鹿耳と花井の夜会話
「はい、今日はもう終わりにしようか。各自台本を読み込んでおいて、解散」
通しでの本読みが終わり、花組の生徒たちは自室へ戻ったり自主練のため散り散りになる。
稽古場から人がいなくなったあと、花井は出入り口の扉から隠れるように隅の壁に座り込む。
「ハァ……ハァ……歌劇の練習ってこんなにキツイのっ……カワイイ服が着れて目立てるからこの学校選んだけど、こんなにキツイなら入らなきゃよかった……」
花井は水を飲もうと、少し離れた場所にあるペットボトルを取ろうとして横に倒れこんでしまう。
「うわっ」
「花井くん大丈夫?」
頭上から声が聞こえ、倒れこんだ衝撃で目を瞑ったままだった花井が目を開くと、そこにいたのはペットボトルを持った鹿耳だった。
「鹿耳……くん。いつから」
「あははっ、ずっといたんだけどなあ……はいこれ、翼でいいよ」
自嘲するように首を傾げ花井が取りそびれたペットボトルを渡す。
花井は素直に受け取りコクリと喉を鳴らし水を飲む。
「……ありがと、じゃあ翼。先輩たちはまだしも、なんで翼と一見も平気そうなの」
「ぼくは二人よりも出番少ないし、瞳くんは天才だからね」
「ふーん、天才ね……経験者ってことよね?」
「ぼくは男子歌劇学校に入るまで劇団に所属してたんだけど、お芝居に悩んでたぼくを助けてくれたのが瞳くんなんだ。劇団長に相談して劇団に誘ってもなぜか一度も頷いてくれなかったけど、あの頃からお芝居上手で大好きって言ってたよ」
「へー。まあそこまで興味ないんだけど、ガチの未経験者はアタシだけってことね。先が思いやられるわ」
「えっと、お節介かもだけど」
「なに?」
「手越先輩が書いたこの脚本、役を僕たちに寄せてあるから意識してみると演りやすいよ」
「……確かに、昨日見たジュリエットとは結構違ったかも」
花井はペットボトルを置き今日貰った台本をペラりとめくる。
「このジュリエットはティボルトにも友だちの距離で接するし、パリスとの婚約にもきっぱり嫌っていうし、まさにおてんば娘って感じよね。ってことは手塚センパイはアタシをお転婆って思ってるってこと!?」
「アハハ……僕のティボルトはジュリエットの媚びない性格を好ましく思っている。でもティボルトはジュリエット想いを素直に口に出せずロミオとジュリエットの家柄を気にせずまっすぐにお互いだけを想い合う二人を羨ましく、ロミオを恨めしく思いながら、二人をつなぐ役割だね。ちょっとだけ読み合わせしてみようか」
鹿耳は花井の隣に座り、ちょうど花井が開いていた台本のページから一説を読み上げる。ティボルトがジュリエットに釘を刺すシーンだ。
「ジュリエット、まだあの男を想っているのか」
「……ティボルト」
「キャピュレット家にあのような小心者の男は相応しくない。それによりにもよって、モンタギュー家の跡継ぎなど。あれは一夜の悪い夢だ忘れてしまえ」
ジュリエットに恋心を抱きながら、さとりてロミオのように真っ直ぐ感情を伝えることができず己を抑え込み家柄を前に諦めるように宥めるティボルト。
「ティボルト、貴方はいつも家のことばかりね。わたし、貴方のそういうところ昔から大嫌いよ」
「俺はお前のためを思って言っているんだ」
「……もういい。わかってるわよ、私は家のためにパリスと結婚するんでしょ。貴族として生きていくために責任は果たすわ」
「ジュリエット、」
「もう出てって、出てってよ……」
「どうだった?」
「さっきの本読みのときよりセリフが上手く言えた気がする。なんというか、なにも考えずに自然にセリフが口に出た?」
「うん。掛け合いは役の解釈がお互いに把握できればセリフのニュアンスで困ることは減るんじゃないかな。もちろん演出の手越先輩と違う解釈だとダメなんだけど……」
「芝居ってこんなに複雑なんだ……聞こえてたかもしんないけどさ、この学校入ったのカワイイ服が着れてチヤホヤされたかっただけだったから、他の人より全然足んないんだアタシ。即興劇のときだって目立とうとしてただけだし」
「えっほんとに歌劇未経験なんだ……全然そうにはみえないよ」
「いや、うん。アタシの家、役者一家なんだけど、アタシは兄貴達と比べて芝居の才能ないから兄貴の手伝いでの相手役の女の子のセリフは読んでたけど歌劇はほんとに初めて。やば、話しすぎたかも忘れて」
「それは十分演ってるよ。自信持っていいと思うよ」
「それ翼がいう?」
「僕に瞳くんや先輩方みたいな才能はないよ」
「あっそ」
「役の解釈は後々でもいいけど、早く台本覚えないと。明日から立ち稽古だよ」
「嘘でしょ!?」
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