第21話:公爵令嬢の嗜み
「よ……よろこんで?」
少し気まずい間が空いてしまったけどダンスの誘いに、カーラが少し困惑した様子で手を取ってくれた。
うん、周囲の視線も若干、気になるところではある。
でも、気にしたら負けだ。
ここまで来たら、なるようになるはず。
ええい、ままよ!
周囲もざわついているし、ひそひそと話をする声が出てきた。
「きゃー! あなた、うちの娘がエルザ様と踊るみたいですよ!」
「ほう! これは素晴らしい! 壁で一人でいたから何事かと気を揉んだが、エルザ様を待っておられたのだな!」
あっ、ちょっと離れた場所から大きな声が聞こえてきた。
カーラが顔を真っ赤にして、俯いている。
「カーラのご両親かしら?」
「お恥ずかしいです」
「あら、子供想いのいい親御さんみたいじゃないですか。しっかりと、この3ヶ月の授業の成果をお見せしないとね」
それから彼女をリードしながら、舞台の方へと足取り軽やかに進んでいく。
カーラの動きが少し固いし、ぎこちない。
女性同士だしいいよね?
「きゃぁっ!」
「ふふ、緊張し過ぎよ。別に、幼稚園のお遊戯会みたいなものじゃない」
お尻をぎゅっと一度揉んだら、悲鳴を上げてこっちを驚いた様子で見上げてきた。
可愛い顔しちゃって、もう。
力が良い感じに抜けたのが分かったので、再度引き寄せて腰に手を回して身体を半身にずらす。
それから、彼女の身体が反るように誘導する。
「えっっと……」
「良いから、合わせて」
何か言いたそうな彼女の唇に人差し指を当てて、静かにさせると引き起こしてクルリと回す。
そのまま、反対側で同じ動作を。
「なんで、女同士で踊ってるんだ?」
「良いの、あれ?」
「あんな娘、授業にいたかしら」
周囲の生徒たちも、こっちに気付いて何やらコソコソと話している。
もっと集中して踊らないと、良い場所もらっちゃうわよ。
そのまま、カーラも早足になるように息もつかさないコンビネーションで、場所を大きく移動する。
舞台の中央から、外周からとあっちこっちに移動が忙しい。
中央を陣取るのは自信の表現だけれども、周囲から見やすいのは外周よりだ。
おっと、舞踏の講義の先生かな?
プルプルと震えながら、顔を真っ赤にして私を見ているけど。
私には王子様がいるから、惚れちゃだめだよ。
それからもそつなく、そして時に大胆にカーラをリードしながら音楽に合わせて踊る。
「な……慣れてらっしゃいますね」
「ふふ、踊りの上達には男性側、女性側、両方を知るのも有意義ですよ。相手が何を望むかが自然と見えてきますから」
嘘だ。
これは、ただの体裁。
ちょっとカッコイイ女性に憧れて、男性パートをやりたがった時期があっただけ。
冒険者してる時に、若い女性冒険者達にキャーキャー言われて、こじらせてただけだね。
あれ? 意外と私って女性受けもいいかも……これは獅子組ソロ公演いけちゃうんじゃないと。
調子に乗っていた、黒歴史だね。
「なんだろう……女性同士でおかしいはずなのに、凄く綺麗」
「あのお相手の方……腕前も凄いですけど、しっかりとカーラを引き立ててますね」
「むしろ、こっちの方が良いまである」
いや、あれ?
また、聞き覚えのある普通あまり使わないような言い回しの表現が。
声の主を探したけど、見つからない。
異世界翻訳の不具合というか、バージョンアップかな?
「あれは、レオハート嬢ですよ」
「まあ、公爵様の」
「道理で……スタイルも素晴らしいですね。長い手足を上手に使った、しなやかに見えて力強い伸ばすような動作。時折見せる、目を細めての視線の動き」
「流し目……ヤバい……」
ふふ、周囲の声が好意的なものに変わってきた。
やはり実力を見せれば、正統に評価されるらしい。
隙を見せなければいい。
「何を馬鹿なことを。女同士で踊るなどみっともない」
「いや、凄いですよ本当に。上級生を抑えて、舞台の主役に躍り出てるじゃないですか」
「子爵には分からないみたいだな。どうせ見るなら、美しい方がいいではないか」
よーしよし、手ごたえは抜群だ。
あっ……
「カーラ、しっかりして! 目が変になってるよ。笑って! 笑って!」
「はっ! すみません」
ふと視線を落とすと、カーラが目をトロンとさせてずっと私を見つめていた。
確かに驚かせすぎたかもしれない。
「いいなぁ……」
「おい!」
おっと、周囲の生徒たちも少し様子が変わってきている。
主に女性陣が、私と踊るカーラを羨ましそうに見ていた。
ふむ……ここは、イケてる女性冒険者エリーズの登場かな?
自称だけど。
うん、イケてるの部分も、名前が偽名という部分も含めて。
「そろそろ音楽が終わるから、決めるよ」
「えっ?」
そして、音の鳴り終わりに合わせて彼女の腰に当てた手をずらして腕で腰を抱え込む。
そのまま勢いをつけてターンをすると、彼女の足が地面から自然と離れていった。
よし、もう一回転。
「きゃっ」
そのまま膝裏に手を差し込んでお姫様抱っこの形で、フィニッシュ。
びっくりしたカーラが、私の首の後ろに手を回してしがみついてくれたから良い形になった。
そして、ゆっくりと彼女を下すと、観客に一礼。
勿論、最後はカーラのご両親が目の前にくるように場所の調整はばっちりだ。
……
……あれ?
反応が。
「素敵でしたよ」
「今年は、優秀な生徒が多かったみたいですね」
少し遅れて、控えめな拍手や歓声が起こり賞賛の声があちらこちらから。
そっか……貴族ばかりだから、そんなに大はしゃぎすることは無いか。
目の前で、カーラのお母さんがハンカチを目に当てていた。
「カーラ……こんなに立派になって」
「父は、感動した」
2人とも大袈裟だなぁ。
横を見ると、カーラも困ったような表情で首を傾げていた。
「レオハート嬢! こちらに来なさい」
それでも子供達を祝うような、良い感じの会場に似つかわしくな金切り声が鳴り響いた。
周囲の視線が声の出どころを探るかのように、移動する。
「はい、なんでしょうか?」
その声を発したのは、壮年の女性。
うん、先生かな?
先生だろうね。
「あなた、舞踏の講義も受けてないのに、こんな勝手な真似をして許されると思っているのですか?」
おおう……叱る気まんまんだ。
こんなに、好意的な評価ばっかりだったのに。
黙ってたら、私が踊って盛り上げた分の評価も先生の評価に加算されてただろうに。
だって、周囲からは私が講義を受けてるかどうかなんて、分からない人の方が多いのに。
手柄より大事な物を、持っている先生なのだろう。
良い先生だ。
少なくとも、考えなしの先生ではあって欲しくないね。
これで、大騒ぎになったら……ブライト先生に怒られそう。
笑える。
そんな私の思いとは裏腹に、先生の言葉に対する周囲のどよめきは小さい。
思ったほどの反応ではない。
もっとこう、ナンダッテー! みたいな感じになると思っていた。
「それが何か問題でも?」
「おおありです! ここはこの3ヶ月の間、一生懸命練習をしてきた子たちの発表の場ですよ。何も努力していないあなたが、勝手にやってきて目立って良い場ではありません」
おお、立派だ。
言ってることは、正しいよ。
素敵な先生だね。
後ろに髪をひっ詰めているから、余計に顔がきつく見えて怖い先生に思えたけど。
生徒思いの良い先生だったんだ。
「だったら、その踊る場に立つことも出来ずに、パートナーもいない壁の方にいる子たちは、どうなんですか?」
「そっ、それは……」
「時間によって、人が入れ替わるような気配もないですし……」
「こ、この後に踊ってもらう予定でしたのよ! 貴女には、関係のないことでしょう」
うるさいなぁ……
もう少し、静かに喋られないのかな?
「な、なんですってー!」
おっと……声に、出てた。
「イリオム夫人……これが、最後の舞踏ですって言っておったよな? 儂の孫がいつ踊るのか聞いた時に」
「出番が無くて、帰った子もいるようだけれど?」
「イリオム先生、本当にこのあとまた、踊る機会があるのかい?」
あれ?
周囲の観覧者から、何やら不満というかざわめきが先生に対して広がっている。
目の前の先生……イリオム先生か、凄い挙動不審な感じなってるけど。
大丈夫かな?
「なんだ、これで終わりじゃないんだ」
「そうですね。このあとは自由時間ですが、楽師の方々は一時間ほどはまだ音楽を続けてくださるので、一部の方だけで残って踊るみたいですよ」
カーラに問いかけたのに、全然違う方から返事が返ってきてちょっとびっくりした。
あー……見たことある顔だ。
殿下と一緒にいたのを。
「一部? いま、踊れなかった子たちが、しっかりと踊る機会を準備してくれてたってことですか? 素晴らしいですね!」
「いえ、言い間違えました。一部の派閥の子たちだけですね」
でしょうね。
……答えに含むところが多すぎて、笑えて来る。
そして先生からは見えないように、指で彼女を指し示して首を振っていた。
なるほど……イリオム先生は、身分至上主義派閥と……
イリオム先生を睨みつける。
「レオハート嬢! そのような視線を教師に向けるなど、どういった教育を受けてきたのですか!」
「私の受けてきた教育ではなく、貴女が行っている教育の方が問題では? 俄然周囲のご父兄の方の興味を引いてそうですし。宜しいので? ご説明して差し上げなくて」
「何を生意気な」
「言葉遣いが荒いですね。作法に厳しい舞踏の先生にしては、珍しい……どのような、教育を受けてこられたのかしら?」
きゃー……顔が、真っ赤になってる。
これ、たぶんあとで親呼び出しかな?
別に良いけどね。
今日なら、おじいさまがここに来てるから。
だから、呼び出しを気にせずに好き放題言ってるんだけど。
「こんな屈辱、産まれて初めてです」
「今まで屈辱を味わったことが無いなんて、それは幸せな人生でしたね。ただ、人に対しては侮辱を多く与えてそうですね」
「ウー……ウー……ああ言えば、こう言う」
「まあ、唸り声まで出して獣みたい。何も言われたくなかったら、その口を閉じてはいかがかしら?」
やばい、周囲から笑い声が沸き起こってる。
先生の真っ赤なお顔に反比例してカーラの顔は真っ青になってるけど、別に今更この講義で失敗してもよくない?
だって、前期でもう習う機会は無いからね。
すぐ、長期休みに入るし。
次は剣術の講義に来れば、全て解決すると思うし。
「お嬢! こらっ! 他所の授業の成果発表会に勝手にお邪魔しておいて、暴れるとかやめてくれ」
あっ……遠くからもざわめきが聞こえきたと思ったら、クリントが人をかき分けて私の腕を掴んでいる。
誰かが報告に行って、呼び出したのか。
「そうですよ! そもそも、貴女はこの授業を受けてすらない部外者なのですよ」
先生が息を吹き返してしまった。
「もう、よさないかみっともない」
「そうですよ! 舞踏との教師ともあろうお方が、品位の欠片もない」
「子供のやったことじゃないですか。それに、上手に踊れていたのですから、舞踏を教える者としてそこを褒めるべきです」
けど、周囲からは非難が出始めている。
「レオハート令嬢もですよ。あまり、勝手な振る舞いをしませぬように」
「おじいさまや、家門に泥を塗ることになりますよ」
「もう少し、思慮ある行動を。と、少しは目上の方を敬ってあげなさい……品位のある相手なら」
おおう……こっちにも、矛先が向いてた。
子供同士のことだけど、褒められた行為じゃないことは分かってるよ。
褒められた動機ではあると、胸を張って言えるけど。
思いと手段が噛み合わないことなんていくらでもあるし、正しいことを全て綺麗ごとでどうこうできるほど貴族社会は甘くないってのは、皆さんもご存じのはず。
だからって、咎めなくて良いってわけでもないか。
「申し訳ありません。私の軽率な行動で、場を白けさせてしまいました」
「ふむ……場は、盛り上がったがのう」
「噂通り、破天荒で腕白なご令嬢のようだ。今更、驚きはせん」
ご年配の貴族の方々が、慰めてくれる。
誰かの祖父かな?
優しそうな年配の男性が、大きく頷いたあとで壁に視線を向けた。
「今度はうちの孫娘とも踊ってもらいたいものだ。うちのも、壁の花だったからのう」
そこに立っていた一人の少女に寂しそうな優しい視線を送った後で、イリオム先生を睨みつけていた。
あそこにいる、可愛い娘のおじいさまですか。
そっか……そうですか……
なんか、深窓のご令嬢というのが似合う大人しそうな、しかも巻き髪じゃない可愛い女の子。
儚げな感じが、凄く良い!
「でしたら是非、誘わせていただきますわ!」
精一杯の笑顔で、応えておいた。
うん、壁際の子たちは身分至上主義派閥じゃないし、まとめてパーティにでも招待するかな?
蛇肉が、大量にうちの氷室にもあるんだよ。
宝物殿にも。
サガラさんが、少しずつ消費はしてくれているけど。




