第30話:ダンス
「さて、こうして今年も新しい子たちが多く、この地に来てくれたことを喜ばしく思う」
二階ホールからは会場が見渡せるようになっており、そこから陛下が歓迎の言葉を述べてくれた。
「入る者もいれば、出る者もいる。卒業後も2年間は招待を続けるから、旧交を温めてくれ。それでは、良い夜を」
そう言って陛下が下がると、王妃殿下が続けて軽い挨拶をすると会場に降りてくる。
エスコート役は息子であり王太子でもある、ダリウスのようだ。
流石に王族ともなると、ママと手を繋いで階段を降りて来ても照れることは無いか。
シャルルパパは、陛下と一緒に下がっていってしまった。
久しぶりに会ったから、少しは会話できると思ったのに。
王族がパーティに参加したので、それまでホールに流れていた音楽が静かなものから曲調が変わる。
参加者たちも弁えたもので、すぐに中央から場所を移動している。
慣れない一年生たちが、慌てて先輩方の真似をしているのが微笑ましいね。
ダリウスは王妃殿下に椅子を引いて席を勧めたあとは、自分も横に座って用意された食事を少し食べていた。
まだ余裕はありそうだ。
周囲では、1年生の男子がソワソワしているのが見える。
すぐに、先輩に注意されていた。
「最初は殿下に譲るべきだと思うよ。今年は、婚約者様も来られているのだから」
そして、女性陣もそわそわしていた。
誘われるのを期待しているのだろう。
まずは、ダリウスが踊らないと始まらないのかな?
盗み聞きするつもりは無かったけど、耳がいいもんで。
ダリウスのお相手は、私になるわけか……
これだけの場所で先陣を切って踊るのは、少し遠慮したい。
私もダリウスも気にしないから、そこの1年生? 意中のお相手を誘っても良いんだよ?
そう思っていたのに、誰も動き出さない。
少し挙動が怪しい子たちもいるけど。
こっちをジッと見ている一部の女性達の視線が痛い。
たぶん、ダリウスと私が踊るのを期待しているのだろう。
少しワクワクした様子だし。
口を湿らせる程度に飲み物を口にしたダリウスが、王妃に耳打ちされて頷いて立ち上がる。
それから、こっちに真っすぐ歩いてくる。
うん、出番は早そうだ。
これで、私が誘われなかったら笑えるけど。
「殿下が来られたわよ」
こちらに向かうダリウスを見て、シャルルが教えてくれた。
同じものを見ているから、教えてくれなくても分かるよ。
さっきお姉ちゃんと言ってからかったのを、根に持っているのかな?
それともお姉ちゃん願望を刺激されて、思い出したのかな?
「殿下! 私と踊ってください!」
……凄いね。
凄い子もいるもんだ。
明らかに私の方に向かって真っすぐ歩いてきている殿下に……違ったら恥ずかしいから、私たちの方に向かって歩いてきてる王太子殿下の道を塞げる子がいたなんて。
これまた珍しい髪色で、青い色の少女。
一年生に青い髪なんて見たことないから、長期休暇ではっちゃけてカラーリングしたのかな?
あっ、普通に髪の染色技術はあった。
子供や学生はあまりしていないけど、大人たちには結構多い。
勿論、お馴染みの紫やらピンクの鮮やかな髪色をした、懐かしい気持ちになる年配女性も少なからずいた。
ただ会場を見渡しても、そんな派手な髪の子はいない。
……違った。
少ししかいない。
驚くべきことに、他にも数人目立つ髪の子はいた。
赤が埋もれるレベルで。
まあ、地毛が赤っぽい子はいるし。
地毛が緑は居ないだろう。
あと、赤は赤でもそれは違うだろうという赤。
原色系の、派手な赤。
赤毛とは呼べない……本当の赤毛ではあるけれども。
「あれは?」
「ピーキー男爵令嬢じゃない?」
「新入生が生意気にも、殿下の最初のダンスパートナーに名乗り出るなんて」
横でレイチェルが恥ずかしそうにしている。
婚約披露宴の時のことを思い出したのかな?
頬を染めて俯いているけど、口に食べ物を運ぶ速度が上がっている。
周りがざわついて、だれもこちらを注目していないうちに給仕に追加の料理を頼む。
「えっ?」
「あの子に、おすすめの料理をたくさん」
「いまですか? この状況で……」
素直に承知しないのは、給仕失格だなぁ……
あれ?
給仕とのやり取りを聞いていたシャルルとオルガが、微妙な表情で私を見ていた。
これ、招待客である貴族令嬢の指示を聞かない給仕が悪いんじゃないの?
このタイミングで指示を出した私が悪いの?
いや……身分的に、まかり通る事でしょ?
この世界だと。
あと、普通に前世の普通以上のホテルの普通のホテルマンが普通のお客様を相手にしてても、この程度のお願いなら普通はすぐに叶えてくれる。
別に私が間違っているのを認めたくなくて、普通を強調したわけじゃないよ。
普通だと思ってるから。
別に、給仕の男性の両手が塞がっていたり、明らかに作業をしている状況じゃないからね。
あっ、全員の視線が一瞬こっちに向いたのを感じた。
やっぱり、私がおかしいのかな?
「違いますから。エルザ様の婚約者が、他の女性に最初のダンスパートナーを強請られているのですが?」
オルガが扇子で口元を隠しながら、私に囁いて来た。
ふーん……
「それが? 別に受けるも受けないもダリウスの自由ですし」
「私が注意してきましょうか?」
オルガの言葉に特に気にした様子も見せずに答えると、カーラがそんなことを言って来た。
「では、私たちもカーラについていきますよ」
そしてフローラーとテレサも動き出そうとしている。
ちょっと待て。
「いや、良いから。こんなことで、いちいち目くじら立ててもしょうがないでしょう。そもそも、あの子のことなんて何にも気にしてないんだけど? 注意とかしなくていいから」
私の言葉に、全員が微妙な表情を浮かべていた。
いやいや、ダリウスが対処すべきことであって、私が文句を言うのはお門違い……ではないか。
婚約者のいる男性を誘惑……誘惑って年齢でもないな。
子供が少し年上の子供にダンスをお願いする、可愛らしい一幕だね。
「なに急に優しい目で、泥坊猫を見てるんですか」
「泥坊猫って……言葉が、悪いよ」
「申し訳ありません」
カーラが何やらワーワー言ってたので、首を傾げて見せる。
あと汚い言葉は、注意しておこう。
「って、いやそうじゃなくて! 殿下が、取られても良いんですか?」
「ん? その殿下様なら、サラリと躱してこっちに向かってるけど?」
ダリウスは普通にその青髪の少女の申し出を断って、こっちに真っすぐ向かって来ていた。
周りから、黄色い声援と熱を孕んだ視線が私にまで向けられる。
目立つなー、この王子様。
これであの青い髪の子が、注目を受けるための仕込みだったらウケる。
「せっかくスマートにダンスのお誘いに来たのに、何やらまた楽しい面白くないことを考えていそうだね」
ダリウスが真っすぐと私の前まで来ると、声を掛けてきた。
私の周りに居た子たちが、すっと一歩下がる。
あー……私の楽園が……
てか、楽しい面白くないことってなに。
なんか、言い方に疲れが見える。
「楽しいことを考えていそうだけど、私にとって面白くないことというか失礼なことを思ってそうだねと」
「よく分かりましたね」
ついでに言えば取り巻き候補を人数分揃えて、うちの可愛い子たちのパートナーにするくらいの気遣いは見せてもらいたい。
いきなりダリウスと二人だけで、この広いホールで踊り出すのはちょっと恥ずかしい。
「私と踊ってくれますか?」
ここで断ったらきっと楽しんだろうなと思いつつ、そんなことは無理だと分かっているので承知するよ。
一人称、今日は私か。
そういえば最近全然、余って言わなくなったな。
と関係ない事を考えて現実逃避しながら、ダリウスの手を取ってホールの真ん中に歩み出る。
音楽がまた変わって、私たちも踊り出す。
幼い頃から何度も踊ってきた相手だから、緊張することもないし息もぴったりだ。
周りからは一瞬溜息が漏れたあと、音楽以外の音が聞こえなくなった。
皆が、こっちに注目しているのが分かる。
あっ、レイチェルが隠れて何か食べてる。
音のしない食べ物を選んだのかもしれないけれど、シャルルとカーラには見られてたよ。
「いまは、私だけをみてもらいたいかな?」
レイチェルの方を見ていたら、ダリウスにそんなことを言われた。
まさかナチュラルに俺だけを見ろを言うことができるとは。
少しだけ、キュンっと……ならない。
いや、かっこいいけどさ。
どうしても、少しませた年下の子を見ている気持ちになるんだよね。
こんなことで、将来結婚してやっていけるのかな?
いや、ダリウスがもう少し大きくなったら考えも変わるかな?
「少しは嫉妬してくれるかと思ったのに」
「ん? 何がですか?」
「さっきのことだよ」
ダリウスも慣れているからか、小声で会話をするくらいには余裕がある。
周りからは、ダンスに集中していると思われてるかもしれないけど。
いや、楽しんでると思われてるかな?
お互い笑顔だし。
「先ほどの? ああ……選ばれるのは殿下ですから、私が口を挟むことでもありませんし。それに、私を選んだので、別に何もしなくても問題なかったのでは?」
「いやまあ、そうなんだけどね。助けに来てくれるかと思ったのに」
そう言って少し拗ねた様子のダリウスに、幼い頃の面影を見て可愛らしく思ってしまった。
初対面の時は、可愛くなかったけど。
ませてるどころか、老けてるとか思ってた。
それからまるまる一曲分踊りきって、会場に向かって礼をする。
「さあ、これからは皆も自由に踊ってくれ」
ダリウスの言葉を受けて、私たちのダンスが終わった途端にそわそわしていた男子たちが一斉に動き出した。
何故か、うちのグループに向かってくる子がいないのが腹立つけど。
そして、一部の……数少なくない女性陣が、私に対して期待した視線を送っているのは何故だ?
「流石に殿下の婚約者であるエルザ様は、クリント様以外の男性とは踊れないでしょう……けど、女性なら踊れると思われているのでは?」
首を傾げている私にカーラが教えてくれた。
ダリウスも苦笑いしている。
「成果発表会の後から、あの場にいた女子生徒の殆どの方がエルザ様と踊るのを夢見ているのですよ」
付け加えるようにオルガに言われて、思わず首を振ってしまった。
この会場にいる有能な男子を探して縁を繋ぐより、私と踊りたいと思ってる女子が多いとは。
大丈夫かな?
私に負けてる男子も、女性である私と踊りたい女子も。
少しだけ学園の……いや、将来が心配になってきた。
「国母となる予定の女性が、女性層の支持を受けているのはとても頼もしいね」
「そうですか? ならいっそのこと、レイチェルとテレサとフローラと剣の舞でも踊りましょうか? 皆、かっこいいですよ」
「男性陣の立つ瀬が無くなるから、やめてあげなさい。あと、会場が物理的に無くなっても困るから、剣を振り回さないでもらいたい」
ダリウスが困った様子で、嗜めてきた。
どうやら、授業中の素振りによる訓練場破壊のことを言っているらしい。
ただの、事故だったのに
意識して振ったら、あんなことにはなりませんよ。
「お嬢はもう大人しくしていた方が良いんじゃないかな?」
少し離れた場所で見ていたクリントが、こっちに来て私に料理を手渡してきた。
というか、友達も一緒に連れてこい。
ここに壁の花がたくさん……シャルルにはお誘いが来ていた。
先輩方も、誘われている。
となると残されるのは1年生だけだけれど、オルガが真っ先に声を掛けられて断っていた。
なんで?
「私も、エルザ様と踊りたいので」
なんで!
そして、ソフィアはダリウスが来てからは、完全に空気になろうとしていた。
いや、周りからは誘いたいオーラが全開で、ソフィに向けられているけど。
流石に高位貴族と王族に囲まれたら、固まるのは仕方ないか。
あっ、胡散臭い人代表のロータス先輩が、知り合いを6人連れてこっちに向かって来ている。
皆、逃げて。




