第25話:補習
さて、長期休暇初日。
早速、学園に向かう。
お兄さまとクリントには訝し気にされたけど、補習を受けようと思いますのと言って高笑いして屋敷を出た。
ハルナが慌ててついてきていたし、ロンも心配そうだったけど。
「お嬢様は、優秀な成績を修められたと聞いたのですが」
「ああ……そのはずなんだけどね。勉強のため……ってわけじゃなさそうだね」
後ろからロンとお兄さまの会話が聞こえてきた。
勉強のためじゃないというより、勉強だけのためじゃないと言ってほしい。
一応、勉強も目的の一つだし。
「おはよう!」
大きな声で挨拶をしながら、1年生の補習教室に乗り込む。
うーん……半分以上の生徒が困惑している。
私と同じクラスの子は、普通に挨拶を返してくれる子がいるけど。
身分至上主義派の子たちも、目礼は返してくれた。
ふふん……この子たちは、普段あれだけ身分を笠に着ておいて補習を受けざるを得ないのか。
顔は覚えたよ。
あっ、気まずそうに視線を反らされてしまった。
「エルザ様!」
「カーラ! それにフローラも!」
カーラとフローラはすでに登校していて、並んで座っていた。
そしてソフィはと……いたいた。
ソフィは理科と歴史で補習って言ってたね。
流石に宿のお手伝いをしてるだけあって、言語系と算数は通過したらしい。
素材は悪くないってことかな?
歴史は貴族じゃないと知りえないことも多いし。
詰め込み授業じゃあ、難しいか。
理科も一般の子には少しハードルが高かったようだ。
魔石や魔力による現象が、あまり身近に存在しないもんね。
「2人はそっちなんだね。じゃあ、私はあっちの空いてるところに座ろう」
2人とひとしきり挨拶を交わしたあとで、ソフィの横にちゃっかりと陣取る。
やっぱり皆、平民の横は嫌なのかな?
「おはよう」
「おはようございます。エルザ様」
私がソフィに挨拶をすると、ソフィもはにかみながら返してくれた。
周囲がざわついたけど。
「エルザ様は、あの子のことをご存知ないのかしら?」
「平民の横に座るだけじゃなくて、声までお掛けになるなんて」
自分たちだって補習を受ける身分のくせに、よくもまあいけしゃあしゃあと。
気にしたら負けだ。
無視だ、無視。
「へえ、凄いノートだね」
「はい……家の手伝いもあるので、できれば一週間で補習を終えたいので頑張りました」
「なるほど! 分からないことがあったら、聞いてね。なんでも、答えてあげる」
横目で見た彼女のノートは、黒いインクでびっしりと書き詰められていた。
見づらくないのかな?
隙間なく授業で習うことで埋め尽くされたノートを見て、思わず顔を顰めてしまった。
「汚い……ですよね。でもノートも、ただじゃないので」
「そっか、そうだよね。だったら、今度ノートをいっぱい用意してあげるよ」
「いや、それは流石に申し訳ないです」
「良いって良いって、私が携わってるお店から献上されるノートもあるし。私が自分で稼いだお金だから、気にしなくていいよ」
よく分からないって顔も、可愛いなぁもう。
お姉さんが、なんでも買ってあげるよ。
これでも私が持ってるお店の利益以外にも、魔物の素材の売買で稼いだお金もあるし。
この間のポイズンボアフィーバーのお金に至っては、手付かずの状態でギルドに預けてあるしね。
「エルザ様ともあろうお方でも、補習を受けられるのですね」
「誰?」
ソフィにちょっかいを出していたら、また巻き髪の女の子が声を掛けてきた。
茶巻き髪も多いなぁ。
このクラスだけでも、3人もいるし。
身分至上主義派かな?
「うん、なんか楽しそうだったから」
「えっ?」
「あれ? 学園長の話を聞いてなかった? 私は、別に補習を受けさせられてるわけじゃなくて、友達もいるから受けに来ただけだよ」
「友達……ですか?」
そう言って、ソフィの方をチラリと見た彼女は扇子で口元隠す。
お嬢様っぽい。
お嬢様か。
「ソフィとはこの前知り合ったばかりだけど、もう友達ってことでいいよね?」
一応、以前から付き合いがあったことは隠しておいた方が良いかな?
ソフィも学園でずっと私のことを、知らんぷりしてたわけだし。
隠す必要もないけど、以前からの知り合いなのに余所余所しい態度を取ってたってなったら、上げ足を取る輩もいそうだしね。
「そう……なのですか?」
「うん、ところで貴女は?」
「わ……私は、ビルウッド伯爵家の長女でオルガと申します」
「へえ、強そうな名前だね」
「つ……強そう? 自分では、荘厳なイメージだと思ったのですが」
なるほど。
そうとも感じ取れるね。
しかし、何の用だ?
「で、何か私に用でも?」
「えっと……同じ補習を受けることになったので、これを機に親交を深められたらと思ったのですが……どうやら、エルザ様は私たちとは事情が違うみたいですね」
なるほど。
私も補習を受ける側の子だと思って、親近感を抱いたのかな?
それとも、頭が良くないなら取り込みやすいと思ったのかな?
しかし、身分至上主義派かな?
違うのかな?
ソフィのことも、あまり気にしたようでもないし。
「オルガは派閥には入ってるの?」
「えぇ……まあ。親が、身分至上主義派閥なので」
ド直球に聞いたら、答えにくそうに答えてくれた。
表情にそこはかとなく、哀愁が感じられる。
「好きじゃないの?」
「私は……正直、あまりよく分かってないのです。親が偉い人というのは漠然と理解しているのですが、何をしたかは理解してません。ご先祖様が偉業を成して家を興し、その子孫の方が大きくしたのは分かります。でも……祖父も、父もこれといった功績をあげたわけではないですから」
身も蓋もない。
いや、親が身分至上主義派だからって、子供までその思想に染まるわけじゃないのか。
「それに娘の私だって、習熟度テストを落第するような子ですよ? 血に価値はあれど、そこまでの意味は無いってことですよね」
「へえ、オルガは賢いんだね。それが、分かれば十分だよ」
「ありがとう……ございます? 褒められているのでしょうか?」
「うん、褒めてるよ。それじゃあ、ソフィとも仲良くできる?」
私の言葉に、オルガが首を傾げる。
「それは、難しいのでは? いえ、流石に貴族と平民では、その生活様式も違いますし。平民の彼女に、私と同じように過ごすのは経済的に難しいですよね? 逆に、私も彼女と同じように過ごすのは言い方は悪いですが、不便に感じると思いますよ」
なるほど。
不敬とかっていうわけじゃなくて、お互いの生活レベルの違いからってことかな?
「お互いに歩み寄れたらいいのですが、現状の彼女では今の生活が精いっぱいでさらに上を望むのは厳しいかと。私が引き立てても、それは私の家の力によるもので彼女も引け目を感じて対等の付き合いは難しいのでは? 見たところ、そういったものを甘受できるほど神経が太いわけでもなさそうですし。むしろ、細そうですし」
おおう……目下、私が彼女に経済支援をしようとしてたのに。
それをしたら、対等の友にはなりえないと否定された気分だ。
「持つ者は、持たざる者に与えるべしとも言うでしょう。私にはお金があって、ソフィには愛嬌がある。私がお金を出して、彼女が癒しを与えてくれるから私たちは対等よね? ソフィ?」
「いえ、申し訳なさで心苦しい気持ちでいっぱいです」
私たちのやり取りに、オルガが少し呆れた表情を浮かべていた。
主に、私に対して。
ソフィには悪感情は抱いていなさそうだ。
それから、先生が入ってきたので慌てて席に着く。
オルガもなし崩し的に、ソフィを挟んで私の反対隣に座っていた。
途中で彼女が落としたペンをソフィが拾って、お礼を言っていた。
うーん……素直。
***
「オルガ嬢とお知り合いになったのですか?」
「うん、友達と言っても遜色ないかな?」
帰りにハルナに、オルガのことを話したら驚いていた。
「オルガ嬢とは、ビルウッド伯爵家の?」
「そうね。知り合い?」
「いえ……」
どうやら、ハルナはオルガのことも知っていたらしい。
この子の情報源はいったいどこなのだろうか?
私が知り合う子、知り合う子、大体の子を知っていた。
ソフィアのことまで知っていたくらいだ。
何か、闇社会に繋がりでもあるのだろうか?
「ビルウッド伯爵家と言えば、運河を管理する一族で川を使った材木の輸送販売で莫大な財を成している、国内有数の富豪ですよね……そして成り上がりでありながら、身分至上主義派閥の三大巨頭の一人」
へえ、物凄くよく知ってる。
別に、私に聞かせるために話してるわけじゃないんだろうけど。
独り言タイムに突入しちゃったか。
とりあえず耳は傾けつつ、こうなったら話し相手にならないので来週からの予定を考えるかな?
ソフィもカーラもフローラも、一週間で補習を終えたと想定して。
勿論終えてない子がいたら、もう一週間は付き合うのもやぶさかじゃないけど。
「オルガ嬢はビルウッド伯爵の愛娘でありながら、身分至上主義派閥の在り方に疑問を感じソフィアに絆されて彼女の味方に付く存在。そして、ソフィアに対して影ながら経済支援するあしながおじさん的なポジション」
あしながおじさん?
いま、あしながおじさんって言ったか?
この世界にもあしながおじさんの話があるのか?
「エルザ様の行った数々の嫌がらせに対して、ことごとく失敗させた人物……靴を汚せば、新しい靴をそっと用意し、ドレスを破られたらそれとなくドレスを送り。しかも、どれも偶然手に入ったかのように見せるために、人を雇って裏工作までして……最後は、エルザ様の数々の悪事を殿下に報告した危険人物」
ちょっと待って、私別にソフィに嫌がらせなんかしてないんだけど?
そもそも、ソフィってドレスとか持ってたの?
靴どころか制服を汚されて、私が貸した側なんだけど?
それにどう考えても、ハルナの方がオルガよりも色々な意味で危険人物だけど?
「敵味方入り交えて、お嬢様の周りに集まっているわね」
敵?
敵なんていないよ?
私の周りは、皆私の味方だと思うよ?
味方だよね?
いや、味方だよ。
やばい、疑心暗鬼になってきた。
ちょっと、皆に確認しなくちゃ。




