第1話:主人公エルザ
「本当にエルザは、凄いね」
私の放った火の魔法を見て、兄様が褒めてくれる。
上空を漂う火の玉は、周りの空気を陽炎のように揺らめかせながら回転している。
兄の言葉に天狗になった私は、さらに魔力を込めて出力をあげる。
どうせなら、ありったけの魔力を込めてみよう。
「いや、そろそろ」
お兄様が私の作り出した火球を見て青い瞳を揺らしながら、十分であることを告げてくれる。
まだ、魔力的には3分の1も込めてないのですが。
やりすぎは、良くないということでしょう。
「なるほど! このくらいで、十分という意味ですね」
「いや、違う! そうじゃな……」
お兄様の言葉を最後まで聞くことなく大きくなりすぎた火球を思いっきり前に向かって放つと、10mくらい先の地面に着弾したそれは大きな音とともに大爆発を起こした。
爆風で兄様も私も、お揃いの金色の髪がボサボサになってしまいました。
髪の毛も大爆発ですわ。
ちょっと、魔力を込めすぎたようです。
兄様も、もう少し早めに制止をかけてくだされば良かったのに。
「流石に、やりすぎだと思うよ。上に向けて放った方が良かったかもね。でも、凄いよ! 流石、私の妹だ」
兄様が頭を撫でてくれるので、思わずニンマリとしてしまいました。
髪の毛を整えてもらいながら、笑顔で兄様を見上げる。
整った顔立ちに、流れるような金髪……今は実験に失敗した博士みたいになってるけど。
恵まれた体躯は、同世代の子よりも背は高いと思う。
それによく鍛えこまれているからか、細身ながら綺麗な逆三角形の上半身。
そのうえ、足もスラリと長く伸びてます。
こんな外人モデルのような兄が手に入るなんて。
今世の私は恵まれすぎてます。
そう、二度目の人生は、まさにバラ色といってもいい人生ですね。
何を隠そう、前世の記憶をもっての転生。
いわゆる、異世界転生を果たしたのです!
本当に異世界転生なのでしょうか?
自我というものがあやふやで、記憶というより知識に近い感じがします。
客観的に当時の自分が、物事をどう捉えてどう考えたかを理解はしているのですが。
それが、本当に自分の感情だったのか。
もしかしたら、他人の記憶を持ってるだけという可能性もあります。
……時が来たら、解決してくれると思います。
とりあえず、前世で生きた時間の方が遥かに長いので、転生ということにしておきましょう。
しかし自分で口にしてはみたものの、ありふれた設定に思わずため息を吐いてしまいますね。
ただ、この世界だと前世の記憶の話なんてしたところで、まるで信じてもらえません。
稀有なことどころか、ありえない話のようです。
私がいたであろう日本ではもはや困ったら転生ってくらいに、そういった物語が有象無象含め万と存在してましたから。
冗談抜きで。
それに、事実前世の記憶を持った子供の話と言うのは、昔から少なからず日本やあっちの世界でもあったみたいですし。
「そういえば、レベルはいくつになったんだい?」
少しばかり身の上を振り返っていたら、兄が楽しそうに聞いてきました。
「はい! 438になりました」
私の言葉に、兄様が頬をひくっと引き攣らせてしまいました。
「この間まで、2桁じゃなかったかな?」
「いい狩場に、おじいさまに連れて行ってもらえるようになりましたので」
「あの人は……」
私の言葉に、兄が困ったように苦笑いをしています。
おじいさまは、私には甘々ですからね。
この世界、レベルも魔法もあるとても素晴らしい世界です!
しかも、レベル上限は天井知らず。
過去の歴史の中では、人種の最高レベルは612だったそうです。
私はそれを超えるべく日々レベル上げに、勤しんでおりました。
雑魚の代名詞のスライムですら、倒せば経験値が僅かながらにでも貰えます。
他の魔物なら、もっと多くの経験値を得られるのです。
毎日100匹倒せば年間で、最低でも3万以上の経験値がもらえます。
ちなみに、この世界の1年は300日。
一ヶ月が30日で、それが10ヶ月です。
2歳から始めて、いま6歳。
経験値が10の魔物なら年間30万が4年で120万くらい。
100の魔物なら1200万にもなります。
そんな魔物は、ざらにいます。
一匹で1万以上もらえる、美味しい魔物も。
どんぶり勘定ですね。
毎日やってるわけでもないですし、一日に10匹も倒さない日もあれば100匹近く倒す日もありますし。
最低でも1200万はあると思いたいですね。
最近では効率的な狩りも覚えましたし。
例えば、ダンジョンで魔物部屋を探して、入り口から手だけ出して部屋に範囲指定した火炎魔法を放っての殲滅が一番効率いいですけどね。
火で焼け殺せなくても、一酸化炭素中毒で大概の魔物は死にます。
アンデッドには一酸化炭素中毒は無いみたいですが、その後に浄化魔法を放つので一緒に消えてしまいますね。
英雄と呼ばれた方々がレベル300台が多いので、私は彼らよりも強いということになります。
ですので、一人でダンジョンを探索できるくらいには強いです。
でも必ず、誰か家の人がついてきますが。
家族ではありません。
使用人でした。
そう、我が家は使用人を雇うほどの金持ちなのです!
公爵家という、貴族のトップの爵位を祖父がもっております。
国王陛下の、叔父だそうです。
なので、私も王族です。
なのに、第一王子の婚約者らしいです。
はとこなので、近親婚にはならないのでしょうが。
少し抵抗はありますわね。
まあ、家は次を父が、その後を一番上の兄が最終的に継ぐことになるので、私が嫁に行くのは当然といえば当然なのですが。
できれば、私より強ければいいのですけど。
現状、私が知る限り私より強いのはおじい様だけです。
なぜおじい様かというと、先ほどの話に繋がるのですが。
人類の最高峰のレベル612という記録を塗り替えたのが、我が祖父なのです。
なので、過去形だったのです。
そして、数年前から私のレベル上げに付き合ってくれているのも祖父なのです。
使用人でしたと言ったのは、このためです。
最初は使用人の方たちと、近くの森に魔物を狩りにいっていたのですが。
途中から、おじいさまが私に付き合ってくれるようになりました。
そして、彼も私同様に……いや、私より多くの魔物を倒しております。
必然、私はおじいさまの後塵を拝することになってしまったのです。
同じように魔物を倒していては、一向に追いつけません。
まあ、別にそれは構わないのですが。
貴族の娘というものは、色々としがらみも多いですし。
もっと、自由な立場の子に産まれたかったです。
どうせなら、冒険者とかやってみたかったです。
そして、この希望は遠くない未来に叶えられたのでしたが、思ったのとは違いました。
家族と使用人と一緒の、ごっこ遊びの延長線上のような冒険者登録でした。
おじいさまが、私の希望を叶えてくれたのですが。
形だけではなく、冒険者としての人生を少し歩んでみたかったのですが……
「凄い音がしてましたが、大丈夫ですか?」
レベル上げの経緯と密かな野望について思いを馳せていたら、涼やかでありながらも溌溂とした声が聞こえてきます。
「お母様!」
リーナ・フォン・レオハート。
私の母です。
兄と一緒のブロンドヘアに、お人形さんのような大きな青い瞳が良く似合う別嬪さん。
顔だちも兄や、私によく似ています。
いやお母様が別嬪さんで、そのお母様に似ていることをアピールすることで、自分が可愛いとアピールしているわけではありませんよ?
私は可愛いのです!
前世の感覚でですが。
やはり、顔だちの整った外人の子供は天使のようですね。
前世の私の幼少時代に比べても、身に纏う気品もビジュアルもレベルが違いますから。
自画自賛ですが、それほどまでに厳しい淑女教育も受けておりますので。
そんな感覚なので、街にいる子供や知り合いの子供たちは、全部天使ちゃんに見えるのですけれどもね。
幸せと言えば、幸せですね。
確かに見た目は天使の私ですが、中身は残念極まりないとしか言いようがないですけども。
……身内の前では、少々お転婆が過ぎることもありますが。
外面はすっぴんが分からないレベルの厚化粧です。
「まあ、庭を焦がしちゃったの? クリス……あなたもお兄ちゃんなんだから、ちゃんと見て上げないと。怪我はありませんか?」
お母様が心配そうにこちらを伺ってきたので、満面の笑みで頷きます。
「レベルが上がって、魔防も大きく伸びてます! あの程度の魔法では、火傷すら負わないですわ!」
「そうなのお? 凄いわねえ……魔防って、何かしら? クリス知ってる?」
ああ、そういった細かいステータスは私にしか分からないみたいです。
転生初心者セットの鑑定は、やはりこの世界の鑑定とは違うみたいでした。
全言語理解も怪しいところがあります。
動物や虫たちの考えていることが、微妙に伝わってきているような気がすることが多々ありますが。
気のせいや、空耳だと思ってスルーしております。
収納魔法や、インベントリなんてのは流石にありませんでした。
なので転移の魔法で、秘境と呼ばれる場所の絶壁に倉庫を作っております。
状態保存や、遅延魔法を掛けてそこにしまうようにしてます。
今は私が転移して、整理しながらしまってますが。
いずれは、物だけを送り込んだり取り出したりできるようになりたいです。
……ちなみに、マジックバックはありました。
時間停止の機能はありませんでしたが、入れる物にあらかじめ時空魔法を掛ければいいだけです。
今は遅延魔法どまりですが、いつかは時間停止の魔法をゲットしたいところです。
あっ、マジックバッグは初心者パックではなく、普通に市場に出回ってます。
といっても、貴族御用達のお店や、上級の冒険者が通うような道具屋にですが。
「さあさあ、お父様がお腹を空かせてますよ。早く、食堂に行きましょう! お父様が我慢できずに、2人の分を食べちゃう前にね」
もう、食事の時間だったようです。
昼食ですね。
ちなみに、この世界ではお昼御飯がメインのようです。
私の感覚だと夕飯がメインですが、そうみたいです。
ちなみに、庶民の方々は朝食を食べられないそうです。
日本とは違いますね。
昔の日本人は、昼食を食べないパターンみたいです。
こっちは、朝は食べずに昼食を食べるみたいです。
……このあたりのバランスは、なんともいえないですね。
朝ごはんは大事ですし、現代の知識としては夕飯が一番どうでも良い気がします。
いや、食べられるなら食べるにしたことはありませんが。
夕飯は……結構早いです。
その辺りは、世界共通なのでしょう。
ちなみに、フランス語のデジュネは朝食と昼食という意味がありますが、名詞では昼食らしいです。
ヨーロッパ圏は、昔は朝食を食べなかったようです。
なので、この世界はやはりありがちな中世ヨーロッパ風なのでしょう。
そして、忠実な中世ヨーロッパではないあたりが……流石転生ライフ! としか、表現のしようがありませんね。
中世ヨーロッパに無いはずのものがあったり、中世の悪習が無かったり。
魔女狩りとかもなければ、人々もちゃんと清潔にしてます。
悪臭を漂わせたり、香水で誤魔化すこともない。
ノミやシラミ、その卵にまみれた人もいない。
しかも、なんといってもお風呂文化もちゃんと残っているのです。
これが一番嬉しかった。
古代ローマでは風呂好きのヨーロッパ人が、なぜか中世では風呂嫌いという謎文化。
テルマエと呼ばれる公衆浴場もあったりしたのですが、いわゆる健康スタジアムのようなものですね。
温泉を利用した健康増進施設です。
時代の流れとともに消えていったあれ。
まあ、水関係の施設が破壊されたり、皮膚を濡らすことで病気に罹るなんてデマが溢れていたから仕方のない事かもしれませんね。
流石にスラム街や裏路地に入れば、窓から糞尿ポイの現場を見ることになるかも知れませんが。
現状では、そういった現場も見てません。
道に遺体が放置されていることもないですし。
ビバ、ご都合主義! と思わず意味の分からない感謝の祈りを、神様にしてしまいました。
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