第22話:似た者兄妹
「エルザ」
講堂から出ようとしたら、出入り口で懐かしい声に呼び止められた。
声のした方に視線を向けると、金髪サラサラヘアーの美男子が。
「お兄様!」
そう、私の兄であるクリスがそこに立っていた。
レオハート家の次男にして、私の初代傅役だ。
長兄のギルバートお兄様は、学園からレオブラッド辺境伯領へと向かったため年に数回しか会うことは無い。
だからだろう、妹の私に対する距離感が分からないのか、溺愛しつつも遠慮が感じられる。
その代わり本家に帰ってきた時は、大量のお土産を買って帰ってきてくれる。
なにこれ? というような物も含めて。
幼い女の子の好みが分からないから、気になったものを片っ端から買って帰ってくるのだ。
それはそれで、開ける楽しみがあるけど。
びっくり箱みたいなお土産の数々を開く私の反応を、ギルバートお兄様はいつも優しい目で見守ってくれる。
物語に出てきそうな、理想のお兄様だね。
前世の私の周りに、兄を自慢する妹はいなかったけど。
私は、この2人を胸を張って自慢できる。
クリント?
あー……まあ、自慢できるけど歳が近すぎて。
というか、近すぎるどころの話じゃないけど。
「いつこちらに?」
「一時間ほど前にね。高等科の専門クラスも終業式は合同で受けるからさ」
そっか。
これは嬉しい誤算だ。
そして、色々と計画を練り直さないと。
お友達をたくさん呼んで、お泊り会もなんて思ってたけど。
お兄様との時間も大事だ。
相も変わらず優しげな笑みを携えて、青い瞳を細めてこちらを懐かしむように見つめてくるお兄様に首を傾げる。
「立派だったよ。やり方はどうかと思うけど、正しいことをしたんだ。そこは、胸を張って良い。女の子でもレオハート家に相応しい、高潔な想いを持った子に育ってくれて嬉しいよ」
「お兄様ったら……いつから、見てたのですか?」
どうやら、講堂での舞踏の授業の成果発表会でのやらかしを見られていたらしい。
やはり妹びいきの兄から見ても、私のやり方は褒められたものじゃ無かったか。
「ん? あちらのご令嬢をダンスに誘うところからかな?」
「ほぼ、最初からじゃないですか! だったら、もっと早くに声を掛けてくだされば良かったのに」
「いや、面白そうなことをしてるなってね」
お兄様は、こういうったところがある。
私の突拍子の無い行動をそっと見守って、一人で楽しむのは悪い癖だと思います。
「何事もやってみて経験することが大事さ。成功も、失敗も経験して人は成長するものだからね」
なかなか達観した15歳だ。
私の知る15歳とは、違うね。
「よくここにいるのが、分かりましたね」
「私を誰の兄だと思っているのかな? 気配探知はしっかりと鍛えているし、妹の気配を間違うわけないだろう」
そうですね。
あっちにちょろちょろ、こっちにちょろちょろ。
ちょっと目を離したらすぐにいなくなる妹を持ったら、必須技能にもなりますよね。
それで学園に戻ってから、真っすぐ私の元に来てくれたのだろう。
嬉しいような、恥ずかしいような。
やらかしを見られたという意味で。
「クリス様……もう少し、しっかりと叱ってください」
「なんだい他人行儀な。家に居るときみたいに、兄と呼んでくれていいのだよ」
クリスが私に甘々な態度なので、クリントが苦情を言っている。
取り合う気は無さそうで、ほっとした。
クリントめ、余計なことを言うな!
しかし、こうしてみるとクリントもクリスも血が繋がっているんだなというのがよく分かる。
お揃いの金髪で、顔もどことなくお父様の面影があるし。
お兄様はお母様の血がちょっと濃く入っているのか、中性的な顔立ちだけど。
どちらかというと、クリントの方がお父様には似ているかも。
クリスは美丈夫になりそうだけど、クリントは偉丈夫になりそうだ。
おじいさまのような。
「そうだ! お友達を紹介しますわ! カーラ!」
この機会にカーラを紹介しようとして振り返ったら、結構な生徒が集まってきていた。
といっても、やや遠巻きに見ている感じだけど。
そして、私がカーラを呼んだことで視線が一か所に集中する。
あっ……
カーラは別にこっちに興味が無かったのか、両親と話し込んでいたようだ。
急に周囲の注目を浴びて、カーラとそのご両親の3人が驚いている。
「ごめん、カーラにお兄様を紹介したくて」
とりあえず周囲の視線を無視して、声を掛けながらカーラの元に向かう。
それから彼女のご両親にお断りを入れて、手を引いてつれてくる。
少し表情が引き攣ってる気がするけど、気にしないようにしよう。
「お兄様、こちらが同級生のカーラ嬢ですわ」
「ほう、先ほどエルザと踊っていた娘だね。迷惑じゃなかったかい?」
カーラが照れた様子で自己紹介すると、クリスは少し屈んで彼女と目線を合わせたうえで優しく問いかけている。
「いえ、とても嬉しかったです。父も母も喜んでくれたので、とても助かりました」
「なら良かった。私はエルザの兄のクリスだ。これからも、妹をよろしくお願いするよ」
そう言って兄が微笑みかけながら、カーラの頭を優しく撫でた。
周囲から悲鳴に似た歓声があがる。
そして、当の本人は……顔を真っ赤にして目を回していた。
むぅ……撫でポにニコポに、どこぞの小説の主人公か!
ご都合主義的、恋愛殺法スキルをすでに習得しているとは。
学園で何を学んでいたのか、不安になってきた。
「どうしたんだい、急に怖い目をしてきて。大丈夫、安心して良いよ。エルザの大事なお友達を、取ったりはしないから」
私のジト目に気付いた兄が、今度はこっちに微笑みかけて来て頭を撫でてくれた。
周りからは、キャーという歓声が。
いや、兄が妹の頭を撫でて、なぜ盛り上がる?
普通のことだと思うんだけど?
それから兄と校内を適当に歩いて回る。
長期休暇と合わせて5ヶ月程度、学校から離れていただけの兄でも懐かしさは感じるらしい。
楽しそうに周りを見ては、変わってないなと微笑んでいる。
どちらかというと、冷笑に近い。
「殿下も情けないな……まだ、抑えられていないのか。私が居た頃よりも酷いんじゃないか? 前期しか過ぎていないというのに」
お兄さまがそう言って遠くで一人の男子生徒が、数人の他の生徒に囲まれて小突かれているのを見て溜息を吐いている。
たぶん、身分至上主義派閥だろう。
クリントがお兄さまの方を見て、溜息を吐いている。
それから、私の方を見てまた溜息を吐いた。
似た者兄妹と思われたのかな?
私も、お兄さまと同じような目で、その集団を見ていたからね。
2年生はダリウス殿下がいるお陰か、表立って露骨な行動を取る生徒は居ないとのことだけど。
表立って取らないだけで、裏では普通にいじめに似たようなことはある。
特権階級が特権階級をいじめるって、どうなんだって思うけど。
集団対個の構図になってることが多いからなぁ。
ちょっと、卑怯だよね。
この際、下級貴族をまとめて派閥を作るのはどうだろうか?
下がまとめてそっぽを向けば、上級貴族といえども困るんじゃないかな?
「君たち、楽しそうなことをしているね」
おっと、ちょっと目を離したすきにお兄様が楽しそうなことを始めた。
昔は兄が目を離した隙に、私が何かやらかしていたけど。
いつの間にやら、立場が逆になっていたようだ。
「ああ? なんだ、お前は? お前には、関係ないだろう」
「ばか、高等科の先輩だぞ」
率先して気弱そうな生徒を小突いていた、クルクルパーマの男の子が兄を睨みつけて文句を言おうとしていたけど、一緒にいた子に止められている。
しかし、私が敬愛する兄にこの態度。
許せないね。
「先輩には関係ないでしょう。どこの家門の方が知りませんが「馬鹿! レオハート公爵家のクリス様だ! 早く、謝れって」」
「……えっ?」
言葉遣いを変えつつも兄を追い払おうとした生徒を、先ほどとは別の生徒が慌てて諫めている。
そして少しの沈黙の後、間抜けな声をあげていた。
「私もいるよー」
「げっ!」
げってなんだよ。
げって。
そこまで露骨に反応することないじゃん。
何やらちょっかいを出していた4人が、ひそひそと相談し始めた。
無視された形のお兄さまの眉間に、皺が寄っている。
だいぶ、イラついているのが分かる。
それから率先してちょっかい出していた子が、明らかに作り笑いと分かる笑みをこちらに向けてきた。
「大丈夫です。もう解決しましたので」
それから、そんなことを言いだした。
いや、何が解決したんだ?
そこを突っ込んで聞いているのに。
強引で分かりやすい胡麻化し方だ。
揉め事の現場を抑えられて面倒くさくなりそうな時に、その場から逃げるための常套句だね。
彼はそれからすぐに、被害生徒の方に向き直ると顎をしゃくって早く行けと促すような仕草をする。
「クリス先輩の顔を立てて、今日のところは勘弁してやる。次からは気を付けるんだな」
取り合ず率先して小突いていた生徒が被害生徒にそんなことを言いだしたから、慌てて双方を引き留める。
そんな有耶無耶にして、このまま済まされると思ってるなら甘いとしか言いようがない。
お兄さまはともかく、私ははっきりとさせたくてウズウズし始めたからね。
「ええ? 貴方が勘弁しても、私は勘弁しないよ?」
私が笑顔で詰めると、面倒くさそうに顔を背けられた。
「いや、別に……レオハートの方たちには関係ないでしょう?」
むう、お兄さまに対する対応と私に対する態度が違いすぎる。
やはり、色々と分からせる必要がありそうだ。
私がさらに突っ込もうと前に出たら、兄がそれを押しのけて後ろに庇うようにしながらさらに前に出てきた。
むぅ……
「ふーん……そこの生徒が気に入らないから、突っかかってからかってたんだろう?」
「そ……そう言うわけでは」
身も蓋もない。
そんな問い詰めで、正直に答えるわけないと思うよ。
「じゃあ、どういう訳だったのかな?」
「申し訳ありません」
「いや、謝罪の言葉じゃなくて、事の顛末を聞きたいんだけど?」
正直に言えないようなことなんだろうね。
どうせ、しょうもない理由だろう。
こっちの被害を受けてた男の子も、聞いても答えてくれないよね?
教えてくれないかな?
「気に入らないね。どんな理由があったとしても、集団で一人を取り囲むっていうのは穏やかじゃない状況だと取られても仕方ないよね?」
「はい……」
「で、何があったのかな?」
兄は、逃がす気が無いらしい。
話を終えそうな雰囲気を一瞬出したから、相手もホッとした感じで返事をしたのに。
間髪入れずに追及の言葉を放っていた。
なかなかに、意地が悪い。
代表して問い詰められている子は、目線を反らしてひたすら時が過ぎるのを待ってるような状況だし。
「その……そいつが、僕たちの前を歩いていたので」
「それで、なんであんな状況になるのかな?」
「大した家でもないくせに、道も譲らないのが許せなくて……」
馬鹿だ。
馬鹿だ、馬鹿だと思ってたけど。
この状況で、馬鹿正直に理由を話すなんて。
いや、お兄さまが逃がすつもりは無さそうだったから、観念したという感じだろうか。
「へえ……じゃあ、君のそのくだらないプライドのせいで、私の妹弟との楽しい時間を取らせたわけだ。許せないね」
「えっ? いや、それは先輩が勝手に……」
「君たちがやってるのは、そういうことだろう……呆れて、何も言えないよ」
その後10分程度、滾々と上位貴族の振る舞いを説教されていた。
解放される頃には、4人ともぐったりしていた。
何故か被害にあった生徒もぐったりしていた。
「どうしたの? 君まで、疲れた顔して」
私が声を掛けると、男の子が大きく溜息を吐いていた。
「いえ、私も使用人や領民には優しくあるべきだと、横で話を聞いて勝手に反省することになっただけです」
「偉いねー。そういえば、そういうこともあるのか。でも、こういった教訓を得られるなら、身分至上主義派閥も存在自体は悪い事ばかりじゃないのかな? 反面教師って意味で」
男の子の話を聞いて、なるほどと思った。
今は被害者の子でも、領地に戻ったら下の者に横柄な態度の子もいるかもしれない。
そういった子たちが自省の念に駆られることがあるなら、良い経験ともいえる。
反動で、余計に八つ当たりをしそうな場合もありそうだけど。
うんうん……もう少し、個人個人を見ないとね。
必ずしも被害者が可哀そうな被害者とは限らないわけだ。
勿論、身分至上主義派閥がやってることは、許せることじゃないけどね。
横で、不機嫌になってしまったお兄さまを見上げる。
「まったく……私たちが居た頃は、もう少し大人しかったのだけれどね」
どうやら、お兄様も身分至上主義派閥には思うところがあるらしい。
「無い方が、珍しいんじゃないかな?」
そんなことを言っていたけど。
気を付けないと、下位貴族の中でも身分差はある。
いじめられた下位貴族が、さらに下の者に当たるようになる不安が出てきた。
早急に、下位貴族をまとめる必要があるかな?
とりあえず、身分至上主義派閥じゃない子たちの橋渡しをしつつ、下に対する上位者の正しいあり方を示すようにしないと。
「腕力一辺倒のお嬢じゃ、難しいと思うよ? 殿下に任せたら?」
クリント、うるさい。
「へえ、エルザも頑張ってるんだね」
お兄様は褒めてくれた。
わーい。
大好きです。
「やり方はともかく、良い事だよ」
またそれ言いますか。




