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第八十四訓 真夜中にうるさく騒ぐのはやめましょう

 ――結局、最初に決めた通り、俺がいつも寝ているベッドにはミクが寝る事となり、その横に並ぶように、床の上に敷かれた即席の寝床は立花さんが使う形で落ち着いた。

 一方、俺と藤岡は、キッチンの床でタオルケットに(くる)まる事になる。……と言っても、藤岡の方は、この部屋で発生するであろう怪奇現象を見逃さないように、徹夜で起き続けるつもりらしいが。

 俺は別に怪奇現象なんかに興味は無いから、さっさと寝るつもりだ。

 ぶっちゃけ、“怪奇現象”と言っても、せいぜいラップ音みたいな家鳴りが時々聞こえる程度の事しか起こらないのを知ってるしな……。


 藤岡は、リビングの隅と風呂場に三脚をいくつか立て、小さなビデオカメラやスマホを設置した。

 言うまでもなく、深夜に発生した怪奇現象を逃さす記録する為だ。

 まあ……“怪奇現象”と言っても、せいぜい――(以下同文)。


 小さなビデオカメラとは、手の平に納まるくらいの大きさの、いわゆるアクションカメラというやつだ。

 バイクのハンドルに取り付けたり、ランナーやスキーヤーがヘッドライトのように頭に付けたりして、ハンズフリーで撮影する事が出来る為、迫力ある動画の撮影に使われる。

 俺のバイト先であるビックリカメラでも最近取り扱いを始めて、今ではパソコンコーナーの3スパンを使って、アクションカメラ本体とアクセサリーを展開していた。

 このアクションカメラ、藤岡が言うには、心霊系動画にも良く使われているとの事だ。知らんけど。


 スマホの方には、ナイトビジョンアプリや赤外線撮影アプリをインストールして、暗闇でも撮影できるようにしているらしい。

 本当はちゃんとしたナイトビジョンカメラを買いたかったらしいが、アクションカメラに散財したせいで、さすがにそこまでの金銭的余裕は無かったらしく、スマホのアプリで妥協したとの事。

 「心霊シーズンのお盆までには絶対に手に入れるよ」とか言ってたけど、そんなモンよりもっとマシな事に金を使った方が良いと思う。

 つか、何だよ、「心霊シーズン」って……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 それから少し時間が過ぎ、もう少しで日付が変わるかという頃合いになって、


「さて……そろそろこいつの出番かな?」


 そう呟いた藤岡が、着ていたツナギの胸ポケットから、おもむろに小さな機械を取り出した。

 ミクが、まるでポケットラジオのような形をした機械を興味深そうに見ながら、藤岡に尋ねる。


「……さっき、ホダカさんがいじってた機械ですよね? たしか……“ソウルボックス”――でしたっけ?」

「ふふふ、その通りさ」


 藤岡は、ミクの質問に嬉しそうな表情を浮かべながら頷いた。

 そして、俺たちに“ソウルボックス”とやらを見せながら、得意げに言う。


「この“ソウルボックス”は、ホワイトノイズを発して高周波電波を高速でスキャンすることによって、本当なら霊感が無ければ聞こえないはずの幽霊の声を可聴化して、彼らと対話が出来るようになる画期的なアイテムなんだよ!」

「「……はい?」」


 藤岡の説明を聞いた俺と立花さんは、思わず当惑の声を上げた。

 折れんばかりに首を傾げた立花さんが、訝しげな声で藤岡に訊ねる。


「ね、ねえ、ホダカ? ……ちょっと良く解らないんだけど、どういう事? そ、それを使えば、幽霊と話ができる……って事?」

「ああ、そうだよ」

「あ……えっと……」


 自分の問いかけに大真面目な顔で頷いた藤岡を前に、立花さんは思わず言葉を失った。

 俺もまた、立花さんと同じように唖然としながら、おずおずと口を開く。


「あ……あの、藤岡さん……。ものすごく言いづらいんすけど……めちゃくちゃ胡散臭いっすよ、ソレ……」

「そ……そうだよ、ホダカ」


 俺の言葉に、立花さんもコクコクと首を縦に振った。

 そして、眉間に皺を寄せながら、藤岡の手の中にある“ソウルボックス”を指さす。


「だって……ぱっと見、お爺さんが良く聞いてるラジオにしか見えないもん、ソレ。とても、『幽霊と話せる』なんてすごい機能が付いてるようには見えないよ……」

「ははは。まあ、君たちの言いたい事も分かるよ」


 立花さんの言葉に、藤岡は苦笑を浮かべた。

 そして、手の平の上の“ソウルボックス”の表面を指で撫でるように触りながら、言葉を継ぐ。


「確かに、見た目はただのポケットラジオだけど、その性能は間違いないよ。心霊系Uチューバ―たちも、みんな使ってるくらいさ」

「いや、でも……」

「まあ、口で言っても信じられないだろうね」


 藤岡はそう言うと、ポケットラジ……もとい、“ソウルボックス”の上部に付いているロッドアンテナを伸ばし、その横に出っ張っているボタンに親指を当てた。


「なら、ここはひとつ、“百聞は一見に如かず”って事で」


 彼はそう言うと、親指に力を入れて、ボタンを押し込んだ。

 “ソウルボックス”の電源が入り、前面の液晶窓が明るくなった次の瞬間、


 “ガガーッ! ビビーッ! ビビビビビビ……ビガーッ!”


 というけたたましいノイズ音を大音量で鳴らし始めた。


「うわっ!」

「キャッ? なになにっ?」

「う、うるさっ!」


 突然の(やかま)しく耳障りな不快音に、俺たちはビックリして耳を塞ぐ。


「な、何すかコレッ?」

「さっきも言っただろう? ホワイトノイズを発して高周波電波のチャンネルを高速でスキャンする事で、人間には聴こえない幽霊の声を聴く事が出来るようになるんだ。もちろん、逆も――すなわち、僕たちの声を幽霊の元に届かせる事もね。分かったかい?」

「ぜ、全然分からないよッ!」


 両手で耳を押さえながら、立花さんが叫んだ。

 と、その時、


『ビビーッ! ビビビビビビ……“()()!”……ガガガガーッ!』

「「「ッ!」」」


 鳴り響くノイズ音の中に混ざって、微かに人語のような音が聞こえ、俺たち三人はハッとして、顔を強張らせる。

 一方の藤岡さんは、その音を耳にするや、まるでカブトムシを見つけた小学生のように顔を輝かせた。


「ほら! 聞こえたかい、今の? 明らかに、人の……いや、幽霊の発した声だよ!」

「ほ……本当に? 本当に、お化けの声……なんですか?」


 声を弾ませる藤岡に、ミクはすっかり怯えた様子で訊ねる。

 それに対し、立花さんと俺は、激しく首を横に振った。


「い、いやいや! そ……そんな事無いって! い……今のは、単に人の声みたいに聞こえただけ……」

「そ……そうだよ! それか……ラジオかアマチュア無線の声を拾っただけじゃ……」

『ピガガーッ! ガガガガーッ! ザザ……“シネ”……ガガガガー!」

「「「ひッ!」」」


 まるで俺の言葉を遮るように、再び“ソウルボックス”のノイズ音に人の声らしきものが混ざった。

 ……しかも、今のは……。


「し……“死ね”って言ってた……?」

「だ……だから、た、ただの空耳……た、多分……」


 ミクと立花さんは、顔面を蒼白にしながら、互いに抱き合い震えている。

 ぶっちゃけ、俺もその中に加わりたかったが、グッと我慢して、めちゃくちゃ嬉しげに顔を綻ばせている藤岡に言った。


「わ……分かりました! その機械の性能は良く解りましたから! だから、そろそろ電源を切って下さい!」

「え? 何でだい? これからじゃないか。まだ全然質問もしてないし……」


 キョトンとした顔で首を傾げる藤岡に、俺は耳を塞ぎながら叫ぶ。


「い、いや……もう真夜中なのに、こんな騒音を出してたら、他の部屋の人に怒られちゃうんで……」


 幽霊の声が聞こえるのも確かに怖いが、このアパートの住人である俺にとっては、他の住人からのクレームの方が遥かに怖い。


「……あぁ、そういえば、確かにそうだねぇ」


 必死な俺の言葉を聞いた藤岡は、ハッとした顔をした。

 そして、小さく溜息を吐きながら、不承不承といった感じで頷く。


「廃墟だったら、どんなにうるさくしても大丈夫なんだけどなぁ。ここじゃ、確かに近所迷惑だね……」

「は、はい! だから、もう終わりで……」

「……じゃあさ。最後に一回だけ、“ソウルボックス”で呼びかけてみてもいいかな、幽霊に?」


 と、藤岡は、相変わらず耳障りな騒音を撒き散らしている“ソウルボックス”を指さしながら、俺に懇願するように言った。


「頼むよ。それが終わったら、もう終わりにするからさ」

「……一回だけっすよ」


 両手を合わせながら、チワワのような瞳で見つめてくる藤岡の頼みを断り切れず、俺はしぶしぶ頷く。


「ありがとう!」


 俺の答えを聞いた藤岡は、パッと顔を輝かせると、トランシーバーのように“ソウルボックス”のスピーカー部に口を近付け、大きな声で叫んだ。


「え――! この部屋にいらっしゃる幽霊の方、少しお話しさせて頂いて宜しいでしょうかぁ?」

『ガガガガガ~ッ! ビビビガガガー! ザザザ……』

「あなたは、この部屋でお亡くなりになったお爺さんですか?」

『ザザザザザ~! ビビビビ……』

「何でもいいです。一言でもいいんで、何か喋ってくれませんか?」

『ガガガガガーッ! ザーザーッ!』


 懸命に藤岡が呼びかけるが、“ソウルボックス”からはうるさいノイズ音しか聞こえてこなかった。

 ……まあ、それも当然だろう。『幽霊と喋れる機械』なんて、本当にあるはずが無い。大方、さっき聞こえてきた人の声のような音も、空耳かラジオ電波の混線だろう。

 だが、それでも藤岡は諦めきれない様子で、もう一度“ソウルボックス”のスピーカーに向かって声をかける。


「もし話をするのが難しいのなら、何か合図をしてくれるだけでも構いません。どうで――」


 彼がそう言いかけた瞬間、“ドンッ!”という重い音が、壁から鳴った。


「わっ!」

「ッ!」

「え……っ?」

「キャアッ!」


 突然の衝撃音に仰天する俺たち。

 だが、すぐに俺は我に返ると、慌てながら藤岡に向かって小声で叫ぶ。


「……ほら! 隣の人が怒って壁殴ってきましたよ! もう終わりにして下さい、お願いですから!」

「……え? あ、ああ、そっか。お隣さんか……」


 俺の声に、藤岡はあからさまにがっかりした顔をした。どうやら、今の音が幽霊が起こしたラップ音だとでも思っていたらしい。

 彼が未練たらたらといった様子で“ソウルボックス”の電源を切り、部屋には再び静寂が戻った。

 俺は、殴打音がした壁に、恐る恐る目を遣る。幸いにも、再び壁を殴る音が聞こえる事も、隣の住人が怒り狂いながら家のドアをノックする音も聞こえてくる事は無かった。


「……ふぅ」


 たっぷり十分ほども息を潜めていた俺たちは、やれやれといった顔で安堵の息を吐くのだった……。

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