21話 兄とは、妹の親友のことを友達に相談してしまうものである。
ーに、隣町で電車に乗って。
俺はまた理人と共についていこうと思ったのだが、凜恋ちゃんとのあの出来事を思い出すたびに、なんだか怖くなって罪悪感が芽生えてきて行くことができなかった。仕方がないので、理人を家に呼んで勉強をすることにしたのだった。
「理人、中学1年生の女の子と俺が付き合ったらさ、どう思う?」
「……」
理人の手から、シャープペンシルが転がりおちた。そのシャープペンシルはころころと力なく転がり、俺の部屋の床に横たわっている。
「俺は、好きだよ。雪輝のこと」
「どうしたんだよ、急に」
理人はスッと立ち上がって正面にテーブルを挟んで座っている俺のところへとゆっくり歩いてきた。
「とうとうやったんだな、お前。妹と」
哀れみと祝福の混じった陽と陰が相交差する複雑な表情で、理人はぽんと、あの時のように俺の肩を叩いた。あの時、凜恋ちゃんが俺の肩を叩いたように。
「そ、そうじゃない!そういうわけではない!」
「でもなんでそんなに顔が赤いんだ。もしかしてお前、図星なのか?」
「図星じゃない!図星じゃない!」
ブンブンと顔を振った俺に、理人は相変わらず整った顔をかしげている。
「いや、実は。妹の友達がね。凜恋ちゃんっていうんだけど」
「ああ、あの理人が妹ちゃんをストーキングしているときに妹ちゃんと一緒にいる長い髪の大人しそうな子か」
「おい、ストーキングではないぞ。可愛い妹を変態から見守っているだけだ」
「ははは、そうだね。それで?その子に告白でもされた?」
「えっ!?」
まずはたとえ話を交えてふんわりやんわりと話そうと思っていた俺だったが、理人はさすがイケメンで鋭い俺の親友だ。こんなにすぐに見抜かれると思わなかった俺は、誤魔化す暇もなく俯いた。
「あの子はやめたほうがいいと思うんだ、俺」
「え?」
正面からまっすぐ俺のことを見つめる理人は、ふざけているわけではなく真剣そのものという表情だった。
「な、なん、一応聞くけど、なんで?」
理人は、少しも考える素振りを見せずに答えた。
「俺と理人が喋っているときの、あの子。我が子を奪われた蛇みたいな顔してたからさ」
……。
我が子を奪われた蛇みたいな顔ってなんだ。どっちにしても、理人を好意的に見ている顔でないことは確かだろう。それは理人の苦々しい嫌悪感を隠しきれていない表情からもわかる。しかし、理人は凜恋ちゃんと初対面だろうし、意味がわからない。
「はは、どんな顔か想像できないな、全く大体瑠李も一緒にいたじゃないか」
あの凜恋ちゃんだぞ。あの可愛い天使みたいな凜恋ちゃんが、蛇みたいな顔って。
「俺を噛み殺そうとしているみたいな顔。瑠李ちゃんと喋っていない時、瑠李ちゃんがトイレにいって一人の時、愛する夫の不倫相手を見るような目で見ていたよ」
「そんな馬鹿な」
「気をつけろよ、雪輝。お前人が良すぎるんだから」
信じられない。そんな目をあの凜恋ちゃんが理人に向けるとは思えない。
しかし、真剣な顔で俺の肩を掴む理人が嘘をついているとも思えない。
いつだって理人は真剣に俺の話を聞いてアドバイスをしてくれる友人である。中学3年生の時仲良くなってから、俺は高校が一緒と聞いてずっと一緒にいるが、ずっと前から友人だったのではないかというくらい話があういいヤツだ。
気をつけろよ。
そんな言葉を、あの凜恋ちゃんに向ける理人は、全く冗談ではなく真剣に、俺を案じてそういってくれているのがよくわかった。
複雑な気持ちで理人と別れた俺は、帰り道のコンクリートの影がやけに濃く見えた。
「おかえり」
「ただいまー!」
ショッピングバックを沢山抱えてにっこりご満悦な瑠李をみて、俺の不安はどこかに吹っ飛び、俺の特製中華を頬張る瑠李をみて、俺の心にできた小さな黒い染みは、まるで高圧洗浄機にかけられたように綺麗になったのだった。
そしてとうとうお楽しみのプールの前日、昼食は凜恋ちゃんの特製冷やし中華だった。最近本当に蒸し暑くて俺はクーラーの効いた図書館か、家にいるかのどちらかという毎日を送っており、行動範囲がかなり狭くなっている。
「プールの日、楽しみだね」
「ああ!」
土日は混むだろうからと、平日の水曜日になったプール。俺は笑顔満開の瑠李のわくわくが伝染し、にっこり微笑んだ。
「姉華さんが一緒に水着選んでくれたの」
「……?」
姉華さんも行ったの?今日。俺はきょとんとして瑠李を見つめた。
「姉華も行ったなら大丈夫じゃないか、なんで言ってくれなかったんだ」
「い、言おうとしましたけど……」
凜恋ちゃんはもじもじしながら俯いた。なんだ、姉華のヤツ、俺の妹と凜恋ちゃんのために陸上部が忙しいのに、わざわざ水着を買いについていってくれるなんて良いやつだな。
「姉華さんの水着はあたしたちが選んであげたんだから」
「そうか、姉華もプール行くんだな」
姉華は、クラスで友達も多いからな。人気者だし、クラスのリア充たちと一緒に行くんだろう。そんな風に考察している俺を、凜恋ちゃんは少し驚いた表情で見つめていた。
「なんだ、凜恋ちゃん姉華さんも一緒にプール行くこと話したんだ」
「え?瑠李ちゃんが言ったんじゃないの?」
2人が顔を見合わせて首を傾けた。
「姉華も来るのか?」
俺は、大きく目を見開いた。
「うん、お兄さっ……保護者として来てくれるって」
「そうそう、お兄ちゃんだけじゃ心配だし!」
なんで俺が心配されているんだ。俺だって保護者なのに!
「ごめんなさい……」
「いや、凜恋ちゃん。全然謝らなくていいよ」
しかし、姉華も来るのか……目立つからな姉華は。可愛いし、スタイルもいいし、クラスのマドンナと世界一可愛い妹と、可愛い凜恋ちゃんと俺でプールって、俺だって保護者なのに、と思ったことさえなんだか恥ずかしくなってしまうほどに、俺っていらないんじゃないか?と思ってしまう組み合わせすぎるぞ。
これが理人だったら、いや、理人は女嫌いだし死ぬほど嫌がるとは思うけれど、周りからみたら美少女たちと一緒にプールにやってきたイケメンだ。華と華である。しかし、俺だぞ。俺はただの凡人であり、ただ世界一可愛い妹の兄であるだけの男だ。
「お兄さん、来てくれますよね」




