第3話:エルザの家族
「お嬢様、朝ですよ」
今日も、ハルナが起こしてくれました。
しかし、いつもよりも30分早いですね。
時計を見ると、6時半でした。
「今日は、皆様がお集まりになる日ですから」
忘れてました。
今日は半年に1度、親族で食事を一緒にする日でした。
といっても、領内に住む近しい親族だけです。
流石に領地の端、遠いところにお住いの方々は昨日から領都であるレオハートの町に入っております。
近しい方は屋敷の客室に、お泊り頂いておりました。
久しぶりに従姉に会えて、楽しく過ごさせていただきましたわ。
他領に嫁がれたりした方や、婿に入られた方。
仕官された方の家族は来られません。
本当に、身内だけの集まりです。
それでも40人くらい集まります。
集まりますが、メインはおばあさまの血を引く子や孫たちです。
おじいさまの第二夫人や第三夫人の家族の方は、分家のような扱いですね。
その子供や孫たちは、外に出ている者が多いですし。
領内にいる方には、分家筋の方にも流石に声を掛けております。
生意気なことに、父にも第二夫人がおりました。
第三夫人は流石にいませんが、当主にもなっていない身で妾をもつなんて。
「パパは、一応父上の持つ伯爵位を継いでいるよ?」
クズが何かのたまっておりますが、この世界では当たり前のことなので何も言いません。
「レジーナも良い娘じゃないか」
私の視線に、父がたじろんでおります。
レジーナおば様は、確かに慎ましい方です。
野心もなく、第二夫人としてお母様を必死に支えておりますが。
お母様としても、気心の知れた相手ではありますし。
ですが……お母様が連れてこられた侍女が、いくら子爵令嬢だからといってそこに手を出しますか?
初めてレジーナ様を紹介されたとき、思わず父を突き飛ばしてしまいました。
公爵家嫡男にして、伯爵家の爵位をもつ女好きが身分を笠に着て無理矢理。
レジーナ様にそっと寄り添って、父を睨みつけます。
「父上が手を出さなければ、きっと良いお家に正妻として迎え入れられたと思いますわ!」
「あらあら」
私の言葉にレジーナ様が目を丸くしたあと、おっとりとした笑みをこちらに向けてこられました。
それから、優しく頭を撫でてくれました。
「心配してくださるのね」
お母様も、横で微笑ましいものを見るような視線を送ってきます。
そしてチラリと冷たい視線を、お父様に向けておりました
「それは10年前に、私が言ったわ」
どうやら、お母様も私のように彼女をかばったようです。
私とお母様に睨まれたお父様が、小さくなりながらも何か言い訳をしております。
「それは、もう聞いたわ」
お母様に前に使った言い訳を、使い回しているようです。
まったく。
「私もこうやってお嬢様の側にずっと仕えられるのですから、とっても良い事なのですよ。他所に嫁いだら、お嬢様と離れなくてはいけませんでしたから」
そう言って、嬉しそうにお母様の方を見つめるレジーナ様を見て、何がなんでも彼女を守らなければという気持ちになりました。
「お父様? 熱いのと、冷たいの……どちらがお好きかしら? お好きでない方を、ぶつけさせていただきます」
右手に火球、左手に氷の礫を数個浮かび上がらせて、父ににじり寄っていったらお父様が頬を引き攣らせて後退ります。
開いた距離の分だけ詰めると、流石に観念したのか首を横に振って魔法の盾を作り出していました。
そして言い訳を重ねようとさらに口を開きかけたところで、盾に氷の礫を集めて作った槍をぶつけます。
盾を貫通してお父様の鼻先で止まるように手加減して。
「お母様も、レジーナ様も大事にしないと……不幸な事故が起こるかも知れませんわね? 子供の魔法の練習中の失敗による事故は……そう珍しくないですから」
私が3歳の時の、懐かしい思い出です。
まだレベルが二桁の中頃だった話だったと思います。
なぜ父上に爵位を……
祖父はいくつか爵位をもっており、それを身内に分配しております。
地方の男爵位や準男爵位を自分の子や孫に与えて、統治させております。
そういった爵位の任命権を持っているので、継がせたあとで取り上げることもできます。
父が継いだ伯爵位は、レオハート本家のものです。
ですのでレオハート伯爵となります。
そしてこのレオハート伯爵というのは、正式なレオハート公爵家の後継者を意味するらしいです。
ややこしくて頭がこんがらがりそうですが、そこまで難しい話でもないんですけどね。
貴族の家族でも爵位を持たなければ、あくまで貴族の家族。
爵位を持つ方が優先されます。
とはいえ、上位貴族の家族を侮るような馬鹿は、そうそう社交界にはいません。
それではやりにくい中途半端な立場の方のために、公爵家、侯爵家、一部の伯爵家には身内に与える用の爵位が用意されているのです。
勿論、形式上だけでも陛下にお伺いは立てないといけませんが。
前当主が引退しないために、中年になっても無爵の公爵家嫡男に下手に出られたら……下級貴族の方はいくら当主とはいえキツいですよねー……
当然、王族の家族にも適用されます。
まあ、その最たるものが公爵位ですが。
他の爵位の家名は、地名にちなんだものです。
レオハートの家名を扱っている時点で、そういうことなのです。
「レオブラッドおじさま!」
おじいさまが乾杯の音頭をとったあとで、ホール内を歩いていたらお目当ての人物を発見。
マリアとハルナの後見人で、彼女たちをこの家に送り込んでくれた方です。
おじいさまの遠縁にあたる方らしく、遠方の領地でありながら彼女たちの様子を見るためにわざわざ来てくださったようですね。
オランド子爵の寄親でもあり、マリアが幼いころからの馴染みとのことですし。
「おお、お嬢様も相変わらずお元気そうで、おじいも安心いたしましたぞ」
柔らかな笑みを浮かべて、頭を優しくなでてくれます。
レオブラッド辺境伯の治める領地は、西の端で隣国でもあるトナリアーウ帝国との国境の領地です。
そして、西側はすぐにトナリアーウ帝国領ですが、南側に進むと半島があり海に面した土地でもあるのです。
レオブラッド辺境伯領は、北と南に長く伸びた領地なのです。
そして、この海の幸が素晴らしいのです。
取れたての魚介類を、いつも送ってくださるのです。
遠く離れた王都寄りのこの地まで。
時間停止の魔法を掛けてまで。
そして、その時間停止の魔法が使える方こそ、いまレオブラッド辺境伯の横に立つ執事のグラニフさんなのです!
私の、時空魔法の先生でもあります。
「いつも、美味しいお魚をありがとうございます。本日頂いたお魚のお料理も、あちらに並んでるんですよ!」
「おやおや、これはこれは。エルザお嬢様の考える料理は、どれも奇抜でありながら美味ですからのう。わしも、話を聞いただけで、腹が騒がしくなってしまいますわい」
そういって、お腹の音を聞かせてくれます。
少しおちゃめでチャーミングなおじいさまですが、腹筋はバキバキです。
髪の毛はだいぶ白髪交じりですが、立派な黒い髭を蓄えております。
体つきは筋骨隆々で、いかにもおじいさまの血縁者といった方です。
まあ、辺境の地を治めるということは、そういうことなのでしょう。
腕に覚えありどころか、国内にその名を馳せらせてる方ですし。
「今回は白身のお魚がありましたので、天婦羅にしてみました」
「テンプラですか?」
「はい、魚に衣をつけて揚げたものですよ!」
公爵家令嬢ですからね。
食べたいものは料理人に作らせたらいいを、地でいくことが出来る立場ですから。
「魚に服を着せるのですか?」
「いやだわおじさまったら。フライをご存知でしょう」
「はっはっは、なるほど。あれに似たようなものですか」
「フライよりは、少し上品な仕上がりですよ」
そういって、揚げ物談義をしながらテーブルに。
まあ、当主たるもの自分で取るようなことはしませんね。
グラニフがうちの使用人に頼んで、適当に見繕ってもらったレオブラッド辺境伯用の料理の乗ったお皿を受け取ってます。
なるほど、お肉が多めですね。
普段から身体をよく動かす方なので、味付けも濃いめのこってりしたものが多いですね。
塩分が気になりますが、運動で十分に汗をかかれる方ですし。
問題はないのでしょう。
「この機会に先生に時間停止の魔法のコツを教わるための、スケジュールの相談させていただきたいのですが」
「ふむ」
「今回は、どのくらいの期間この町にいらっしゃるのですか?」
「あー……3日の予定ですが、あれならグラニフだけ5日くらいおいておいてもいいですぞ?」
「ゴホン」
レオブラッド辺境伯にグラニフさんを借りられないか確認したら、あっさりと許可が下りそうな雰囲気ですね。
ただ、置いて帰るという意見には少し思うところがあるのか、グラニフさんが目を細めてレオブラッド辺境伯を睨んでいます。
従者が取って良い態度ではありませんが。
「で、その空いた2日の間に、勝手にどこかに寄り道されるつもりでしょうか? 例えば、ロスベガースの町とか?」
ああ、レオブラッド辺境伯も、自由時間が欲しいのですね。
グラニフさんがいらっしゃると、逆に綿密なスケジュールを組まれると愚痴をこぼされていましたし。
分刻みで、色々な面会予約を取ってくるとか。
加えて、空いた時間にやる仕事まで用意してくると。
時間が押しそうになると、時空魔法で思考加速と敏捷強化の魔法を使われると言われてましたね。
あれは仕事が捗る代わりに、脳が擦り切れるほど疲れるとの話でした。
私は、興味あります。
ただ身体を動かす方が好きなので、頭脳労働はほどほどにしたいのですが。
領内の事業のいくつかは、私がおねだりしたものなので……
栓も無いことを言ってしまいました。
とりあえず、グラニフさんの時間をゲットできそうなのでよしとしましょう。
そして、ここからはお子様との交流タイムです。
お兄様方は従姉妹にお譲りして、小さなお子様と仲良く……
「おい、お嬢! 勝負しろ」
出たな、くそおガキ様。
この口の悪い子供は、レジーナおばさまの二人目のお子様。
クリント・レオハートです。
私の異母弟でもあります。
そして、くしくも同じ日に精を……生を受けた相手です。
ふふ……妻二人が同時に妊娠して、さぞお父様も嬉しかったでしょう。
夜が辛いなんてふざけた理由で、三人目を作らなかったことだけは少し認めます。
しかし……
「いやですよ……」
「なんでだ! 俺とお前のどっちが兄か姉かはっきりさせるぞ!」
「はいはい、お兄様。これで、満足ですか? それでは、私はあちらで他の子たちのお相手があるので」
そんな小さなことにこだわっている間は、上に立てないと思うのですが。
適当にいなして……悔しそうな表情で、私の後ろをしっかりとついてくる姿は可愛いのですけどね。
あと、彼がこだわっているのは、私を守る存在になりたいという理由もあるそうです。
レジーナおばさまから聞いたのですが、愛い奴ですね。
現状、私を守れるのは私自身かおじいさまくらいですが。
「お嬢様!」
「ふふ、みんないっぱい食べましたか? 食事を済ませた子は、こちらにいらしてね。私が、本を読みますから」
子供達を集めての読み聞かせ。
今日は短めの騎士物語と、恋愛物語を用意してます。
宴はあと3時間は続くでしょうし、1時間もあれば読み終わるものにしました。
きっと、物語が終わるころには、眠たくなる子もいるでしょうし。
使用人の方も数人、待機させておきましょう。
部屋に運ばせるのに、宴に参加している彼らの保護者の方の手を煩わせるのも悪いですしね。
「そして、彼は自身の命と引き換えに……」
物語の途中でしたが、数人の子が船を漕ぎ始めたのでセバスに頼んで手分けして、連れて行ってもらいました。
読む前にお手洗いはいかせてありますので、大丈夫だとは思いますが。
一応、形だけでも確認を。
大人たちが変な顔で私を見ながら、子供達を連れて行ってます。
私のことは良いのですよ。
可愛い天使ちゃんたちに囲まれて気分が良いので、その視線は見なかったことにしてあげますから。