閑話:3-4 オルガ・フォン・ビルウッドの困惑
外で適当に時間を潰していたら、ハルナさんが呼び来た。
エルザ様の侍女の方で、異常なほどにエルザ様に執着している方。
もはや従者を越えて、信者じゃないかと言うレベル。
崇拝という言葉が相応しい……その結果が、いまのエルザ様かな?
全力で甘やかして、全肯定してそうな雰囲気を感じますし。
そこはかとなく、危険な香りも致しますわね。
「私に、何か御用でも?」
「エルザ様が、オルガ様と一緒に街に行きたいと言われてます」
他のメンバーは?
どうするつもりなのでしょうか?
「オルガ様だけに込み入った話があるそうです」
なるほど……エレオール嬢のことでしょうか?
確かに、私は彼女の正体を知ってますし。
「私も付いて行こう」
「あっ、殿下は結構です。オルガ様だけを連れてきて欲しいみたいですので」
凄いですね。
エルザ様の侍女という立場でありながら、言葉を包むこともなくストレートに王子殿下の提案を断るとか。
大丈夫なのでしょうか?
「しかし「結構です。あまりしつこいと、王妃殿下にお話ししますよ?」」
王族の言葉って遮ったうえに、食い気味で拒否して良いんだ。
初めて知りました。
エルザ様あっての、この侍女といったところでしょうか。
そして、ダリウス殿下が黙って俯いてしまいました。
落ち込んでいる様子が、少し儚げで可哀そうに見えるのですが。
「ご理解いただき、ありがとうございます。それではオルガ様、行きましょう。他の方々は、殿下をよろしくお願いいたしますね」
……大丈夫かな?
不敬罪で、死刑まったなしの発言のように聞こえるんだけど?
「俺は?」
「クリントお坊ちゃまも、ダリウス殿下に付き合ってあげてください。お嬢様の護衛は、私でも務まりますので……務まりませんね。でも、条件はクリント様も一緒でしょう?」
「まあ、お嬢に手を出させないという意味では、同じことが出来ると思うな。うん、そっちは任せるから、こっちは任せてくれ」
そうですか……この華奢で可愛らしいけど、ちょっと病んでそうなハルナさんでもそこそこの腕前なのですね。
レオハート公爵家は何を目指しているのでしょうか?
学園最寄りのカフェに向かうと、エルザ様がいらっしゃいました。
やはりエレオール嬢とご一緒でしたか。
そのエレオール嬢ですが、エルザ様を見る目が少しおかしいですね。
熱っぽいといいますか。
「さてと……まずはそこに座って、飲み物を選んで」
ちなみにこのカフェは、エルザ様が作られたそうです。
オーナーですね。
喫茶店ともいうようですが、コーヒーや紅茶を出すお店のようです。
ムーンバックスというお店らしいです。
昼間でも使える、簡易社交場として貴族や商人に人気のお店です。
他には、カップルの方もご利用されるみたいですね。
ゆっくりとお話が出来るので、逢瀬には良いのでしょう。
婚約者が親に決められる私たちには、あまり縁のない使い方かと思いましたが。
お見合いの初顔合わせにも使われるようです。
「それじゃあ、紹介するね! といっても、知ってそうだけど」
「お久しぶりですね、エレオール様。公爵閣下はお元気でらっしゃいますか?」
「お久しぶりです、オルガ嬢。祖父は、相変わらずですよ」
私の言葉にエレオール嬢が一瞬躊躇した後で、諦めたのか首を横に振って答えてくれた。
どうやら、身分や家名は伝えてなかったのか。
どうせ、エルザ様にはバレているというのに。
だから、私がここに呼ばれたのだろう。
「えっ? エレオールのおじいちゃんって公爵なの?」
な……なんですって?
彼女の正体に気付いたから、私に話を聞こうとしたわけではなくって?
「申し訳ありません。お姉さまのことを騙すつもりではなかったのですが、立場上言いにくくて」
「いいよ、いいよ! それなりの家の子だと思ってたから」
「騙し打ちのようなことになったのに、寛大な対応いただき、誠にありがとうございます」
「あははは、じゃあ親戚ってことじゃん! もっと、リラックスしなよ」
そして、エレオール嬢の正体を知ってもこの態度。
相変わらず、エルザ様には驚かされるといいますか。
「それよりもオルガ?」
「はい」
あっ、私には怒ってらっしゃるのですね。
彼女の正体を知ってて、黙っていたことを。
エルザ様がちょっとムッとした表情で、眉を寄せてこちらに低い声で声を掛けられました。
分かりました。
叱責は、甘んじて受けさせていただきます。
「スペアステージア公爵のお孫さんがこんなに可愛いなんて、なんで黙ってたの? 教えてくれたら、今日だって私の方から声を掛けたのに」
「いえ、どちらにせよエルザ様から、声を掛けにいきましたよね?」
「知ってたら、もっと早くに打ち解けられたかもしれないのに!」
えっと……何をおっしゃられているかよく分かりません。
それに知ってたら、打ち解けられないのでは?
敵対派閥で、クーデターを企んでる家ですよ?
「ですが、現状でスペアステージア家は王国内で警戒対象ですよ」
「こらっ! こんな小さい子の前で、物騒なことを言わない!」
私も怒られると思ってましたが、どこかポイントがずれているように思えます。
いや、ズレてますよね?
エレオール嬢が、困惑してますよ。
「お姉さま! 少し飛ばし過ぎです! オルガ嬢が困惑してらっしゃいます」
あっ、困惑してたのは私の方でしたか……
相変わらず、斜め上に突き抜けているエルザ様の言葉を聞いていると、頭の中がグルグルしてきました。
私は何を怒られているのでしょうか?
それと、先ほどはスルーしましたが……なぜ、エレオール嬢がエルザ様をお姉さまと呼んでいるのか。
全てが理解の範疇を、簡単に飛び越えて来てます。
てっきり二人で彼女のことについて話し合って、対策を立てるものだと思ってました。
「エレオール様……さきほどから、気になったのですが」
「なんでしょう?」
「その、お姉さまというのは?」
「エルザお姉さまのことです! とても素晴らしい方です!」
ああ、いつものですか。
なんでも拾ってこられるのはいいですが、その子はエルザ様の最大の障害の令嬢ですよ?
将来、確実に敵対する家の子なのですが?
どこをどうすれば、敵対派閥の神輿のご令嬢とここまで打ち解けられるのか。
「私はお姉さまと一緒に、身分至上主義派閥を解体できるよう頑張ります!」
いや、スペアステージア家唯一の支持派閥を潰す宣言するって、どうなのでしょうか?
確かにまだ11歳ということもありますが、それでもそれなり以上の教育を受けて家のこともしっかりと学んできたはず。
そんな子をあっさりと手玉に取るって、どういうことですか?
まあ、あっさりと懐柔された私が言うことでもないですけどね。
私が言うことでもないですけどね!
「オルガ嬢は何がそんなに気に入らないの? 貴女だって、身分至上主義派のトップの家のご令嬢の癖に、お姉さまに取り入ってるじゃない」
「ぐっ……」
思わず扇子で顔を半分ほど、隠してしまいました。
失態ですね。
表情を読まれないように条件反射で動いてしまい、動揺がバレてしまいましたか。
余裕を取り戻さないと。
「こらっ! 可愛い女の子が、そんな怖いこと言っちゃだめだよ! オルガとも仲良くして」
「はい、お姉さま! いきなりのことで戸惑われたかもしれませんが、私はエルザお姉さまと仲良くしたいんです! だから、オルガお姉さまも宜しくお願いします」
ぐぬっ……この、美形一族め!
微妙にエルザ様と同系統の美少女に、上目遣いでお姉さまなんて呼ばれたら……
それ以前に、相手が下手に出てるのに邪険に扱ったら、私の評価の方が落ちてしまいますわね。
エルザ様からの……
まあ、ここはエレオール様と手を組んだ方が、身分至上主義派の手綱を握りやすいかもしれません。
彼らの動向が具に分かれば、打てる手も増えますしね。
ここは、共闘を受け入れるべきでしょう。
お父様にも、相談しないといけませんね。
「お待たせしました、アイスメープルホイップカフェとウィンナーコーヒーです」
色々と思考を巡らせているタイミングで、ウェイトレスの女性が飲み物を持って来てくれた。
このタイミングで私もオーダーしようと思ったのだけれども、ウィンナーコーヒーというパワーワードに目も耳も奪われてしまいました。
そして、その隙にウェイトレスの方は、戻っていかれてしまいました。
……ウィンナーコーヒーって。
「それの、どこがウィンナーコーヒーなのですか! ウィンナー、入ってないではありませんか!」
そして、エルザ様の前に置かれたコーヒーを見て、思わず声を荒げてしまいました。
「私もよく知らないんだけど、レイチェルのお姉さんが教えてくれたからね。間違いないと思うよ」
「いや、そうじゃなくて……それは、何が入ってるのですか?」
「生クリームだけだけど?」
だったら、クリームカフェであるべきだろう!
おっと、口調が乱れてしまいましたわ。
しかし、稀代の天才といわれるミッシェル嬢が言われるなら、そうなのでしょう。
「まあ、コーヒーが冷めないための蓋の代わりでもあるから。普通のコーヒーとなんら、変わりないよ」
いや、そうじゃなくてウィンナーの意味……
まあ、いいでしょう。
これまでだって、意味が分からないことはたくさんありました。
それよりも問題なのは、私がウィンナーコーヒーについてあれこれ考えている間に、私がエルザ様とエレオール嬢の連絡係にされたことです。
直接のやり取りは立場上拙いということを、エレオール嬢が言い出したのが発端のようです。
エルザ様は相変わらず、文句のあるやつは力で黙らせるとおっしゃてましたが。
あっ、この場合の力は権力ではないですね。
物理ですね。
それが出来る方だから、困るのですが。
色々と手続きを踏むというか、避けて通れる面倒ごとは避けるべきだとエレオール嬢が説得されてました。
「面倒だから、うちの子になっちゃいなよ」
とエルザ様が言い出した時に、エレオール嬢が真剣に悩んだときは本気で焦りました。
本当に、この二人の間に何があったのでしょうか?
王族のスパイとして身分至上主義派閥に属してますが、ここにきてエレオール嬢に付くとなると私の立場はどうなるのでしょうか?
そのエレオール嬢が、エルザ様に付くわけですし。
身分至上主義派閥のトップのエレオール嬢に付くということは、ダブルスパイということになりますが。
そのエレオール嬢が、王国派のエルザ様に付いたわけですし。
自分の立ち位置が分からなくなりました。
難しいことは後回しにして、いまはウィンナーコーヒーの謎に迫るべきでしょう……
「ミッシェルに聞いて」
……ごもっともなご意見、ありがとうございますエルザ様。




