李。なんでも俺に話してくれ。目を覚まさせたんだ、大事な妹の悩み相談だからな」
瑠李は、フンと腕を組んで後ろを向いてしまった。可愛い。
「好きな人が……親友とかぶっちゃったの」
「うん」
「どうしたら、いいと思う?」
「うん?」
好きな人が親友とかぶってしまった、なるほど。瑠李にも好かれ、ソイツは瑠李の親友にも好かれているのか。モテモテの同級生といったところか。しかし中学にあがってまだ夏休み前だというのに、もう好きな人ができたのか。ということは、まだ会ってまもないということ。その親友も、モテる同級生にミーハー心で好きだといっているだけの可能性もある。
「諦めるな。瑠李が本当に好きなら譲ってはいけない」
俺はずれたメガネをかちゃりと鼻の上に押し上げた。
「でも、その人……本当は好きになっちゃいけない人なんだ」
「う?」
ん?
好きになっちゃいけない人?どういうことだ。まさか……教師ッ!?なるほど。中学生とはもう大人な男性に惹かれるものなのか。しかし、それもあれだ、そういう時期だ。中学生というちょっとませた年頃になると、自分と年の離れた若い男性に大人の魅力を感じて惹かれるものなのかもしれないな。しかし、教師を好きな場合それは憧れとしての好きと恋愛としての好きがごちゃごちゃになっている可能性もある。そこはどうなんだ……瑠李。
「好きになっちゃいけない人か、どうしてそう思うんだ」
瑠李は、膝の上でぎゅっと両手を握りしめて悲しそうな顔でうつむいた。
「……それはいえない」
「そうか、じゃあ言わなくていい」
言えない……なんだそれ。言えないってなに。もしかして……既婚者!?既婚者なのかその教師は。だとしたらだめだろ。いや、まさかイケメン既婚者教師に、いやイケメンとは限らない。もしかしたらイケオジかもしれん。イケオジのほうかもしれん。
妹は――既婚者の大人の魅力ムンムンイケオジ教師に恋をしてしまったのかもしれない。どうしよう、どうしたらいいんだ。それはだめだ。既婚者はだめだ。しかし、この目。瑠李の吸い込まれるような真剣な目を見ていると、本気で好きなのだと、悩んでいることが伺える。
しかし、俺は言わねばならない。
愛している妹のために、愛している妹だからこそ、言わなくてはならないのだ。
「好きになってはいけない相手ともし、うまくいったとしても最終的に待っているのは、破滅だ。もし上手く言ったとしても、親友も周りの人間も傷つけることになる。瑠李はその覚悟があるのか?自分が一番わかっているんじゃないか?この恋愛は、最終的に幸せな未来が訪れないことを」
瑠李は、心底ショックそうな顔をした。ああ、ごめん。ごめん瑠李。俺は可愛い妹を今すごく、傷つけた。しかし、わかってほしい。俺が一番大事なのはお前だ。お前が一番大事だからときには酷いこともいう。傷つけることも言う。
「そう……だよね。我慢するしか、ないよね」
「ああ」
瑠李は胸を握りしめるようにして、唇を噛んだ。
「ありがとう、お兄ちゃんにそういってもらえて気持ちの整理がついた」
「瑠李……?」
震える笑顔でそういうと、瑠李はくるりと俺に背を向けて部屋から出ていってしまった。
「なんだったんだ」
この出来事は、俺と瑠李の懸隔をはっきりと分けた。俺はそんなことも知らずにアドバイスしてしまったのだ。
頭だけはいい俺が、バカなばかりに。