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ロミオとジュリエット 上映会


「おや、期待の1年生諸君。呼びに行く手間が省けたよ」


首藤に促されて資料室に入ると、すぐに手越の芝居がかった様子でこちらに話しかけてくる。


「手越うるさいぞ」

「まあまあ」


一見がちらりと周りを見ると、手越の他に上級生らしき人たちが3人いた。


「僕たちに?稽古ですか?」


「部分的にそう。これからボクがアレンジするロミオとジュリエットの脚本のために君たちの解釈が聞きたいんだ。本当はいちから君たちのための脚本を書きたかったんだけど新人公演は古典演劇のみという規定があってね」


「あの、ロミオとジュリエット観たことなくて。あらすじは大体知ってるんですけど」


「あー花井くんは歌劇は完全に未経験だっけ?どうせだし一昨年の花組新人公演でも観ようか。忍足いいよね?」


「…………構わないが、アレは芝居の参考にならない」


「ストーリー浚うだけだからいいの。それに一年生諸君だって先輩のときの新人公演みたいだろう?」


忍足と呼ばれた3年生の先輩は旦那役らしい能面のような無愛想な表情を崩し、つまらなそうにブルーレイディスクを入れスクリーンに映像を投影した。


『桜花公演 ロミオとジュリエット』


「桜花公演?」


「新入生公演の正式名。僕ら生徒が勝手に新入生お披露目公演って呼んでるのが広まってごちゃごちゃになってるんだ」


一見は公演の名前が違うことを不思議そうに呟くと隣に座った少し背が低く声の低い優しそうな先輩がこそっと教えてくれた。


小さな疑問が解決し、一見はストーリーに集中できた。





スクリーンの中では古典的で原作に忠実な『ロミオとジュリエット』が展開していく。

ロミオ役は当時1年生だった忍足。ジュリエット役はこの場にはいない先輩だろうか、女役らしく背は低く声は高かったがどこかぎこちなさがあり瞳は当時の歌劇未経験者かと思っていた。


しかし、その認識は物語後半で変わる。

ロミオが息絶えジュリエットが全てを悟り後追いをするシーンでジュリエット役の生徒が役に呑まれた。人によっては劇中で役者として一皮剥けたのだと思うだろうが、どこか違う。



一見は忍足にチラリと視線だけ送る。



 

忍足は舞台上のジュリエットよりも鬼気迫る表情で舞台を見つめていた。




ジュリエット役の生徒は後追いをしようとナイフを己の体に突き立てたる。

勿論ナイフは小道具で偽物だが、鬼気迫る死の匂いと覚悟があった。ジュリエットはロミオに覆いかぶさるように倒れ込む。


直後幕が下りる。



役に飲まれたジュリエットの命を削る芝居を称賛する万雷の拍手のなかで、袖で控えていた神父役の生徒が出ていくタイミングを失ってしまっているのが小さくみえ、彼が少し動いたタイミングで映像が止まる。





「さて、君たちはどう思う?どんな舞台にしたい?」


手越はわくわくしながら1年生3人に問いかける。


「どう、と言われても……」

「ジュリエットの人が凄くて、僕はまだこんな風にはできないです」


花井と鹿耳は顔を見合わせる。一見は別のことを考え込んでいるのか返事をしない。


「それじゃあ自分の役について思ったことをいってごらん?鹿耳くんから」


「…………ティボルトは一途な男だと思います。ジュリエットへの想いを秘め続け届かない」


鹿耳はティボルトの人生を先輩の桜花公演の中ではロミオとジュリエット主役二人に押されて印象の薄かったティボルトだった。

しかし、鹿耳にとっては自分の解釈を考えやすく好都合だった。


「……マキューシオを殺したのも、解釈によってはジュリエットをロミオに渡したくなくて追放させるために自分が死ぬことすら折り込み済みだったのかもしれないですよね」


「ふむふむ」


手越はペンを片手に鹿耳の言葉に耳を傾ける。


「でもティボルトがそこまでしてしまうと物語が崩れてしまう。それに僕には出来ません。純粋にジュリエットが好きででもしがらみのせいでいえずにいたのに、ライバル家のロミオが掻っ攫っていったのが悔しくて感情を押させられないのが、ティボルトとして正しいと思います」


手越は逐次メモを取りながら、他の先輩は興味深そうに黙って鹿耳のティボルト解釈を聞いていた。


「ふーん、なるほどねぇ。鹿耳くんありがとう。じゃあ次は花井くん」



手越は行儀悪くペンで花井を指す。

花井は迷いながらもなんとか口を開き自分の解釈を述べる。


「ジュリエットって、怖くないですか?ロミオ以外と結婚したくないからって、死ぬかもしれない仮死薬飲んで死んだふりしますかね。すぐにロミオと夜逃げすればよくないですか?」


「ふっ」


竹を割ったような言いっぷりに首藤は堪えきれず吹き出す。

花井は慣れない役の解釈のうえに、解釈の対象があの鬼気迫るジュリエットで考えることに集中しているのか首藤に気づいた様子はない。


「すぐに後追いするロミオもロミオですけど、どうにかして作戦を伝えられなかったジュリエットのせいでもありますよね。てなると、ジュリエットは魔性の女なのかも」


「魔性の女か」


貴族の普通の娘として定義されることが多いジュリエットを魔性の女と評す花井に、ロミオ役を演じていた忍足は面白そうに頷く。


「それかロミオもジュリエットも恋愛狂いのナニカ悪魔とかに取り憑かれてるとしか思えないんですけど。時代による価値観の違いですかね?」


「なかなかにおもしろい見解をありがとう。それじゃ一見くん……おーい!一見くん!」


一見は考え込むと周りが見えなくなる癖があり、先程桜花公演について教えてくれた先輩である樋口に肩を叩かれやっと戻ってくる。


「ロミオの解釈でしたよね」


「うんお願いね」


「ロミオは自分に酔った軽薄な男です。見込みも甘く、惚れた女に信用されていないようです」


「なかなか手厳しい解釈だね」


「愛する女の死をすぐに受け入れるような男が信用されるわけがない。挙げ句に勘違いして自死するわ、無理心中のようなものでは?現代の感覚だと喜劇とすら思えます」


「んーと。一見くんはロミオとジュリエット嫌いだったりする?」


「嫌いではないです。私は嫌いな芝居も嫌いな役もないです。ただ古典演目は脚本に展開の差がなく感性も古臭くてつまらない演出に沿った芝居になってしまうかもしれないのが嫌です」


「そこは脚本家で演出家のボクに任せてよ。そのために役の解釈聞いて脚本に反映しようとしてるんだからさ」


「そうでした。すいません」


手越と一見が和やかな会話をしていると、会話に忍足が割り込んでくる。


「お前の芝居で唸らせる自信はないのか?」


「私はできることしか出来ません」


「忍足、1年生脅かしちゃ駄目だよ」


「…………樋口」



「よーし、それじゃ脚本書いてくるから。出来上がりまでお楽しみに!」


忍足と一見の間で若干不穏な空気は流れたが、樋口と呼ばれた桜花公演について教えていた3年生と手越のインスピレーション湧き上がるハイテンションな一声のお陰でこの場は解散となった。

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