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第三訓 TPOに合わせた格好をしましょう

 その翌日――。


 今日は日曜日という事もあってか、北武デパート正面入り口に建っている、炎のたてがみを逆立てながら咆哮している獅子の銅像――通称『炎獅子像』の前は、朝から沢山の人でごった返していた。


「……」


 黒い中折れ帽を目深に被り、黒いサングラスをかけた俺は、炎獅子像から少し離れたベンチに腰掛け、スマホの画面に見入るふりをしながら、サングラス越しに炎獅子像周辺の人の動きに絶えず目を配っていた。

 この中折れ帽とサングラスは、以前に観た古い探偵ドラマにハマった時に、その主人公に影響されて衝動買いしたものである。買ったはいいが、使用する機会が無くて、ずっと家のクローゼットの中に仕舞っていたのだが、今回ミクの初デートを監視する……もとい、尾行……いや、見守る為に、人の目 (特にミクの目)を忍んで行動する必要があるので、晴れて使用の機会が訪れたという訳だ。

 ほら、浮気調査とか、探偵ものの定番じゃん……。


「……って! う、浮気って何だよっ!」


 俺は、自分のモノローグに思わずツッコんだ。

 そして、突然上がった絶叫に、周囲の人たちが驚いた顔で一斉に俺の事を見る。


「……ッ!」


 四方八方から突き刺さる視線を感じた俺は、慌てて中折れ帽を更に深くかぶり直し、身を固く縮こまらせた。

 そして、


「い、いや~……この動画面白いなぁ~。面白過ぎて、思わずツッコミを入れてしまったよ~。ははは……」


 と、スマホを食い入るように見つめるふりをしながら、いかにも動画に夢中になっている体を装う。

 そして、数十秒そのままの体勢を取った後に、恐る恐る目を上げて周囲の様子を窺った。

 ……どうやら、うまく誤魔化せたようだ。人々は俺の事をチラチラと盗み見ながら、俺が座るベンチから微妙に距離を取っていて、広場は混み合っているにもかかわらず、俺の周囲だけ不自然なスペースが空いている。


(……あれ? 誤魔化せてるか、コレ?)


 と、周囲の反応に不安が過ぎる。

 ――その時、チェックのワンピースを着た5歳くらいの女の子が、戸惑っている俺の事を指さしながら声を上げた。


「ねえ、ままー。あのひと、テレビでみたことあるひとだ―!」

「こ、こらっ! 人の事を指さしちゃいけません!」


 お母さんらしき人が、女の子の事を慌てて窘める。

 指さされた俺は、(あんなに小さいのに、あの探偵ドラマを観た事があるのか……。なかなか通な子だな……)と思いつつ、ぎこちない笑いを浮かべながら、壊れかけのロボットのような挙動で女の子に手を振った。

 女の子は、俺が手を振ったのを見て、その幼い顔を綻ばせると、傍らのお母さんに向けて興奮した声で言った。


「ほらー、やっぱり! あのひとだよ、このまえの――」

(この前……? 再放送でもやってたのかな?)

「うたばんぐみでハモってたひとー!」


 ……いや、それはCHA〇Eェェェッ!

 俺は、女の子の言葉に、思わずベンチから尻を滑らせる。

 いや……確かに〇HAGEもサングラスに中折れ帽子だったけどっ! ……っていうか、よくC〇AGEの事知ってたな、女の子ッ!


「こ……こらっ! もう行きますよッ!」


 お母さんは、明らかに狼狽した様子で、俺の事を指さし続ける女の子の手を掴むと、半ば引きずるようにしてその場を足早に去っていった。


「……」


 俺は、無言のままベンチに座り直すと、憮然としながらスマホのインカメラを起動する。

 そして、液晶画面に映し出された自分の顔とにらめっこしてみた。


「……そんなにCH〇GE顔か、俺? この、中折れ帽子から飛び出たクセ毛とか、結構〇藤ちゃんっぽいと思うんだけどなぁ……」


 そんな事をブツブツ言いながら、俺はスマホの画面を消す。

 そして、ふと周りを見回すと、俺の回りに不自然に空いたスペースが、さっきよりも半径1メートルほど広がっているのに気が付いた……。


「……ゴホンゴホン!」


 気まずさを感じた俺は、わざとらしく噎せたふりをしながら、ベンチを立つ。


(ちょ……ちょっと目立ち過ぎた。これじゃ、ミクにすぐ見つかっちゃう。取り敢えず、ここは一時撤退して、別の場所に移動しよう……)


 そう考えて、そそくさとその場を立ち去ろうとした俺だったが、チラリと視界の隅に入った人影に気を取られて立ち止まった。


(い――今のは!)


 俺は、サングラスの奥の目を大きく見開くと、慌てて振り返る。

 真っ直ぐ炎獅子像に向かって歩く、丈の長いワンピースに黒い薄手のカーディガンを羽織った若い女性の後ろ姿。

 ――あれは、間違いない……ミクだ!


「み……ミ……!」


 俺は、ミクの背中に向けて反射的に声を上げかけたが、今日はミクに俺の存在を気付かれちゃいけなかった事を思い出して、咄嗟に口を塞ぐ。

 そして、急に振り向いたせいでズレてしまったサングラスをそそくさとかけ直し、中折れ帽を更に深く被ると、傍らに立っていた街灯の後ろに隠れた。


「……」


 俺は固唾を呑んで、ミクの後ろ姿を目で追う。

 彼女の行く先に、あの男が居るんだ。

 ――そう、“ホダカさん”とかいう、ミクの彼氏が!


「誰だ……? 誰が、アイツのか……彼氏なんだ――?」


 俺は、サングラスで目が隠れているのをいい事に、炎獅子像の周りにいる男たちの事を観察する。


(……あの、いかにも遊んでそうな茶髪男か? あ、あんな遊び人が彼氏なんて、俺は絶対に認めねえぞ! ……それとも、あの背広を着たサラリーマン風の男? いや……もしかして、植え込みの縁に座って競馬新聞を広げてるオッサン……は、さすがに無いか……)


 そんな事を考えながら、俺はミクが誰の元に向かうのか、心臓を高鳴らせながら見守る。

 ――そして、アイツがおもむろに手を挙げると、小走りになった。どうやら……“ホダカさん”の姿を見付けたらしい。

 そして……、


「……アイツか!」


 手を振りながら近寄ってきたミクに対し、ひとりの男が微笑みながら手を振り返しているのを確認する。

 それは、縁なしの眼鏡をかけた、真面目そうな若い男だった。


「……」


 俺は、色々な思いで鼓動を高鳴らせながら、ミクと言葉を交わしている男の容姿を観察する。


 背は……悔しいけど、多分俺よりも数センチ高い。大体175センチくらいかな……?

 白無地のTシャツの上に、涼しげな水色の半袖シャツを重ね、紺のスキニージーンズを穿いている。……なんか、シンプルだけど普通にオシャレで、何だかムカつく。

 顔は……まあ、平均よりは上か? でも、美男子と言えるほどでもない。まあ……せいぜい、俺と同じくらいってとこか? あ、いや、そんな白けた目で見ないで……。

 少し短めに切った黒髪をヘアワックスを使い、いわゆる“無造作ヘア”と言われるヘアスタイルで固めているようだった。……一応、俺も“無造作ヘア”ではあるんだけどな。

 まあ……俺のは、千円カットで短く切って、それから伸びるに任せただけなので“無造作”というより“無加工ヘア”と呼んだ方が相応しいとも言うが……。


 ……って、俺の事はどうでもいい!


 俺は、ブンブンと首を激しく振って、あらぬ方向に行きかけた思考を取り戻すと、談笑しているふたりに目を向けた。

 俺の位置からではミクの表情を窺い見る事は出来ないが、楽しげなのは後ろ姿からでも嫌というほど解る……。多分、ミクは今、幸せいっぱいの笑顔を“ホダカさん”に向けているに違いない……。


「ぐぅ……」


 俺は、何とも言えない敗北感と寂寥感に襲われ、胸を押さえた。

 ああ、何だか……無性にこの世から消えたい……。


 ――と、

 その時、“ホダカさん”が身体を翻し、ミクの事を促すように、掌を上にした腕を北武デパートの正面入り口の方に伸ばしたのを見る。


「あ――移動するのかっ」


 俺は、それまでの沈んだ気持ちを無理やり振り払うと、デパートの方へ歩き出したふたりの後を追おうと、街灯の陰から飛び出した。

 そして、足早に歩き出そうとして――、


「キャアッ!」

「う、うわっ!」


 俺の死角から走ってきた人影とモロに衝突してしまった。

 ぶつかってきた人影と俺は、堪らず道に尻餅をつく。


「痛たたた……」


 俺は、強かに打った尻を擦りながら、ヨロヨロと立ち上がった。

 そして、俺とぶつかって倒れた人に向かって、慌てて手を伸ばす。


「あ……す、すみません! 大丈夫で――」

「痛ったいわね! どこ見て歩いてんのよッ!」

「――ッ!」


 俺の労りの言葉を遮るようにして浴びせられた鋭い怒声に、俺はビックリして硬直した。

 そんな俺が伸ばした手……ではなく、腕をがっしと掴んで立ち上がったのは、明るい茶髪のショートボブを隠すようにブカブカの野球帽を被った小柄な少女だった。

 彼女は、ジーンズ素材のショートパンツを穿いたお尻を手でパンパンと叩くと、唖然とする俺の顔を、どことなく猫を思わせるような大きな瞳でジロリと睨みつけてきた。


「ちょっと! 気を付けてよね!」

「い、いや、ちょっと待てよ!」


 俺の事を責める少女に、俺は思わずムッとしながら声を荒げる。


「た……確かに俺も不注意だったけどさ! き、君の方も悪いんじゃないの? ぶつかってきたのはそっちからだったじゃん!」

「何よ! あたしが悪いって言うのっ?」


 俺の声に対し、不満げに言い返す少女。その様子は、まるで全身の毛を逆立てて威嚇する野良猫のよう。

 何だか知らないけど、とても気の強い()で、正直言って俺の苦手なタイプである。

 ――と、

 少女は唐突にハッとした表情を浮かべ、「いっけないっ!」と叫びながら、慌てた様子で正面入り口の方に目を遣った。

 そして、大げさな身振りで両手で頭を押さえると、悔しげに声を荒げる。


「あ――っ! もうデパートの中に入っちゃったじゃん! まったく……こんな時代遅れな探偵のコスプレした変な奴なんかに絡まれてた隙に……!」

「お、おい! 誰が変な奴だってッ? つか、別に絡んでねえよっ!」


 不本意な呼ばれ方と誤解を招きかねない事を言われた俺は、慌てて抗議の声を上げる。

 ――が、その次に少女が口走った言葉に、俺は驚愕した。


「――もう! 早く後を追いかけないと……()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!」

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