第4話:時空魔法
「さてと、準備は宜しいでしょうか?}
そう言ってグラニフさんが、微笑みかけてきました。
今日は執事服ではなく、魔導士っぽいローブと杖を持っています。
どっちも、それなりに年季の入った……というよりも、骨董に近い印象です。
アンティーク……いや、アーティファクトかもしれません。
うちの庭で両手を広げて立っている姿は、凄腕の魔術師にしか見えませんね。
本業は執事ですが……
いや、執事が副業なのかもしれません。
今回が4回目の講義です。
流石に、そろそろ取っ掛かりを掴むくらいは。
「何やら、自信がおありな様子ですね」
流石は先生。
私の表情を見て、すぐにピンとくるとは。
侮れません。
「いえ、人間観察と洞察は執事にとって必須技能ですから」
そっちの経験によるスキルだったようです。
心を読まれた気がしますがサラリと流されたので、私も気にしないようにしましょう。
そして、今回は秘策も用意してます。
時間停止の魔法で私にとってもっともネックなのは、魔力量なのです。
時間停止の魔法を掛けるには、相手を自身の魔力で包み込まないといけません。
なので基本的に生物に掛けるのは、ほぼ不可能です。
相手の魔力が少しでも混じれば、簡単にレジストされてしまいます。
そして生物は大なり小なり魔力を持っていて、常に一定値になるように回復をしています。
ですので、生物に対しては使えないのです……例外はあるみたいですが。
非生物に掛ける場合には、その対象物を完全に自分の魔力で染め上げる必要があります。
その際の適正魔力量は、その物質がもっていた魔力と同程度です。
多少の誤差は問題ないのです。
……多少であれば。
しかし私の多すぎる魔力では、その調節が非常に難しいのですよ。
数多の食品や素材を、私の魔力によって変質させてしまったのは良い思い出です。
アンデッド化した魚や、瘴気を放つお肉。
魔木化した材木や、魔物化した野菜や茸たち。
一応、私の眷属みたいなので、領地内に彼らの住む場所を内緒で用意してます。
降魔の森とよばれる、秘境型ダンジョンの中に。
全3階層しかありませんが、地上部分の森だけですでに難易度C級推奨の森です。
中心部はA級相当です。
地下層があることは、私とおじいさまとセバスとマリアしか知りません。
魔力が多すぎると、こういう事故を起こしてしまいます。
少なすぎると、魔法が掛かりません。
少なすぎたことは、一度もありませんが。
「実は、こんなものを用意してみました」
そして、私が用意した秘策とは……
封魔の腕輪と魔封じの指輪21号です。
サイズではありません。
21個目の魔封じの指輪です。
「これまた物騒な物を」
先生が微妙な表情を浮かべてます。
仕方ありません。
こうでもしないと、魔力が溢れ出てしまいますので。
封魔の腕輪で指に向かう魔力を4割ほど減衰させたうえで、指輪を通してさらにそこから8割の魔力を抑え込みます。
魔封じとはなんぞやという話ですが、本気を出せば普通に魔力を使えますよ。
結果が過去に砕け散った20個の指輪たちなのですが。
まあ無意識に魔力を抑えてくれる、補助具のようなものです。
ふふ……指輪を壊さないように手加減の練習をいっぱい頑張ったのです!
そして、結論として腕輪を付けることにしたのです。
詳しい話は、聞かないでください。
「では、こちらの草の根に魔力を注いでください」
「はい!」
まずは課題として渡された根に対して、自分の魔力を押し込んでいきます。
素材がもっていた魔力を押し出すようにしながら。
ちなみに魔力特性がある物に対して時間停止をかける場合には、まず最初にもともとある魔力にぴったり這わせるように自分の魔力を纏わせるらしいです。
薄く透明感のある魔力で……この時点で、ちょっと理解ができてませんが。
その後にもともとあった魔力の色を自分の魔力に移しながら、魔力自体を染め変えると。
するとあら不思議、素材の魔力の性質そのままに私の魔力に置き換わることで、魔力を持つ素材にも時間停止の効果を付与できると。
ただし、これは二属性の同時付与となるので難易度が一気に跳ね上がると言われました。
もともとの属性と、時空属性……
到底無理っぽいので、いまは覚える気はないです。
とりあえず食料品に、掛けられたらいいので。
「あっ」
「あっ……」
どうにか魔力で染め上げたら白くて太い根っこに、横に真一文字に筋が入りました。
そしてその筋が開くと、中にはくりっとした瞳が。
「ま……まあ、今までの変化に比べたらだいぶ可愛いかと」
先生が苦笑いしてます。
基本的には色が変わったり、味が変わったり。
あとは痛んだりといった変化が殆どだとおっしゃっていました。
だから私のもたらす変化はかなり、アレなのだと。
アレと言われると、流石に傷つきますね。
***
「ようやく及第点ですね」
「出来ました」
私の目の前には魔力が溢れ出る大根が。
勿論、変質はしてません。
ただ、魔力が目に見える状態です。
「これ……時間停止解除したらどうなるのでしょうか?」
「ん? そうですね……魔力が回復する大根になるだけだと思いますよ」
そうですか……
それは……良い事なのか、悪い事なのか。
どちらにせよ、これで長期間の旅行に出来立ての料理を持っていくこともできるようになりました。
「これでいつでもどこでも温かい料理や、冷えた飲み物が頂けますね」
私の発言に、先生が困ったような表情を浮かべています。
どうしたのでしょうか?
「えっと……飲み物はともかく、料理に時間停止を掛けるとなると難易度は、魔法素材に掛けるより高くなりますよ」
「なんと!」
グラニフ先生の発言に、思わず大きな声を出してしまいました。
ですが……それだと、私の望んだ効果と違います。
なんにでも、掛けられると思ったのですが。
「素材によって必要魔力量が変わってきますので一部の具材が変質したり、逆に掛からなくて傷んだりするかと」
……Oh。
思わず両手両膝を地面に付けて、項垂れてしまいました。
「その姿は淑女としていかがなものかと思いますが、方法が無いわけではないですし」
「あるのですか?」
「ええ……ちょっと、手間ですが」
先生の説明だと、料理した後にそれぞれ具材を分けて掛ければいいとのこと。
温めたソース。
焼いたお肉。
フライドガーリック。
付け合わせの温野菜。
それぞれに時間停止を掛けて、食べるときに解除して合わせると。
スープとかだと、スープから具材を取り出して、それぞれに魔法を掛ける。
で、あとで一緒に……
うん、現地で作るのと変わらないですよね?
それなら、素材に時間停止を掛けて、その場で調理した方が早いのですが。
出来立ての美味しい料理を、手間を掛けることなく食べたかったのですが。
それから、私は挑戦の日々が始まった。
なんにでも、簡単に時間停止の魔法を掛けられるよう、術式解析のプロまで雇ってもらって。
苦節3年半……私が10歳になるころに、ようやく空間内の時間停止の魔法が完成した。
非生物限定で。
ちなみに生物に対しては遅延の効果があるらしく、動きが緩慢になるみたいです。
魔力が少ないほどより遅く、魔力が強ければ動きづらい程度の効果。
十分ですね。
極めたら、生き物も停止できないかしら。
「それは禁呪になりますので、使用したら捕まりますよ」
そんなことを呟いたら、グラニフ先生が目を伏せながら呆れた表情で呟きました。
驚きです。
なんと!
すでに、完全なる時間停止魔法があるらしいのです。
そんなこと、一言もおっしゃられてなかったですし。
あっ、魔法が完成したのでレオブラッド辺境伯に適当にうちに来る用事を作っていただいて、先生を連れてきていただいたのです。
最初に披露するのは、先生と私が決めてましたから。
「ちなみに400年前に亡くなった、齢1000歳を超える大賢者の方しか使えなかったみたいですが」
それは、人間ではないですね。
「いえ、普通の人でしたよ。そして、時空魔法を極めたからこその長寿ですよ。完全なる時空停止魔法を完成させたのち、自身に掛けた魔法を解除し一気に朽ちて最後には灰となって散っていった伝説の魔導士です」
怪しいですわね。
というか、1000年生きたら普通の人ではないですし。
きっとそういう風に見せかけて、どこかに雲隠れしてそうですね。
案外、目の前のグラニフ先生が。
「違いますよ。私はまだ40の中頃に差し掛かったばかりです」
肌もすべすべできめ細かいですし、年齢よりは若く見えますが。
30代前半どころか、20代後半でも通用しそうです。
辺境伯に対峙したときは逆に50代から60代の、経験に裏打ちされた確かな自信と威厳を携えた執事に見えますし。
時空魔法の賜物ですし、そういう感じなので少し疑っております。
「確かに主と一緒にいるときは、周囲に侮られないように多少はいじってますが、こっちが本来の見た目ですので」
まあ、幻影魔法で大人のフリをして好き勝手やってる私には、何も言えませんけどね。
とにかく、これで初心者パックの不足品、時間停止型の収納をゲットしたのです!
ちなみに収納場所は断崖絶壁にある洞穴で、知り合いのドラゴンが入り口を守ってくれております。
ええ、本物のドラゴンです。
魔物ではなく、伝説のドラゴン。
その差は知性の差でしょうか?
出会った瞬間に死を覚悟しましたが、普通に軽くいなされました。
まあ彼との出会いはまた別の機会に語るとして、とても素敵な友人となりましたとだけ。