第7話:マラソン大会
「レイチェル!」
「エルザ様?」
学校生活2日目。
科目選択のための見学の時間に、剣術の講義が行われている運動場に向かったらなぜかレイチェルが居た。
てっきりお茶か、音楽、もしくは舞踏なんかに行ってると思ったのに。
思わぬところで、会うものだ。
「珍しいところでお会いしましたね。これは、運命を感じちゃいますね」
「いや、感じないでください。エルザ様が運命を感じないといけないお相手は、殿下です」
しれっとレイチェルの横を確保する。
というか、女の子の姿はまばらだから、彼女も友達といるわけではなさそうだ。
「エルザ様が剣を学ぶことは無いと思いますし、殿下を見に来られたのですか?」
「えっ? いや、剣術に興味があって面白そうだから来ただけよ」
そうか……剣術の授業のデモンストレーションは、2年生がやってくれるらしい。
なるほど、周囲の先輩方の視線もどこか温かいものだし。
婚約者の様子を見に来た、健気なご令嬢とでも思われているのかもしれない。
本音をいえば、普通に興味があるから来たんだけどね。
おじいさまと、領内の剣術道場の指南役から手ほどきは受けて来てるし。
冒険者とも手合わせはしてるからね。
ただ、私の知らない流派の子がいないか見に来たわけで、いたらその子に先生をお伺いして一度ご教授願えたらと思って来たんだけれども。
それよりも、レイチェルがここにいることの方が不思議だ。
「レイチェルはどうしてここに? どなたか、意中のお相手でも?」
「いませんよ! 私なんか、誰からも相手にされませんし」
「また、そんなこと言う。レイチェルはすんごく可愛いから、もっと自信もっていいよ」
相変わらず自己評価が低い子だけれども、本当になんでここにいる?
「お姉さまに言われて、仕方なくです。なぜか、お姉さまは私に強さを求めているみたいで」
「変わったお姉さまですね。レイチェルの身を案じてのことかな? 護身術のつもりで勧めてるとかかしら?」
「よく分かりません。あの人の考えていることは」
前から思っていたけれど、レイチェルはどうも姉のことが苦手なようだ。
彼女の邸宅に招かれたときに見た感じ、妹を本当に大事に思ってそうなお姉さんだったんだけどね。
ただ、なぜか私の鑑定スキルをもってしても、一部見れない情報があったのは謎だ。
あと、異様にレベルが高かったから、お近づきになりたかったんだけど。
対応は柔らかいのに、物凄く壁を作られて仲良くなれなかった。
良い姉のように見えたけれども、あれかな?
構いすぎて、ウザがられてるのかな?
……私も気を付けた方がいいのかな?
でも、嫌がる姿すらも愛くるしいから、我慢できないよね?
「お前ら少しは静かにしろ。真面目に見学する気が無いなら、他にいけ」
おっと、少しおしゃべりが過ぎたようだ。
呆れた様子のブライト先生に注意されてしまった。
周りの男の子たちは、真剣な眼差しで先輩方の準備運動を見ている。
うん……私たちがおしゃべりしてる間に、ようやく先生の説明が終わって身体をほぐし始めたところだ。
他の男子に混じって見学しているクリントが困った表情でこっちを見ているけれど、彼は何も言ってこない。
いまごろきっと、私が興味だけで終わってすぐに他の講義を見に行くよう願っているはずだ。
私がこの講義を受けたところで、練習相手として組める相手がいないだろうし。
いや居ることは居るけれども。
クリントが。
それを言ったら、彼も釣り合いが取れるお相手がクラスどころか校内にいると思えない。
受ける必要ある?
そんな疑念の籠った視線をクリントに送ったら、鬱陶しそうに手を振られてしまった。
護衛や一緒に行動しているとき以外は、わりと私の扱いがぞんざいに感じる。
まあ、それよりも……
「じゃあ、レイチェルはこの講義を受けるつもり?」
「まだ続けますか? また先生に注意されますよ」
真面目だなぁ。
あっ、殿下が級友らしき子につつかれて、私に気付いた。
とりあえず、手を振っておこう。
おお、凄いキラキラとした爽やかな笑顔で、手を振り返してくれた。
意外と、イケメンな動作も様になってますよ。
「他にも女の子がいるんですね」
「ええ、女性騎士を目指す子たちだと思いますよ。ほら……女性の騎士って、基本王族の女性の方か高位貴族の婦人やご令嬢の護衛任務が多いですからね」
なるほど。
相当上の方の女性貴族には、そういった護衛が必要になるときがあるからね。
専属護衛でほぼ結婚までの雇用が約束されるから、美味しい仕事ではあるよね。
婚期を逃してしまうリスクを除けば。
「退屈そうだし、お前達も体験するか?」
ブライト先生が私たちの様子を見て、少し嫌らしい笑みを浮かべてそんな提案をしてくる。
別に、体験するのはやぶさかでもないけど。
「まずは、走り込みからだな」
結局、柔軟を終えた先輩方と一緒に、校庭を走らされることになってしまった。
元々からの予定に組み込まれていたことらしいけれども、言い方にとげを感じる。
「戦場において体力と敏捷はもっとも大事だからな?」
もしかして、厄介払いしようとしてませんか?
まあ、一年生全員参加らしいから、本当に予定通りなのだろうけれども。
どうせ、ついて来られれないとでも思われてそうだ。
殿下の表情が引き攣っているのが気になる。
「お嬢……適当に手を抜いたほうが良いと思う」
クリントが近づいてきて、しょうもないことを耳打ちしてきたので軽く睨み返す。
「何を馬鹿なことを。やるからには、全力ですよ! あっ、スキルと強化魔法は使いませんけれども」
「当たり前です! そもそもそんなものを使ったら、訓練にすらならないじゃないですか」
よく分からないことを言う。
それよりも、周囲の子たちは大丈夫かな?
緊張した状態で柔軟もせず走ったら、それだけで怪我をするかもしれないし。
あっ、レイチェルは……普通に屈伸をしている様子から、別に運動は苦手じゃない様子。
走り込みも、慣れているのかもしれない。
それに他の女子たちも剣術を選ぶだけあって、体力には自信がありそうだ。
逆に一年生の男子は半数くらいが、不安そうにしているのが笑える。
普段から、あまり鍛えて無さそうなお坊ちゃんって感じだし。
舞踏を選ぶ子も多いらしいけど、なぜか毎年一年生の男子はまずは剣術を見に来るらしい。
剣は剣で憧れはあると……だったら、普段から鍛えておけばいいのに。
「無理に先輩についていこうとしなくていいからな? 自分のペースで10周走ればいいから。それが終わったら、素振りをして、ペアを組んでの手合わせだ」
あっ、ブライト先生の言葉に、8割くらいの男子の顔が青くなった。
残りの2割はやる気満々というか、余裕そうだけど。
一周500mくらいかな?
4kmってとこか……うん、4kmいきなり走れと言われて、走れそうな子の方が少なさそうだもんね。
ここにいる新入生の男の子たちって。
それと、別に集団で固まって走るわけじゃないのか。
好きなペースなら、別に走れなくもないだろうに。
未知の距離だから、不安なのかな?
どんだけ、軟弱なんだろう。
ブライト先生がそんな男の子たちの様子を見て、溜息を吐く。
「後ろから2年生に周回遅れで抜かされそうになったら、すぐに道をあけてやるように。先輩方の邪魔はするなよ?」
へぇ……なかなかに、煽ってくるね。
私が、周回遅れにされるとでも?
たかだか、ひとつ上の男子に?
逆に周回遅れにしてあげるよ。
「お嬢……」
クリントの声に周囲を見渡すと、男子は普通に真剣な顔で頷いていた。
どうやら反抗的な態度だったのは、私だけだったようだ。
殿下もどこか諦めた表情で、苦笑いしているし。
でも、あれは何かを楽しみにしている顔でもある。
ここは、是非期待に応えねば!
***
「レオハート嬢……」
ブライト先生が苦い顔で、首を横に振っている。
「全員に対して自分のペースで走って良いといったのに、後ろから追い立てるのはあんまりじゃないか?」
「あら? 騎士を目指す方々が、護衛対象となる貴族令嬢に抜かされては可哀そうでしょう? でも、私も私のペースで走りたかっただけですわ」
一番速い先輩の後ろにピッタリくっついて走ってたら、先輩が勝手に必死になっただけだけどね。
うん……その先輩というのは、当然ダリウス殿下。
途中で先に行けと言われたけど、流石に彼に恥をかかせるのもと思ったので無言で笑顔で頷き続けただけだ。
私の後ろでクリントが、一生懸命に何か言ってたけど。
その後ろをレイチェルが困った表情で追いかけていた。
レベルってやっぱり偉大だよね。
「こんなありさまじゃ、素振りも手合わせもできんな」
校庭のあちらこちらに、生徒が寝転んでいる。
立っている人たちは、私たち4人を除いても6人もいるけどね。
彼らで手合わせすれば、いいんじゃないかな?
「素晴らしいですね。その剣はどちらで?」
仕方ないので木剣を借りてまだ元気そうなレイチェルと手合わせをしたら、彼女の剣の腕は普通に上手だった。
後の先をメインとした剣術っぽい。
私の攻撃を待って、それを受け流したり躱したりしながら反撃を繰り出す感じ。
とくに受け流しが、凄く上手だ。
「流水派の先生に習いました。これも、姉が用意してくれた家庭教師の方ですが」
「へえ、是非一度お会いしたいですね」
「王都にも道場がありますので、今度場所を確認してご案内しますね」
なるほど……わざわざ学校の剣術の講義で探さなくても、王都内の道場を片っ端から覗いていけばよかった。
「レオハート嬢と、ズールアーク嬢は剣術の講義を受けるんだな?」
「えっ? 受けませんよ? 本当に興味本位で見学に来ただけですし」
ブライト先生が目を輝かせて勧誘してきたのを、さらりと流す。
目的は達成できたし、レイチェルとも会えたから色々と話がしたい。
抜け出そうとレイチェルに目配せしようとしたら、すでに彼女はブライト先生に受諾の意を示していた。
そっかぁ……レイチェルが受けるんだったら、私も受けてもいいかな。
でも、ソフィアが何を受けるのかも気になるし。
「そうか、ズールアーク嬢だけか」
「あら? 入らないとは言ってませんわ。少し考える時間を頂きたかっただけですわ」
少しガッカリしつつも、レイチェルだけでも入ることを喜んでいたブライト先生に待ったをかける。
「はっきりと受けないと言っただろう……まあ、前向きに考えてもらえるなら構わない。お前たちは、他の生徒に対して、いい刺激になりそうだ」
まずは、ソフィアのことを色々と調べないと。
「そうそう、レイチェルのクラスにソフィアって子いない? 入学式で案内のあった平民の」
「いますよ。話はしてませんが」
おお、思わぬ幸運。
一学年だけで3クラスもあるから、もしかしたらと思ったけど。
どうやら、レイチェルとソフィアはクラスメイトのようだ。
くっ……私だけ、仲間外れ。
でも、これで彼女のことを手助けしやすくなった。
昼食は、是非ともレイチェルを誘わないと。




