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第15話:決闘

「へぇ、少しは大人しくなったのね」

「はい、クラス内でも意味もなく揶揄するようなことも減ってます」


 剣術の講義に向かう道すがら、最近の変化をテレサが色々と教えてくれた。

 レイチェルはどことなく冷めた表情で、テレサの話を聞いている。

 表向きはといった感じなのかな?


 テレサはレイチェルとソフィアとも同じクラスだから、情報を仕入れるのに重宝している。

 それに剣術の講義にも真面目に取り組んでいるようだし、色々と好感がもてる。

 ちなみにテレサとフローラと仲良くなったことをハルナに話したら、首を傾げられた。

 

「あの2人は、お嬢様と敵対していたのでは? 殿下の密命を受けてソフィアを護衛する立場だったような」

「敵対? 剣術の講義で出会ってすぐに意気投合したけど?」

「えっ? いえ、今のは独り言ですのよ。オホホホホ」


 ハルナが何やらお嬢様みたいな喋り方になってしまったが、ここはスルーする場面だったか。

 相変わらず、独り言が長くて具体的過ぎて判断が難しいと思った。

 そんなことはさておき、テレサの話を聞いたうえで廊下から外を見る。

 一人の少女が、一生懸命制服の上着を噴水のある池でこすっていた。


 溜息しか出ない。


「どうしたの、ソフィー」

「エ、エルザ様」

「エルザ様?」


 周りには誰もいないし、気安く声を掛けたけど。

 ソフィアだけでなく、一緒にいたテレサが訝し気な表情をしている。

 そして、レイチェルが呆れた表情を浮かべている。

 どこかで見た表情だ……ああ、クリントが私の行動を見ているときの視線にそっくりなのか。


「これはまた、盛大に汚したわね」

「申し訳ありません」

「別に、私に謝る必要はないけど」


 チラリと見えた制服には、茶色い染みがべっとりと付いていた。

 なんで、制服が白いんだろう。

 汚れが目立たないように、黒とか濃紺にすればいいのに。


「無理にこすっても、染みが広がるだけよ。貸して」

「えっ?」


 ソフィアから制服を奪い取ると、とりあえず転移で倉庫に移動する。

 サガラさん曰く宝物殿とのことだけど、日用品も置いてあるし。

 そこからタオルと洗剤を取って倉庫に置いてあるマジックバックに詰め込むと、すぐに戻る。


「消えた?」

「いま、一瞬エルザ様が消えたような」

「気のせいじゃない?」


 2人が目を(しばたた)かせているのを横目に、裏にタオルを当てて洗剤を垂らして叩く。

 叩く、叩く、叩く。

 2人の表情が可愛いかったなあと余韻に浸りながら、ひたすら叩く。

 レイチェルだけが白い目でこっちを見ていたけど、気にせずに叩く。


「だいぶ薄くなったわね」


 それから魔法で熱めのお湯のウォーターボールを作り出してその中でグルグルと回転させる。


「あの……」

「うん、ほとんど目立たなくなりそうだけど、完全に綺麗にしたいからしばらく私の制服を貸してあげるよ」


 そのままウォーターボールごと制服を持って館に転移すると、代わりに制服の予備をもってくる。

 それをソフィアに手渡す。


「いえ、そんな借りるなんて恐れ多いです」

「また、消えた?」

「気にしなくてよろしいですよ。たまにあることですから」


 私の申し出に恐縮しているソフィアの横で、テレサが首を傾げている。

 そして、レイチェルが冷めた口調で流している。

 レイチェルの中で、私の人物像はどうなっているのだろう。


「制服が無いと困るでしょう?」

「……ですが、あの制服は学園から特別に支給していただいたものです。国民の方々の血税で支払われたものですので、あれを着ることに意味があるのです」

「いいから、いいから。綺麗になったらちゃんと持ってきてあげるし……それに、あんなところに染みがつくなんて、誰かにやられたんじゃない?」

「……いえ、私が料理の入ったお皿の中に落としただけです」


 言い訳が苦しすぎるけど、正直には言えないらしい。 

 告げ口したら、報復があるとでも考えているのかな?


 残念だけど、報復するのはこっち側なんだけどね。


「エルザ様が、凄く笑ってます」

「シャルロット様と、クリント様に報告しないと……」


 私の顔を見たテレサの言葉に、レイチェルが深いため息を吐いた。

 それから、何やら聞き捨てならない呟きを。

 やはり一度レイチェルとはじっくり話をする必要がありそうだ。

 色々な意味で。

 うん、夜通し。

 私の部屋かレイチェルの部屋で。

 楽しそう。


「ちゃんと、その制服使ってね。じゃあ、先を急ぐから」

「あっ、エルザ様!」


 とりあえずソフィアに私の制服を押し付けて、レイチェルとテレサをつれてフローラを迎えに行く。

 剣術の講義には4人そろっていくのが、楽しい。

 色々と会話ができるし、友達と青春してる感じが凄くいいよね。


「あの制服……汚されないといいですね」

「? そうですね。せっかくエルザ様が平民の女の子に貸し与えたものですからね」

「そうねぇ、あはは」


 レイチェルがこっちをジッと見つめながら意味深なことを言ってるけど、テレサにはその意図が伝わらなかったようだ。

 そして、これは絶対にレイチェルからシャルルとクリントに報告が行きそうだ。

 いつの間に、この3人が仲良くなったんだろう。


***

「拾いなさい、決闘よ!」

「えっ?」


 そして5日後にそれは起きた。

 どうもソフィアは食堂に居づらいらしく、外で昼食を取っていたみたいだ。

 食堂に昼休みに一番に行って最後までいたけど、ソフィアが見当たらなくて次の日は教室から彼女をつけて歩いて発覚した。

 食堂なら無料で食べられるのに、わざわざ自分で昼食まで用意してた。

 

 なので私も片手で食べられるものを持参して、木陰からそっとソフィアの様子を伺っていたのだ。

 で後をつけはじめて4日目、彼女が外で座って食事を始めたら後ろから男子が3人と女子が2人近づいてきたのが見えた。

 それとなく気配を消して、5人の様子を見る。

 ちなみに、私の近くには相も変わらずよく見かける知らなかった人たちが、2人は交代でいる。

 今日は、ロータス先輩とチャールズ先輩か。

 ロータス先輩は比較的喋るけど、チャールズ先輩は本当に面識がない。

 

 ソフィアの後ろに5人組、その後ろに私、そしてさらに後ろに殿下の側近候補2名という構図だ。

 これなら、私が本気で動けば2人は制止が間に合わないだろう。

 そして、それは起きた。


「おや、こんなところで平民の女が何をしている」

「お食事か? それだけじゃあ足りんだろう」


 少女が一人で学園の庭で食事をしているのを心配して声を掛けたわけじゃないのは分かる。

 嘲笑が含まれた声掛けに、今すぐ飛び出して頭をどつこうかと思ったけどどうにか踏みとどまる。

 ソフィアの庇護者が誰かを明確に分からせるためにも、もう少し名分がいる。


「ちょうど昨日の夕餉の残りがあるから、これも食べるといい」

 

 そう言って、男子の一人が手に持った革袋の中身をソフィアの頭からぶちまけた。

 ……待って?

 嫌がらせのためだけに、わざわざ家からそれを持ってきたのだろうか?

 だとすると、幼稚すぎるうえにどれだけ本気で嫌がらせをしたいのかと、一周回って不思議になった。

 しかも貴重な昼休みに、自分たちの時間を使ってこんな場所に。


「うわぁ、レイモンド様ったら酷いんだ」

「すまんな、手が滑った」


 レイモンドね……誰だろう?

 どこの令息か知らないけど、人としてどうなんだろう?

 誰かの差し金か、もしくは誰かのために自発的に動いているか。

 目的は、ソフィアをこの学園から追い出すためかな?


「まあ、食べられんこともないだろう」

「酷い……制服が……」

「なんだ、文句でもあるのか?」


 また汚れてしまった制服を見て、ソフィアが目に涙を浮かべる。

 それを見た瞬間に、身体が勝手に動いていた。

 後ろから、「あっ」とか「しまった」って声が聞こえたけど、それすらも置き去りにしてレイモンド某を殴り飛ばす。


「……」

「きゃぁっ」

 

 力を込めすぎた。

 レイモンドが錐揉み状態で吹き飛んで、噴水に落ちて行った。

 一緒にいた令嬢が悲鳴をあげている……赤巻き髪じゃん。

 そういえば、赤巻き髪は食堂出禁になってたんだっけ?

 食事を床にぶちまけた件で。

 ロータス先輩がどういう報告をしたのか分からないけど、かなり重い処分があったらしい。

 実家にも報告がいったとか。

 彼女の父親であるギリー伯爵が、学園に召喚される事態にまで発展したとか。

 ざまぁ。


「何をする!」

「何をする? それはこちらのセリフですよ……我が家の家紋に泥を塗るとは……我がレオハート家に対する無礼、見逃せません」


 レイモンドと一緒にいた男子生徒が声を荒げて睨みつけてきたので、睨み返す。

 そして、ポケットから手袋を取り出して投げつける。

 怒鳴りつけてきた生徒にぶつかって地面に落ちた手袋を、顎をしゃくって指し示す。


「拾いなさい。決闘です」

「えっ?」

「いや、えっ?」


 突然の展開に、4人が驚いた表情を浮かべている。


「あなた達、4人ともそこで水浴びしているクズのお仲間でしょう? まとめて、お相手してあげます」


 ……

 反応が何も返ってこない。

 4人とも何が起こったか、分かっていない様子だ。

 いやでも、これで私がまた手袋を拾って一から事情を説明するのは、何か恥ずかしい。

 思ったのと違う展開に、困惑する。

 てっきり逆上した誰かが、手袋を拾ってくれるかと思ったのに。

 最有力候補のレイモンド君は、噴水の中で気絶……顔が水に浸かってるけど大丈夫かな?

 死ぬんじゃないかな?


「はぁ……本当に、無茶苦茶なご令嬢だ」


 あっ、ロータス先輩が手袋を拾ってくれた。

 ということは、この決闘の相手はロータス先輩?


 チャールズ先輩は慌てた様子で、レイモンドを水から引きあげていた。

 もしかして、そこそこの家格の家の子だったりする?

 公爵家ほどではないだろうけど。

 あっ、引き上げると噴水の側に、放り投げてた。

 死にそうだったから、引っ張り上げただけか。


「私の相手は、先輩ということで宜しいでしょうか?」

「宜しくないし、意味が分からないよ」


 ロータス先輩が手袋の汚れを払って、こっちに手渡してくれた。

 うーん……


「ソフィア嬢がいま着ている制服は、私がお貸ししたものです。そして、その制服には我が家の家紋が刺繍されているのですよ」

「はぁ……そういうことですか」


 静かに嗚咽を漏らしているソフィアをちらりと見て、ロータス先輩が溜息を吐いていた。

 しかし、私はそれどころではなかった。

 ソフィアが泣いている。

 さっきは涙を堪えていたのに、堪え切れずに。


「よし……この5人を社会的に殺そう」

「ちょっと、物騒だから」


 思わず漏れ出た私の言葉に、4人がビクゥッと肩を大きく震わせていた。

 そして、ロータス先輩は笑いを堪えきれずに肩を小刻みに震わせていた。

 本当に、腹黒いというか性格が悪いというか。


「エルザ様、申し訳ありません。せっかく、お貸し頂いた制服を汚してしまいました」


 そして、ソフィアが地面に頭を擦り付けて謝り始めた。

 いやいや、ソフィアのせいじゃないし。


「ソフィアは悪くないの知ってるから大丈夫。安心して、そこの4人は消すから」

「安心できないよ。そんなことしたら、エルザ嬢が捕まりますよ」

「? 私を捕らえられるのは……おじいさまくらいしか、心当たりが無いのですが?」


 ロータス先輩が何か言ってるけど、それが何か問題あるのだろうか?

 たとえ牢に入れられたところで、物理でも魔法でも檻も壁も破壊できるし。

 処刑にされたところで、ギロチンも本当に特殊な素材で相当な重量が無いと首を落とせない気がする。

 もちろん魔法を封じられて身体強化が使えなければ、拘束を自力で破って躱すしかないだろうけど。

 首に力を入れたら、ワンチャン普通のギロチンなら刃を弾けないかな?


「とりあえず、落ち着いて話をしよう」


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