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第三百三十二訓 他人にも分かりやすいように喩えましょう

 結局……ふたりの猛獣の苛烈な攻めに耐え切れなかった俺は、昨日までの顛末を余さず話す羽目になった。


「と、まあ…………そんなとこっす」

「まああああ~っ!」


 俺が話し終えるや、眼鏡の奥の目をキラキラ光らせた檀さんが黄色い声を上げる。


「いいわねぇ~っ! まさに青春ってカンジで~! うーん、甘酸っぱくて、ビールが進むわぁ~!」

「いや……なに人の恋愛話を酒の肴にしてるんすか……」


 俺は、話の途中で来ていて、上に乗ったバターが跡形もなく溶けてしまった味噌バターコーンらーめんに箸を入れながら、自分の向かいではしゃぐ檀さんにジト目を向けた。

 そんな俺の視線も意に介さずに、さっきおかわりしたジョッキのビールをぐいっと呷った檀さんは、「ぷはぁ~っ!」とオッサンみたいな息を吐いてから、にんまりと笑う。


「いやぁ、そういう心にキュンキュンきちゃうウブな恋愛……旦那と付き合ってた時の事を思い出すわぁ。うらやましい~」

「う、うらやましい……っすか?」


 俺は、檀さんの言葉に困惑して、思わず首を傾げた。


「そんな羨まれるようなもんじゃないと思うんですけど……」


 湯気を立てる濃厚な味噌スープの中に浮く麺を何となく箸でかき混ぜながら、俺は昨日の事を思い出してモヤモヤする。


「なんか……やる事なす事全部うまくいかない感じで……いざという時にビビッて何も出来なかったり……かと思えば、気が付いたら気持ちが突っ走って暴走してるし、後から『もっといいやり方があったんじゃねえの?』って思って悔んだりする事ばっかだし……」


 そう言いながらモチモチの麺を箸で持ち上げた俺は、大きな溜息を吐いた。


「なんつーか……真っ暗闇の中でめちゃくちゃ苦しいマラソンしてる感じっすよ、マジで……」

「まあ……恋ってそういうもんだからね。――片想いなら特にさ」


 レンゲで掬ったスープを一口啜った四十万さんが、俺のボヤキに苦笑しながら言う。


「確かに、今は苦しかったり悔しかったりするだけかもしれないけどさ。時間が経ってから思い返すと、案外と悪くないモンだったって思えるんだよ。ホンゴーちゃんはまだ若いから、まだそういうのは理解できないかもしれないけどね」


 そう言った四十万さんは、急にハッとした顔をして、なぜか俺を睨んだ。


「……って、ホンゴーちゃんッ! 誰がババくさいってぇっ!」

「い、いやいや! 別にそんな事一言も言ってないじゃないっすか!」


 あらぬ非難を受けた俺は、慌てて首を左右に振って潔白を訴える。

 と、 


「まあまぁ~、それはおいといて~」


 誤解で勝手にプンプンしている四十万さんの肩に手を置きながら、檀さんが口を挟んだ。

 そして、アルコールの追加接種で更に真っ赤になった顔を俺に向けて、チョコンと首を傾げてみせる。


「それで……本郷くんはこれからどうするつもりなのぉ?」

「え……?」


 檀さんの問いかけに、俺はドキリとした。

 そんな俺の顔をじっと見つめていた檀さんは、フッと表情を緩める。


「その顔だと……何か考えてる事があるんでしょ?」

「う……」


 半分確信しているような檀さんの口調に、図星を衝かれた俺は言い淀んだ。

 ――昼間のラウンジで一文字が言っていた事が、頭に思い浮かぶ。

 『もう一回JK(ルリちゃん)と直接会って好感度を上げればいい』という一文字の言葉に内心で惹かれつつも『で、でも……俺はルリちゃんに「返事を待つ」って言っちゃったし……』と躊躇する俺のヘタレぶりに呆れながら、あいつはひとつの案を出してくれたのだ。


「そ、その……出来ればもう一度会って、“体験版”を……」

「「……体験版?」」


 俺の答えを聞いた四十万さんと檀さんは、訝しげに互いの顔を見合わせた。


「体験版って……テレビゲームで良くある『発売前に序盤のステージを遊べます』的なアレ?」


 首を傾げながら訊いてくる四十万さんに、俺は小さく頷く。


「そ、そうっす……」

「それと君の恋愛に、何の関係が?」

「それは……」


 真顔で訊き返された俺は、答えに窮した。

 と、


「ははあ……そういう事ねぇ」


 意味を察したらしい檀さんが、したり顔でうんうんと頷いた。


「要するに……新車の試乗会みたいな事をしたいって感じなのね」

「あ……は、はい。正にそんな感じっす」

「? どういう意味? 私にはまだ良く分からないんだけど」


 一文字が口にした『体験版』なんかよりもずっと分かりやすい檀さんの喩えに、得たりと膝を叩いた俺に対し、四十万さんの方はまだまだピンとこない様子で眉を顰める。

 そんな先輩に苦笑しながら、檀さんが補足を入れた。


「新しい車を買う時って、買う前に色々調べるじゃないですか。お値段は当然として、外見のデザインとか燃費とか……」

「うん、それはそうだよね」

「でも、乗り心地とかハンドルの重さとか……カタログだけじゃ分からない事も多いから、実際に乗って試してみるものでしょう? それと同じように、本郷くんは、そのルリちゃんって()に自分を試してほしいと考えてるんですよ」

「あぁ~、ナルホド。そういう事かぁ」


 檀さんの説明を聞いて、ようやく合点がいった様子で、四十万さんは手を叩く。


「つまり、タチバナちゃんとホンゴーちゃんがカップルって“設定”でデート (仮)(カッコカリ)した上で、あの子に自分が本物の彼氏としてふさわしいかどうか判断してもらおうと考えてるって事?」

「ま、まあ……そんな感じです……ハイ」


 俺は、照れくささやらなんやらで頬がカッと熱くなるのを感じながら、四十万さんの言葉にぎこちなく頷いたのだった。

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