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第5話:遠出

「さてと、面倒この上ないな」

「こら、エルザ」


 私がコルセットによって締め上げられた腰を手で押さえてぼやくと、父に怒られてしまった。

 そうはいっても、これは苦しいのだから仕方ないと思うのだが。

 男には分からんだろうな。

 この苦しみは。


 こんなものを着けて、これから馬車に揺られての長旅か。

 といっても約半日の工程でしかないが。


「言葉が乱れているぞ」

「ああ、これは申し訳ありません。気を付けます」

「気を付ける気が、言葉から全く伝わってこないのだが」


 棒読みで形だけでも答えたら、呆れられてしまった。

 ジェームス・フォン・レオハート。

 私の父なのだが、どこか頼りない印象を受ける。

 今回は、祖父であるギースの代理として付いくることになった。


 どこに?

 王城にだ。

 言葉遣いが乱れていると言われたが、祖父であるギースおじいさまからは好評だ。

 強者であるならば、強者の振る舞いをしろと言われていたわけだし。

 淑女としてどうかと思ったが、これはこれで評判がいい。

 主に、身内以外の女性陣から。


「お前は、女の癖に嫁でも貰う気か」

「女の癖にという言葉は気に入りませんが、ご冗談を。これから、嫁に向かう方へお会いしにいくところでしょうに」

「はぁ……今のお前を見ていると、不安でしかない」

「良いではないですか。昔は私を嫁に出すだなんてとんでもないと、おっしゃっていらしたじゃないですか」

「昔は、天使のように可愛かったのに……今じゃ戦乙女(ヴァルキリー)だな」


 それは誉め言葉として受け取っておきましょう。

 そんなやり取りを終えて、家族と使用人たちに見送られながらレオハート邸を出発する。

 距離が距離とはいえ公爵家の嫡男とその娘の移動だ。

 護衛も少なくない数が付いている。


 そうして、我々が馬車に揺られながら向かう先は、ステージア王国の王都だ。


 今年私が10歳を迎えたということで、婚約者と初のご対面というわけだ。

 話でしか聞いたことのない、はとこだ。

 おじいさまの兄上の、お孫さん。

 おじいさまの兄が前国王陛下で、その息子が現国王陛下。

 世襲制だから当たり前の話だけれども。

 だからおじいさまも、順位はかなり下だけれども王位継承権は持っている。

 保険の保険の保険くらいの扱いだけれどもね。


 しかし、王子様とのご対面か。

 楽しみなような、不安なような。

 

 ハルナがかなり失礼な印象を抱いていたみたいだけれども、実際に会ってみないと。

 会う前から周囲の話を鵜呑みにしても仕方ない。

 この目でしっかりと判断しよう。

 

 ちなみに、この婚約に関しては領内でも好意的な意見と、反対意見が出て割れている。

 仕方ない。

 私は、レオハート公爵領でまさに女神のように、崇め奉られているのだからな。

 戦乙女としてではないぞ?


 馬車の窓から身を乗り出してみると、頬を撫でる風が気持ちいい。

 春らしい日差しを受けて、真っすぐ伸びる緑の草花たちを見ていると思わず笑みがこぼれる。


「本当にそうしていると、天使のようなのだがな」

「親にとって子供とは、そういうものでしょう?」

「口を開くと、可愛げが無くなるのが玉に瑕だ」


 ジトっとした目を向けられたが、笑顔で首を傾げて胡麻化しておこう。 

 何度も聞いた。


「まあ、人前ではちゃんと令嬢としての口調も使えるのだから、大目に見るが。うっかりと、そんな調子で喋らないように」

「ふっ……あら、私がそんな粗相をするとでも思いまして? これでも淑女教育では、ミッシェル伯爵夫人からは太鼓判を押されておりますのよ? 私が周囲の相手に対してぞんざいな口調になったとするならば、その程度のお相手ってことですよ。少なくとも、殿下はそうじゃないことを信じておりますわ」

「私には家で常にぞんざいな態度を取っているが、私はその程度か?」

「身内に対する甘えってことで」


 それにグラニフ先生や、レオブラッド卿の前ではきちんと淑女らしくしてるし。


「いつか、しっかりと教育をやり直さないとな。婚約破棄されかねん」


 口ではこう言っているが、父は私には甘い。

 激甘で溺愛されている自信もある。

 たぶん婚約破棄も言われたら諸手を上げて喜びそうだ。


「厳しく育てるべきだったと後悔はしたくないからな。今ならまだ間に合う気がする」


 今まで手をあげられたことどころか、声を荒げられたことすらない。

 ないはず……

 私が声を荒げたことは、何度かあった気がするけど。


 性懲りもなく良いところの出身の侍女に……父の名誉のために、詳しくは語らないでおこう。


「あれが王都に入るための門ですよ」

「あら、うちの門よりも小さいのですね」

「はは、我がレオハート領では外壁を一新しましたからね」


 馬車に並走して馬を走らせていた護衛のクリントが、ヘルムのフェイスガードを上げて色々と教えてくれる。

 私の専属護衛の一人だ。  

 レベル101の凄腕の騎士。

 ただ、私よりは遥かに弱い。


 私が鍛え上げた個人的な騎士団の若手団員。

 若手中の若手だ。

 まだ成人すらしていない。

 というか、ほぼ私と変わらない年齢なんだけどね。

 腕は確かだ。


 勿論中には、ちゃんとした中年や壮年の騎士もいる。

 その誰もかれも、私と祖父であるギースが鍛えた。

 マリアやセバスも色々と教えてたみたいだけれども。


 王都に向かってどんどんと進んでいくと、街道を歩く人たちが皆道を避けてくれる。

 流石にこの辺りは、人の往来も多いみたいだ。

 商人や冒険者、旅人や家族連れなんかがチラホラと見える。

 それは門に近づくにつれて増えていってるのだけれども、貴族の馬車を見ると慌てて整備された道から外れて草の生えた地面に立って頭を下げている。

 荷馬車や普通の馬車も道を開けてくれるのは、少し申し訳なく思うな。

 道に戻るのが少し大変そうだ……馬が。

 馬車の車輪に負荷がかかって。


「どうぞお通りください」

「まさかの素通り!」


 門を通るときに何も確認されなくてびっくりした。

 定番の身分証の提示とかも。


「はぁ……公爵家の馬車を見間違えるようなものは、王都の門番失格だろう」

「いえ、たとえ公爵本人が乗った馬車であろうとも、中は改めるべきだと思いますよ父上」

「パパと呼ばれたい」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや? しかし、それは流石に無礼だし、門兵たちも可哀そうではないか?」

「現にこの馬車は公爵家の馬車ですが、公爵は乗っておりませんよ? もし、この近くで他国の間諜に襲われて馬車を奪われたのだとしたら、場内に賊を引き込むことになりますし」

「備えすぎて悪いことはないが、そこまで特殊な事情を想定するのか? 父上が乗っておったら、たとえ一個中隊に襲われても問題ないだろうし」


 そういうことじゃないのですどね。

 戦えない身内だけが乗った状態なら、簡単にうばわれそう。 

 そんなことは微塵も思ってないのが、油断というのだ。

 この危機感のなさは、流石にどうかと思う。

 

「さてと、では未来の婿殿のご尊顔を拝見しに参りますか」

「はぁぁぁぁ……」

「これから幸せになれるかどうかの確認に向かうのに、横でそんな溜息を吐かれたら不安でしかないですよ」

「いや、殿下が不憫だと思ってな」

「お互い様ですよ。顔も見ないうちに、勝手に決められてるのですから」


 立場上、自由恋愛が出来そうな身分ではないと思ったけど。

 本当にそこら辺の事情は、ゴリゴリと押し付けられるのか。

 まあ、才色兼備とお噂の第一王子だ。

 そこそこ、立派だと思うことにしよう。

 

 私より強ければ、なおよしというものだな。

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