13話 兄とは、クリームコロッケが好きな生き物である。
俺が振り返ると凜恋ちゃんは顔を真赤にしてうつむいていた。もじもじしながらこくりと頷く凜恋ちゃんを見て、俺は本当なんだ……と小さくつぶやいた。
「家に置いていただくわけですし、ご迷惑でなければと」
「ありがとう!」
まさか凜恋ちゃんがお昼ごはんを作ってくれるとは。全くの予想外の出来事に俺が困惑しながらも、微笑んでみせた。凜恋ちゃんは顔を伏せただけで何も言わなかった。
階段を降りている時に、揚げ物独特の香ばしい匂いとほのかに甘いクリームの香りがした。
「じゃーん!」
瑠李が自分が作ったように、瑠李はテーブルにずらりと並べられた料理たちをドヤ顔で紹介していった。
「これはあたしが炊いたご飯、これが凜恋ちゃんが作ってくれた赤味噌の味噌汁、一緒に作ったマカロニサラダ、これが凜恋ちゃんの作ったお兄ちゃんの大好物」
「クリームコロッケ!」
クリームコロッケだ!
小さい頃から学校の帰り道にあるコロッケやさんのクリームコロッケが好きだった。クリームコロッケは好きだけど作るのが大変だし、俺がただ大好きなだけで瑠李や父さんの好きなものをつくりがちだったから、正直手作りのクリームコロッケを家で食べたことはなかったのだ。
「凜恋ちゃん、ありがとう。大好物だよ」
「……しってます」
凜恋ちゃんを振り返ると凜恋ちゃんはさらさらとした髪を細い指でくるくるといじりながら顔を赤らめていた。
「嬉しいな、夏休み初日でクリームコロッケ食べられるなんて、久々だな」
クリームコロッケ屋さんは、去年廃業してしまってそれ以来俺は食べていなかったのだ。
「夏なのでどうかと思いましたが」
「全然だよ、むしろ嬉しい」
「……よしっ」
俺と瑠李はほぼ同時に食卓につき、そのまま笑顔で凜恋ちゃんをいつも父さんが座っている席に手招きした。
「いただきます」
「いただきます」
「……いただきます」
あれ、俺なんか忘れていたような。そんなことはどうでもいい。俺は今急激に空腹を感じ始めている。目が冷めてからお腹が空いていたのだ。
俺は最初、熱々さっくり黄金色のクリームコロッケの山からクリームコロッケを口に運んだ。
「美味い!」
俺はとっさに作ってくれた凜恋ちゃんの方を向いていた。凜恋ちゃんは、食べずに俺の一口を見つめていたらしい。かちっとパズルのピースがはまるように目があった俺と凜恋ちゃんの時間は、一瞬止まったようだった。
「ほんと、おいしいよ!凜恋ちゃん」
しかしその時間も瑠李の声で破られた。
「凜恋ちゃんは?食べないの?」
「う、うん!」
「美味いよ、ありがとう凜恋ちゃん」
凜恋ちゃんは、お茶を一口飲んでうつむいた。俺と瑠李の皿からはどんどん料理が減っていくのに凜恋ちゃんの箸はあまり進んでいる感じではなかった。
「そうよ!凜恋ちゃんはずっとお料理の勉強して、料理もお菓子作りも上手だし、家事も完璧なんだから」
可愛い瑠李は俺にぱちんぱちんと可愛らしいウインクをした。可愛い、急になんだ。アイドルなのか、アイドルなのか?ああ、うちのアイドルだったわ。
「へえ、それはすごいな!凜恋ちゃんはいいお嫁さんになるな」
俺はお茶を飲みながら凜恋ちゃんを見た。
「……」
凜恋ちゃんは、やはり全然箸が進んでいないようだった。
「凜恋ちゃん、どうしたの?全然箸が進んでいないようだけど」
「む……が、いっぱいで、お料理が喉に通らない、です」
「え?」
喉に料理が通らない?大丈夫だろうか?病気、というわけではないだろうが。もしかしてお腹がいっぱいということか?さっきいっぱい、という言葉が聞こえた気がした。
顔が赤いし、ああ、もしかして味見をしすぎてお腹がいっぱいなのではないだろうか。顔が赤いのも、それをいうのが恥ずかしくてだとしたら辻褄があう。
「凜恋ちゃん、無理しなくていいよ。凜恋ちゃんが食べられなかったら勿体ないから俺がいただくよ」
「あ、いえその」
「こんなに美味しいんだもん。俺いくらでも食べられるよ、毎日でも食べたいくらいだよ」
「はうっ!」
凜恋ちゃんは、両手で顔を覆って横を向いてしまった。
「凜恋ちゃん?」
「て、テレビつける?」
瑠李は急に立ち上がってテレビを付け始めた。そうだな瑠李。瑠李は本当に気が利くんだ。凜恋ちゃんも沈黙の中でお腹がいっぱいの中料理に囲まれているのも気まずいだろう。俺はもう食べ終わっているし、瑠李はまだ半分残っているので、談笑しながらさりげなく片付けをしつつ、瑠李が食べ終わるのを待てばいい。
「好きな人が目の前にいると、食事量が減るというのは本当でしょうか」
「アンケートをとりました」
なんだこの番組。そんなわけないだろう。
「ドキドキしてしまって、彼氏の前だとあまり食べれません」
「本当に好きな人の前だとガツガツ食べられないんですよね」
「なんだかその人が自分の手料理を食べてくれているのを見るだけで胸がいっぱいになって、自分が満たされちゃうから、いいかなってなっちゃうんです」
女性が圧倒的に多く、統計では非常に多くの女性が、好きな人の前ではあまり食べることができないと答えていた。




