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第三十六訓 TPOはわきまえましょう

 「ところで――」


 一見和やかながら、若干二名ほどが妙な緊張感に苛まれる昼食の時間も終わりに差し掛かった時、おもむろに藤岡が俺に向かって尋ねてきた。


「あ……は、はい? 何スか?」


 俺は、穏やかな表情で話しかけてきた藤岡に警戒しまくりながら、恐る恐る答える。

 藤岡は、そんな俺に爽やかな微笑みを向けながら、言葉を継いだ。


「確か、本郷くんは今……大学二年生だったよね?」

「あ……はい、そうっスけど」

「大学は、東京の?」

「え、ええ……大昇大学です。――それが何か?」


 コイツ……さては、俺の大学をFランだ何だと馬鹿にするつもりなのか? ……まあ、確かに、一流大学だとは言えないけどさ……。

 少しムッとしながら訊き返した俺に、藤岡は更に問いを重ねる。


「じゃあ、大学へは、実家から通ってる感じ? あそこからだと、かなり時間がかかるんじゃないかい?」

「あ、いや……」


 俺は、藤岡が『あそこ』と、まるで俺の実家を既知の場所であるかのように言った事に引っかかりつつ、首を横に振った。


「今は実家を出て、ひとり暮らしをしてます。赤発条(あかばね)駅の近くで」

「……赤発条?」


 俺の答えを聞いた藤岡が、目を丸くする。


「赤発条って……結構、家賃が高いんじゃないか?」

「そうでもないっすよ。ウチは月々五万くらいです」

「……五万だって?」


 藤岡が、驚いた顔をして身を乗り出してきた。


「赤発条の駅近くで、家賃が月々五万……? そんなに安い所なんてあるのか……?」

「ま、まあ……ウチは築四十年のオンボロワンルームなんで、多少はね……」


 俺は、家賃の話題に対して妙に食いついてくる藤岡に辟易しながら、おずおずと答える。

 だが、藤岡は納得しがたい様子で、大きく首を横に振った。


「いや! あそこの家賃は、安くても七万円台からだったよ。僕が一人暮らしする時に、赤発条を候補のひとつにして物件を探してたから間違いない」

「あ……そうなんすか……」

「……どうして、君の住んでいるところだけ、そんなに安いんだろう?」


 そう呟きながら首を傾げる藤岡を前に、俺は曖昧な愛想笑いを浮かべながら、内心で困っていた。

 ……実のところ、俺は自分の部屋の家賃が安い理由を知っている。入居の契約をする前に、不動産屋さんから聞かされていたからだ。

 そして……その時、同時に釘も刺されていた。

 「この事は、あまり他の人に言わないで下さい」――と。

 だから、この話題は早々に有耶無耶にして、別の話題に移ってほしかったのだが……。


「……ひょっとして、そこって“訳アリ物件”ってヤツなんじゃないの?」


 ちょっと! 余計な事を言わないでよ、立花さん……!

 ――しかも、当たり(ビンゴ)だし。


「そ、そうちゃん? そうなの?」

「あ……いやぁ……」


 顔を強張らせながら尋ねてくるミクにタジタジとなりながら、俺は苦笑いを浮かべる。

 最初は不動産屋さんに義理立てして、適当に誤魔化そうかなとも思ったものの、(まあ……別にいいか)と思い直し、俺はコクンと頷いた。


「まあ……そんな感じ……」

「ひっ……!」

「うわ、マジだったの……」


 俺の答えを聞いて、ドンびきした様子のふたりの顔を見て、俺は住まいが事故物件だと認めた事を即座に後悔する。

 それでも、俺は少しでも印象を良くしようと、慌てて言葉を継いだ。


「いや! ……でも、そんなにやべー感じじゃないから! 事故物件だって言っても、前に住んでた爺さんが老衰でポックリ逝っちゃっただけだし! 発見されるのが早かったから、腐ったり溶けたりもしてなかったっていう話だし――」

「ちょ……そうちゃん……しーっ!」


 捲し立てる俺の事を、立てた人差し指を自分の唇に当てながら、ミクが慌てて制する。

 彼女は、恐る恐る周りを見回しながら、顰めた声で俺に言った。


「その……ご飯食べる所で、そういう話を喋るのはちょっと……」

「あ……」


 ミクの囁きで、俺も自分の発言のマズさに気が付く。確かに、飲み食いするスペースで、ポックリ逝っただの腐っただの溶けただのという話題は、不謹慎どころの話ではない……。

 俺は、慌てて周囲を見回した。……だが、幸い、フードコート内はピーク時を過ぎていた為、俺たちの座っている周囲のテーブル席は空いていて、今の発言を耳にして気分を悪くしているような人は居ないようだった。

 俺はホッと胸を撫で下ろしながら、三人に向かって深々と頭を下げる。


「えと、その……ごめんなさい」

「う、ううん。私は大丈夫だよ。ちょっとビックリしちゃったけど……」


 俺の謝罪に、ミクは屈託の無い笑みを浮かべながら、フルフルと首を横に振るが、その笑みは少しだけ引き攣っているようだ。……そらそうよ。

 本当にゴメン、ミク……。

 一方、立花さんは、眉間に深い皺を寄せて、俺の顔を怖い目で睨みつけてくる。


「……まったく! ()()()ってヤツを考えなよ! 見た目通り、デリカシーの無い男ッ!」

「いや……ホントゴメン。気を付けます。……ところでさ」


 俺は、ぷりぷりしている立花さんに向かって深く頭を下げた後、恐る恐る尋ねた。


「何よ?」

「いや……さっきの“TKO”って何なのかなーって思ってさ」


 俺は、神妙な顔を作りながら、「は?」と言いたげな立花さんに向かって言葉を継ぐ。


「その……“テクニカルノックアウト”を考えるって……どういう意味?」

「テクニカル……何それ?」


 立花さんは、俺の問いかけに対し、訝しげな表情を浮かべながら首を傾げた。

 そして、眉間の皺を更に深くしながら答える。


「ほら……よく言うじゃん。“時”と“場所”と“場合”を考えろって。それを“TKO”って――」

「……節子、それ“TKO”ちゃう。“TPO”や」

「はい?」


 俺の訂正を聞いた立花さんは、キョトンとした顔をする。

 そんな彼女の顔が面白くて、思わず頬が緩むのを堪えながら、俺は更に詳しい説明を述べた。


「“Time()”と“Place(場所)”と“Occation(場合)”の頭文字を合わせて“TPO”だよ。君が言ってた“TKO”は“Technical(テクニカル) KnockOut(ノックアウト)”。ボクシングの用語で、レフェリーの判断で試合を終わらせ――」

「ふんッ!」

「痛ぇッ!」


 顔を真っ赤にし、鬼のような形相になった……まさに“赤い小鬼”と化した立花さんがテーブルの下で放った渾身のローキックをモロに脛に受けた俺は、思わず悲鳴を上げる。


「ちょ……ちょっと……いきなり何を――!」

「うっさいっ!」


 俺の抗議の声を金切り声で遮った立花さんは、ぷうと頬を膨らませると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 俺は理不尽な加虐に憮然としながらも、彼女がさっきのイジリで怒るのも無理はないと思い直し、びりびりと痛む脛を擦りながら顔を上げる。

 そして、彼女に謝ろうと口を開きかけた時、テーブルの向こうから妙なプレッシャーを感じた。


「あ……藤岡……サン……」


 プレッシャーの正体は、立花さんの幼馴染だった。

 彼は、どこか険しい表情で、俺の顔を睨むように凝視している。


「あ……ええと……」


 俺は、メガネの奥から俺を凝視する藤岡の視線の鋭さに気圧され、言葉を詰まらせた。


(や、やべえ……。ひょっとして、怒らせちゃった……?)


 確かに、幼馴染を初対面の男がからかったりしているのを見たら、愉快には思わないだろう。

 というか、俺がその立場だったら、確実にブチ切れる……。


「あ、その……す、すみませんでし――」

「本郷くんッ!」

「ひぃっ?」


 唐突に声を上げた藤岡に驚き、俺は思わず情けない悲鳴を上げた。

 すると、メガネの奥の目を血走らせた藤岡が、俺に向かって勢いよく身を乗り出してくる。

 その勢いにビビった俺は、咄嗟に両腕で防御姿勢を取りながら、ペコペコと頭を下げた。


「アッ! ま、マジでごめんなさいっ!」

「――って事はつまり! 君は今、事故物件に住んでいるという事なのかいッ?」

「別に悪気は無かっ……ハイィ?」


 懸命に釈明しようとする俺だったが、藤岡の口から出た言葉を認識するや、キョトンとして当惑の声を上げる。

 そんな俺を前に、藤岡は、まるでミヤマクワガタを見つけた小学生のように、その目をキラキラと輝かせるのだった……。

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