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第四訓 初対面の人にはきちんと自己紹介しましょう

 北武デパートの一階テナントフロアの一角にある喫茶チェーン店『ヨネダ珈琲』。

 全国各地でチェーン展開し、テレビでも度々取り上げられるような人気店なだけあって、開店時間からまだそんなに時間が経っていないにもかかわらず、店内は満席に近かった。


 ――そんな、周囲の客が立てるざわざわとした喧噪の中、


「え……ええと」


 俺は今にもテーブル席のソファの端からずり落ちそうになりながら、俺のすぐ右隣に座った少女におずおずと声をかける。


「ご、ゴメン。とりあえず、もうちょっと奥の方に座ってくれないかな? このままじゃ俺、椅子から落ちちゃうんだけど……」

「ヤだ」


 俺の頼みに、大きめの野球帽を被った女の子はすげない答えを返してきた。

 逆に、彼女は更に左――つまり、俺の方へ身を乗り出してきて、俺のソファにおける専有面積はさらに減らされる。


「あ……いや、『ヤだ』じゃなくって。マジで狭いんだって。今も、尻が半分宙に浮いてる状態なんですけど……。つうか、テーブル席なのに、何で向かいの席に座らないんだよ――」

「アンタ馬鹿ぁ?」


 座面から転げ落ちないように足を踏ん張りながらボヤく俺に、不機嫌を濃縮還元したような渋い表情で俺の事を睨みつけ、シンプルかつ辛辣な罵倒をぶつけてきた少女は、俺たちが座るテーブル席の通路を挟んだ斜め前を指さしながら小声で言う。


「奥の方に詰めたら、ホダカたちの様子が見えなくなっちゃうじゃん。わざわざこの席に座った意味が無くなっちゃうでしょうが」

「ま、まあ……確かに」


 少女の言葉に、俺も頷いた。

 彼女の指さした先には、ふたりの男女が座っている。――言うまでもなく、ミクと、そのか……彼氏だ。

 ハプニングによって、北武デパートの入り口で一旦はミクたちの事を見失った俺と少女だったが、その後、ここ『ヨネダ珈琲』の店内に入っていくふたりの姿を見付け、その後を追うようにして入店したのだった。

 幸いにも、たまたまミクたちが座った斜め後ろのテーブル席が空いていたので、俺たちはふたりの動きを逐一観察できる位置に陣取る事が出来た訳だ。

 だが、こちら側の席でないと、ミクたちの席に対して背中を向ける形になってしまい、ふたりの一挙手一投足が見えなくなり、せっかくの位置的優位をむざむざと失う事になる……。

 そう考え到った俺が言い淀むと、少女は顎をしゃくって向かいの席を指し示した。


「――っていうか、そんなに狭いのが嫌なら、アンタの方が席を移ればいいんじゃない?」

「だが断る!」


 少女の提案を、俺は窮地に陥った漫画家スタンド使いばりのキメ顔で断った。

 そして、身体を圧迫されて若干斜めになった視界で、輝く様な笑顔で向かいの男と談笑している幼馴染の顔に焦点を合わせながら、俺は言葉を継ぐ。


「お……俺にだって、ミクの事を見守って、か……“彼氏”とかいう悪い虫がアイツに変な事をしないように監視するっていう崇高な使命があるんだよ! だから、ひと時たりともアイツらから目を離す事は出来ないんだ!」

「ちょっと! 何しれっとホダカの事を“悪い虫”呼ばわりしてんのっ? あたしに言わせれば、あのミクとかいう女の方が、ホダカを誑かした“泥棒猫”なのッ!」

「お、お前っ! ミクの事をそんな風に言――」

「ふふふ――ねえ、あそこの席、見てみなよ」

「ぅ――?」


 思わず声を荒げかけた俺だったが、ふと周囲からのヒソヒソ笑いが耳に入って口を噤んだ。

 ヒソヒソ笑いは、俺たちの座る席の斜め後ろから聞こえてくる。


「テーブル席なのに、隣り合って座っちゃってさ。随分とラブラブじゃない?」

「ホントだ。多分、片時も離れたくないんだろうね。羨ましいなぁ、アタシもあんな風にベタベタできるカレシが欲しいな~」

「まあ……格好は何かおかしいけどね。何だろアレ……どっかで見た事があるんだよね……」

「アレだよアレ! 昔の歌手のハモってた方!」


 ……だから、CHAG〇じゃねえよ!


 思わず、若いお姉さんのものと思しき斜め後ろからの声にツッコみかけた俺だったが、俺と隣の少女が、よりにもよってカップルだと誤解されている事に気が付いて愕然とする。

 ……確かに、テーブル席でテーブルを挟まず、わざわざ隣り合って座るなんて事、アツアツイチャイチャカップル以外にする奴はいないだろう。

 よ、よりにもよって、こんな抜き身のナイフみたいに気の強そうな女とカップル扱いとか……!


「あ……あのさ」


 俺は、誤解された事をひどく心外に思いながらも、それでも懸命に気持ちを落ち着かせて、傍らの少女に声をかける。


「と、とりあえず、こんなにくっついてると周りから不自然に見られちゃうから、少し離れ……アレ?」


 そう言いながら、右隣に顔を向けた俺だったが、その声は途中で掻き消えた。

 さっきまであんなに俺と接近していた少女が、いつの間にか俺との距離を50センチほど空けて、仏頂面でお(ひや)を啜っていたからだ。


(……ほう、そうか。そこまでするほど、俺とカップルだと思われるのが嫌なのか……)


 俺は、少女の露骨な態度にそこはかとなくイラっとしつつ、ちょっぴり傷ついた。

 だが、小さく息を吐いて心を落ち着かせると、


「……ええと、それでさ」


 と、コップの縁から口を離した少女に向かって言葉を切り出す。


「さっきは、何だかんだでバタバタしてたから聞きそびれちゃってたけど……一体何者なんだ、君は? 何だか、あのホダカとかいう男の知り合いみたいだけど……」

「人に素性を聞く時は、まず自分から名乗りなさいよ、あのミクとかいう泥棒猫のストーカー」

「す、ストーカーちゃうわぁっ!」


 少女の辛辣な言葉に、思わず声を荒げる俺。

 俺の上げた怒声に、店内は一瞬静かになり、客たちの視線が俺に集中するのを感じた。

 当然その中には、斜め前のミクからのものもあって、一瞬心臓が止まったが、俺の()()()変装が功を奏したようで、何とか俺だと気付かれずに済んだようだ。

 ――その時、


「……ちょっと! ホダカに見つかったらどうするの!」


 と、咄嗟に顔が見えないように野球帽の庇を下げて俯いた少女が、小さな声で俺の事を責めてくる。

 俺は、軽く手を合わせると、彼女に向けて軽く頭を下げてみせた。


「ご……ゴメン。――だけど、そもそも、君が俺の事をストーカー呼ばわりしたのが悪いんだぜ」

「……ゴメン」


 意外な事に、謝りついでの俺の反論に対して、少女は素直に謝罪の言葉を口にした。……顔は相変わらずの仏頂面だったけど。

 俺は、彼女の反応に拍子抜けしてしまう。


「……ごほん」


 そして、気を取り直すように咳払いをすると、自分の事を指さしながら口を開いた。


「……俺の名前は、本郷颯大(ほんごうそうた)大昇(だいしょう)大学文学部史学科二年。あそこに座っている沢渡未来(さわたりみく)の幼馴染だ。ストーカーじゃなくて、な」

「……なに? 急に」

「君が、『人に素性を聞く時は、まず自分から名乗れ』って言ったから、俺の方から名乗ってみただけだけど」

「……」


 少女は、俺の言葉に不満そうに頬を膨らませる。そして、コップの中に残った氷を口に含んでバリバリと噛み砕くと、顔を前に向けたまま、ぼそりと呟くように言った。


「……あたしは、立花瑠璃(たちばなるり)。今は高校二年で、ホダカ――藤岡穂高(ふじおかほだか)とは、生まれた時からの幼馴染――だよ」

「な――ッ?」


 ぶっきらぼうな態度で告げられた少女――立花瑠璃の素性に、俺は驚愕し、目を大きく見開く。


「こ……高校二年生ッ? お……俺はてっきり、まだ中学生くらいかと――」

「おいコラ! 驚くトコ、そこかいぃぃッ!」

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