第2話:ソフィー
「ソフィは、村でどんな生活を送っているのかしら?」
「えっと……お母様のお手伝いをしております。その……薬草を潰したり、小さな魔物を解体したりです」
いま、私は森で拾った少女を、家に送り届けているところだ。
彼女のご両親は、自分たちの荷馬車に乗っているけど。
彼女は、私の馬車に同乗している。
かなり落ち着かない様子だけど、この馬車に興味はあるみたいだ。
何度も、お尻を浮かせたり下ろしたりしてるし。
「ソフィア、少しは落ち着いたらどうだい? 返って疲れるだろう?」
殿下が優しく声を掛けているけど、もう名前呼びですか。
やっぱり、ハルナの言うとおりに女性に対して軽いのだろう。
「あの、私の服……汚れてますし、椅子を汚したら打ち首ですか?」
「ブフッ!」
唐突に可愛らしい声で、可愛らしいことをいう少女にさっそく痛恨の一撃を喰らってしまった。
小鳥の囀りのような、ちょっと高めでいて小さめの声が耳に優しい。
いつまでも、聞いていたい。
「私の馬車だから気にしないでいいわよ」
「その、お貴族様のお嬢様の馬車だからこそ、気にするのですが」
おどおどした様子だけど、会話はきちんと成り立っている。
彼女の村に着くまで、少しでも距離を縮めたいな。
ヒビエランド領でも、うちの近くの場所にあるらしいし。
ちょうど、通り道で良かった。
反対方向とかだったら、送る口実を見つけるのが大変だったと思う。
彼女のご両親はかなり警戒している様子だったけど、大勢の護衛を引き連れた貴族様ご一行だったからねぇ。
どうにもできないよね。
だからこそ、誠実に彼女と接してご両親の信頼も勝ち得ないと。
ただ全く関係のない話だけど、ハルナが凄く不機嫌そうだけど諦めた表情になってたのが少し気になる。
気にしても仕方ない。
ただの、嫉妬だろう。
そんなことよりも、目の前の少女だ。
おっと、ハルナに私が気持ちの切り替えをしたことが、バレてしまった。
凄いショックを受けた表情で、こっちを見ている。
気にしないけど。
「もう、お友達なんだから、エルザ……いや、エリーって呼んでいいわよ」
「そんな、恐れ多いです」
「恐れ少ないから、いいって、いいって」
「エルザ嬢は何を言っているのだ?」
なんとか敬語をやめさせようと四苦八苦していると、殿下に呆れられた表情をされた。
それから、二時間。
少しだけ、彼女との距離が縮まった。
不本意ながら、殿下とも。
「エリーお嬢様も聖属性が使えるんですね」
いずれ、このお嬢様の部分ももぎ取ってやる。
「あはは、私の場合は全属性だから」
おっと、ダリウス殿下が凄い顔になっている。
あれ?
これって、おじいさまと、セバスとマリア以外には言ってなかったっけ?
ああ、それとステータス鑑定をした、教会関係者と冒険者ギルドの職員は知ってる。
すぐに、怖い人に脅されて口を閉ざしていたなぁ……
怖い人と……おじいさまと、直属の護衛騎士3人によって。
物理的に口を封じられたくなければ、分かるな? って言ってるのが聞こえた。
修道士を脅すとは、神をも恐れぬ所業だね。
「孫の人生の前に立ちはだかる神など、邪神以外ありえまい」
とおじいさまが言っていたけど、じーじの孫愛がおもーい。
「それは、私は聞いてないぞ」
おお、一人称ブレブレ王子がまたブレてる。
「凄いです! お嬢様!」
ふははは! もっと褒めてもいいんだよ、ソフィー!
「あちらこちらで言いふらしてたら、自慢話みたいになるじゃないですか。ダリウス様だって、そんな傲慢っぽい嫁は嫌でしょう」
「いや、何だろう……いま、なんとも形容しがたい感情が、その方に対して湧き上がっているのだが」
「それは恋心ではなさそうですねぇ」
何を思っているのか分からないけれども、今の私の関心は殿下よりもソフィだ。
そうそう、呼び方の話の流れで殿下のことをダリウス様と呼ぶことになった。
本人は嬉しそうだけど、ソフィがさらに恐縮していた。
まさか、この国の王子様だとは思いもよらなかったらしい。
王族の馬車じゃなくて、うちの馬車に乗っていたしね。
それからさらに一時間、緊張とおしゃべりで疲れたのかソフィが寝始めた。
殿下の肩に頭を乗せて。
グヌヌヌ。
「なんだ、その方嫉妬でもしてるのか?」
私の表情を見た殿下が、少し嬉しそうにしているのが腹立たしい。
「ええ、なぜ正面に座ってしまったのでしょう……私が横に座っていれば、いまの殿下のポジションが私だったのに。あの触れ心地が良さそうな髪を、合法的に堪能できる場所が……どうにかして、変われないものか」
「そっちにか……本当に、エルザ嬢は可愛い女の子が好きなのだな」
「天然物の可愛い女の子が嫌いな女子はいませんよ?」
「天然もの?」
「ええ、あざとさを全く感じさせない、ナチュラルな子供らしい愛くるしさを秘めた少女が大好物です!」
私の言葉に、殿下が変な物を見るような視線を向けてくる。
無礼者め。
あっ、向こうの方が立場が上だった。
「それにしても聖属性の少女に加えて、婚約者が全属性持ち……全属性って基本の6属性を指すんじゃなかったか?」
火、水、風、土、光、闇のことかな?
ちなみに光属性と聖属性は別物だけれども、親和性は高い。
聖属性は光、水、風の上位属性ともいわれているし。
逆に邪属性は火、土、闇の上位属性とされている。
よく分からないけど基本の6属性にもに清浄と不浄の力があるから、両方とも全ての属性の上位じゃないかな?
まあ、そうじゃなくて私は本当の全属性持ちなのだ。
「文字通りの全属性持ちですよ? このことは、秘密ですね」
「はぁ……」
とりあえず殿下の口止めは出来たし、転移魔法で私と殿下の位置を入れ替えられないかな?
「少しは彼女に対しても嫉妬してもらいたいな。その方の婚約者は、私だというのに」
いかに殿下と場所を入れ替わるか考えていたら、心を読まれたらしい。
むぅ、プライバシーの侵害ですよ。
「殿下、いま報告よろしいですか?」
それから少しして馬を休ませるための休憩の時に、殿下の従者が声を掛けてきた。
どうやら、ソフィについて何か話があるらしい。
「それは簒奪ではないのか?」
「そうなりますが、現状ではそれを公にしたところで、いたずらにギールラウ領を混乱させるだけです」
「だからといって、そのような話を見過ごしていいわけにはならないだろう」
「いまはまだあの夫婦の証言と、いくつかの証拠品のみですから。裏どりを進めてから、当然ですが陛下にも報告は致します。その後で、方針を決めていくことになるかと」
どうもソフィはギールラウ子爵家の娘らしい。
子爵が外の女に産ませた子だったらしいが、子爵に処分されそうになったため、両親を名乗るこの2人が屋敷から連れ出したと。
私生児の存在を隠すなんてのは、どこの世界でもよくある話だしね。
でも実際のところ、この2人の話だとそれは全然出鱈目らしい。
いま、彼の娘として育てられている子の方が後妻の子で、再婚前の子供らしい。
じゃあ、ソフィは? という話だが、彼女の母親はすでに亡くなっている子爵の最初の奥さんとのことだ。
そしてその亡くなった夫人というのは、前ギールラウ子爵の娘と。
うん、今のギールラウ子爵は、他所からきた入り婿らしい。
であれば、家督を継ぐのは当然ソフィか、その旦那になる男性だろう。
これは、ギルティだな……
「あー、エルザ、力で解決しようとしてないか? 今は駄目だ。ソフィは自分の出自を知らずに、あの2人の本当の娘だと信じてるからね?」
「では、どうしろと?」
「まずは、王都で保護しようと思う……そうだね、せっかくの希少な聖属性だから、王都の学園に奨学生として呼び寄せたり?」
「良いですわね! 私の学園生活が楽しくなりそうです」
「君のためではないのだけれども、期せずして喜んでもらえて嬉しいよ」
とりあえず彼女のいまのご両親を交えて、色々と話し合った。
まあソフィの親代わりとして育てたこの2人は、本当の夫婦とのこと。
そして、前ギールラウ子爵夫人が大事にしていた使用人らしい。
麗しき主従愛だね。
ソフィを命がけで連れ出して、いまもバレずに育ててたなんて。
道理で、私が彼女を欲しがった時に、あれだけ過剰に反応したわけだ。
「いや、本当の親ならあれくらいすると思うけどね」
「します……かね? 子供を金で売り飛ばすような親も、いますけど?」
「……」
あっ、殿下が黙ってしまった。
とりあえず、話題を変えないと。
「学園に入れてどうするのですか?」
「貴族としての教育をしっかりと受けたうえで、私とその方が後ろ盾となって、ギールラウ子爵を処分すればよかろう。彼女にとっては実の父親になるのだから、どの程度の罰にするかは彼女次第でもあるが」
「そうですね……とりあえず、殺してから考えましょうか?」
「可愛らしい顔で、物騒なことを言わないでくれないか?」
まあ、基本方針は殿下に付いてきていた、王城の偉そうな人が決めてるらしいけどね。
私と殿下には、学園で気を掛けてくださいと頼んでこられたし。
言われなくても、仲よくするよ!
「どうりで……あの活劇で王子がたかだか平民の娘に対してやけに接点を持ちたがるのは、どうにもおかしいと思ってたけど……なるほど、こういうことですか。それをお嬢様に説明していなかったのだから、彼女の校内の立場はそりゃ最悪でしょう。周囲からソフィアさんの方が、婚約者のある男性に色目を使ったと思われて当然じゃないですか」
ハルナが窓の外を見ながら、ブツブツと小声でまた意味不明な独り言を言い出した。
大丈夫だろうか、この子は。
「すでに学園に通う前からフラグは立っていたと……ただ、今回はお嬢様も一緒にフラグが立っているので、どうなるかさっぱり分かりませんね」
大丈夫じゃないかもしれない、この子は。




