第10話:お迎え
「エルザ様、どちらに向かわれるので?」
授業の後、教室を出て上の階に向かおうとしたらカーラに呼び止められた。
本当は、こっそり行きたかったのに。
「ダリウスを迎えに行くだけだよ」
「あら、まぁ! 今日は、お二人で帰られるのですか?」
私の言葉に、カーラが花開いたような笑顔を見せる。
そんな、ロマンチックなものじゃない。
だから、別にみんなと一緒でも良いか。
「いや、とりあえず迎えに行くだけ。カーラもついて来る?」
「いえ、お二人の邪魔をしてはいけませんので、私は今日はレイチェル嬢たちと帰りますわ。全員、きっちり揃えて連れて帰りますのでご心配なさらずに」
なんの、心配だよ。
そこ、強調しなくてもいいから。
本当に、しょうもない理由なんだから。
むしろ、全員で取り囲んで帰りたいくらいだよ。
「勿論、ジェイやジェーンの様子も見にいきますし、二人も一緒に連れて帰りますから」
「気を遣わせてごめんね。いや、ほんと」
余計な気遣いだけどね。
気が重くなる。
「しっかりと、仲直りしてくださいね」
「ん? 仲直り?」
仲直りとは、なんぞや?
別に、私とダリウスは喧嘩なんかしてないけど?
「どういうこと?」
「えっ? 殿下の両方の頬が腫れていたの、エルザ様がやったんじゃないのですか?」
「あっ、いや……まあ、右はね」
「右は? では、左は?」
「ミレニア王妃殿下だけど?」
ああ……その件ね。
いや、それは確かにそうだったんだけどさ……
そうなのだ。
あのあと、私は王城に乗り込んでダリウスに詰め寄った。
***
私の友人を使ってまで、あんなくだらない茶番を見せてきたのは何のつもりだと!
ただでさえ学校で微妙な立場のレイチェルを、さらに追い込むとは!
レオハートを敵に回す気かと!
気が付けば、王城でダリウスの襟首を掴んで文句を言っていた。
「わっ、私は……その方に、何かある前にどうにかしたかったのだ!」
と真剣な目で見てきたので、盛大に溜息を吐いてジトっとした視線を向けてやった。
かなりたじろいでいたけど、それでも必死に何やら言い募っていた。
呆れて何も言えなくなるかと思ったら、マシンガンのように勝手に言葉が出たわ。
「王族ともあろう方が、おとり捜査まがいのマッチポンプに手を染めるなんて……自身に威厳がないと、自己紹介されているようなものですよ」
「そっ、そんなこと……」
「父君であられる陛下を見習いなさい。行き過ぎた行為があっても静観をしつつ、その裏で証拠を集めて色々と手を回しているのを知らないと?」
「そうなのか?」
知らなかったのか……
いや、これ……陛下も悪くないか?
国として身分至上主義派にどう対処するかを、息子と共有していなかったのか。
その最たるものが、私という婚約者なのに。
スペアステージアが簒奪を目論んでいることなんて、王家ではとっくにお見通しに決まってるだろう。
でなければ先代陛下が弟である祖父をレオハートに婿入りさせたりなんかしないし、その孫を王太子の婚約者にしようなどと考えないだろう。
レオハートとのパイプを強くすることで、西側の勢力をまとめようとしているのだ。
二代に渡って準備をしているなら、次代のダリウスにもしっかりと引き継いでおいてもらいたかった。
だからこそシャルルや、胡散臭いロータス先輩を殿下の近くに付けたりしたのに。
周りの人間を上手く使ったつもりかもしれないが、まったく生かし切れていない。
そのうえ、そこにあまり影響力のない令嬢を不必要に危険に巻き込むなんて。
「痛いではないか!」
「反省する前に、現状を理解しなさい!」
レイチェルの顔を思い浮かべた瞬間に、ダリウスの右頬をひっぱたいていた。
軽くたたいたつもりだったけど、かなりのダメージを負っているのが笑える。
王族なんてのはあるだけで、伯爵家以下の貴族を抑えられるのに。
わざわざ自分で揉め事の種を用意して、それを他人に撒かせて素知らぬ顔で刈り取ろうとするとか。
「恥を知りなさい!」
「それは、あんまりではないか! 私なりに一生懸命にエルザのことを考えて、どうすれば手助けできるか「私だけじゃなくて、私の周囲にも気を配りなさいって言ってるんですよ! 私の友達を巻き込むことが、なんで私の手助けになるんですか? これで、レイチェルが逆恨みされて直接危害を受けたら、相手の命の保証はしませんよ?」」
私の言葉に、ダリウスが項垂れた。
少しだけ、納得いってなさそうだけど。
そういうのには、敏感なんだよ私は。
気配探知を極めると、そういった感情の機微も微妙に伝わってくるんだ。
敢えて無視することが多いけど、今回は看過できない。
ここで、徹底的に絞めておかないとこいつはまたやらかす。
「レイチェル嬢なら大丈夫だと思ったんだ……1年で、エルザの次に強いし」
「馬鹿ですか? レベルや剣の腕はそうかもしれませんが、内面は私と違ってお嬢様なんですよ?」
「えっ?」
「えっ、じゃねーよ! 普通に考えたら、分かるでしょうが!」
「うっ! 二度もぶつことはないだろう!」
「私の友達を、侮辱するからですよ!」
今回は割と強めにいったから、ダリウスが倒れこんでこっちを睨んで来た。
今のも、ダリウスが悪いと思うのは私だけだろうか?
私の考えがおかしいのだろうか?
「話は全て聞かせてもらいましたよ」
そんなやり取りをしたあと、どう言い聞かせたものかと硬直状態に陥った。
その瞬間を見計らうように、ミレニア王妃が入室してきたけど……
ミレニア殿下……息子さんと同じような言葉を言うのですね。
親子で流行ってるんですか? それ……
「本当に、うちのバカ息子が情けない」
「は……母上?」
「なんで、あんたはこんなに怒られているのに、ごめんなさいが言えないのですか! 悪いと思ってないのですか?」
「私はエルザのためにと思ってやったのです。それは悪い事なのでしょうか」
あっ……
こいつ、本当に駄目だ。
私のためという言葉に全てが集約されてる。
どんな手段を取ろうが、私のためになれば私が喜ぶとでも?
ミレニア殿下が登場して早々にフリーズしてしまった。
「この馬鹿息子がぁっ!」
「痛いです」
あっ、右頬を殴ろうとして止めたから、てっきり親心か何かかと思ったけど。
左頬を思いっきり、グーでぶん殴っていた。
右の頬がすでに腫れていたから、反対にしただけか。
厳しい、お母様だ。
「本当に情けない! なんで、普段は賢くて冷静で聡明なあなたが、エルザ嬢が絡むとおバカで間抜けになるのですか」
おおう……親ばか乙。
あと、流れ弾がこっちに凄い勢いで、飛んできたんだけど?
それだと、私のせいでダリウスがおバカになったみたいじゃないですか。
「エルザを侮辱するのですか?」
「そうじゃない! こんな簡単なことも分からないなんて……エルザ嬢を侮辱してるのではなく、貴方を叱っているのですよ!」
そうだったの?
いや、なんか……私のでせいでダリウスがおバカになったって意味合いのことを……というか、ほぼストレートにそう言ったよね?
というか、ここでそういう返答をするあたり、本当にダリウスがおバカになっている。
普段は、こんなこと全然ないのに。
「私の何が悪かったのでしょうか……」
「それが自分で分からないから、母は貴方を情けないと思ってるのです!」
もうだめだ、この子……何が彼を焦らせたのかが分からないけど。
周りが見えなくなるほどに、不安になることでもあったのか?
視野狭窄に陥った人間の悪循環を目の当たりにすると、こっちまで自身の考えがあってるか揺らいでくる。
現にミレニア王妃も、混乱し始めているようだし。
「もうよさないか、みっともない。部屋の外まで声が聞こえているぞ」
「貴方も、なんとか言ってください」
あっ、陛下が部屋に飛び込んで来た。
どうやら、外に丸聞こえだったらしい。
どこからかな?
私とのやり取りより、後なら良いな。
できれば、ミレニア王妃の下りくらいからが理想。
「こんなところで、王子の評判を落とすようなことを大声で喚くようなことではない」
「今は、そんなことを言ってる場合ですか」
「落ち着け! 母子揃って話がおかしな方向に向かってる。少し、お互いに距離を取って頭を冷やせ。ほら、お前も自分の部屋に行け」
おお、流石陛下。
上手い事、まとまりそうだ。
陛下がダリウスに、自分の部屋に戻るように命令する。
「嫌です!」
なんでやねん!
そこは、素直に引き下がりなさいよ。
「……父は、部屋に行けと言ったぞ」
「何故ですか?」
「三度は言わん……」
結局陛下に睨まれたダリウスは、何度も振り返りながら部屋から出ていったけど。
そして、その後の話し合い。
結論から……私がダリウスと距離を詰めて、私が何を嫌がって何を喜ぶかを教えてやって欲しいと頼まれた。
独りよがりな考えを、正すためにと……
ミレニア王妃、絶対に私のせいでダリウスが馬鹿になったと思ってるよね?
だからって、親が匙投げて婚約者に押し付けるってどうなのさ?
しかも12歳の少女に。
***
「はぁ……」
溜息を吐いて、重い足取りで階段を上がる。
廊下でにやにやしているロータス先輩とすれ違った。
すれ違いざまに、腹に一発入れたくなってしまったけど我慢。
周りの目があるし。
無かったら、本当にやってたかもしれない。
「大変ですね」
うん……本当にやってただろう。
すれ違いざまに、面白がった様子でそんなことを呟くロータス先輩を睨みつける。
気が重い。
強制的に、ダリウスと下校とか。
本人が、嬉しそうなのが余計に腹立つ。
なぜ、こんなにも好かれてしまったのか……
「久しぶりに、一緒に帰れるな」
どうしてやろう、この脳みそお花畑王子様……




