学校案内ツアー
学園は予想とは裏腹に意外とシンプルな造りで、白い校舎に学内の講堂と体育館があるだけだった。
疑問に思った花組生徒の一人が手越に問いかける。
「結構静かなんですね」
「歌劇を学ぶための施設は基本的に各寮の方に備わっているんだ。普段校舎は座学と基礎の指導を学ぶ1年生と高卒認定のために一般科目を学びたい生徒がいるくらいかな。公演のためのクラス稽古で寮に先生方をお招きしての指導が多いからほとんどの時間を寮で過ごすことになるんだよ」
各教室の紹介が終わり、各寮に繋がる四隅の渡り廊下を通り花組の寮へと移動する。
寮は学校と違い広々としており、過去の小道具や衣装が保管された部屋や過去の公演の映像や台本が収められた部屋、もちろん稽古場やスタジオ、トレーニングルームもあり芝居の勉強を行う環境として最適な場所であった。
最後に部屋の割り振りを教えてもらい今日は解散となった。
一見と鹿耳は幼馴染みということで二人部屋で同室だった。知り合いや同郷の者はある程度部屋割りを考慮されているらしい。
「こんな素敵な場所で3年間も歌劇漬けの生活ができるなんて!」
「保管室の棚にあった脚本片っ端から演じたい」
瞳は荷解きもそこそこに一見は廊下につながる部屋を開けると、そこには男子歌劇学校に居るはずもない女の子が仁王立ちで立っていた。
瞳は一瞥もくれず隣を通り抜けようとすると、謎の女の子がガシッと肩を掴み瞳を妨げる。
「なに?」
「美少女を前にしてなにもないわけ」
「私の即興芝居は翼しか合わせられないよ?」
「は?芝居?」
揉めていると奥から鹿耳が様子を見に来たのか、荷ほどき中らしく片手にハンガーを握ったままこちらにやってきた。
「どうしたの瞳くん……って女の子!?入学早々連れ込んじゃったの!」
一見の堅物そうな表情が一瞬で軽薄そうな薄ら笑みに変わり女の子の腰を馴れ馴れしく抱いて鼻で笑い言い放つ。
「あーあ、見つかっちゃった」
「…………その女誰よ!アタシとは遊びだったって言うの!?」
「ごめんね?」
鹿耳は瞬時に即興芝居の設定を理解し、一見の芝居を活かすように受けにまわる。女たらしの軽薄さを強調させ一見を活かすようにヒステリックな女を演じ芝居を回す。
「……っ、この浮気男!!!」
しかし、一見と鹿耳にとっての日常は彼にとっては異常である。
(…………修羅場?即興寸劇?)
謎の女の子改め先程掲示板の前で新入生全員を招待客にし、トップ女役であるジュリエット役を勝ち取った花井は呆然としていたが、段々と自分が即興芝居の道具に使われていることを理解し腹が立ったので乱入することにした。
「アンタに可愛げがないからでしょ?」
「なんですって!?」
「彼が言ってたわよ?いつもはキャンキャン煩いのに肝心なときに鳴かないって」
「なっ!?」
一見へと中途半端に振りかぶっていたハンガーを包丁に見立て握った手が固まり、女へと憎しみの表情を作る。
予想外の花井が乱入してきたため、一見は楽しくなり責任から逃れる情けない男として端から花井と鹿耳の芝居を眺めていると、旦那役らしい長身の人にいきなり声をかけられた。
「1年廊下で何やってんの?あとそこまでやると撫子コードに引っかかるぞ」
「あっ……すいません。先輩」
鹿耳がすぐに謝り、一見と花井それに続く。
「俺は2年の首藤。1年の花井と一見と鹿耳だろ?自主練したいなら稽古場開いてるぞ」
「いえ、遊びみたいなものなので。それより資料室の台本って借りられますか?」
「それよりって!……僕はロミオとジュリエットの過去上映が見たくて、相手役の一見にも一応声をかけようとしたら即興芝居に巻き込まれました」
「あー、資料室な?まだ場所わかんねーだろうから連れてってやるよ。鹿耳も来るか?」
「あっ、はい!行きます」
首藤は内心キャラの濃い一年生が入ったなぁと思いながら。それをおくびにも出さずついてこいと背を向けて資料室へと足を向け始めた。