第二百九十一訓 イチャつくカップルは邪魔しないようにしましょう
「ええと……」
そう呟きながら、ルリちゃんはテニスコートくらいの広さの空き地を見回す。
「どっか、座れそうなとこ無いかな……」
「ちょ、ちょっと待って!」
お邪魔する気満々の彼女に、俺は慌てて声をかけた。
「座れそうなとこって……マジでここで食べる気なの?」
「そだよ。当たり前じゃん」
ルリちゃんは、俺の問いかけにあっさり頷き、それから怪訝な顔をして首を傾げる。
「何の為にこんなとこまで来たと思ってんのさ? 表じゃ人が多すぎて、とてもじゃないけど落ち着けないじゃん。ここなら、ゆっくり食べられるよ」
「そ、そりゃそうだけど……。でも……」
俺は、彼女の答えには納得しながらも、空き地のあちこちで固まってイチャイチャしているカップルたちを恐る恐る見渡した。
「こんなたくさんカップルがいる中で飯を食うのは、ちょっと場違いというか、邪魔になりそうっつうか……」
「ジャマ? いや、大丈夫でしょ」
そう答えて、ルリちゃんは空き地にいるカップルの数を「ひとつ、ふたつ……みっつ……」と数え始める。
「……全部で五組くらいいるけど、みんな離れてるし、場所も空いてるから、あたしたちが入ったって平気っしょ」
「いや、スペースとか人口密度とかの問題じゃなくって……」
そう言いながら、俺は物置小屋の壁にもたれかかってイチャついているカップルをチラリと見た。
「その……み、皆さん盛り上がってるところでバクバク飯を食ってたりしたら、せっかくのラブラブな雰囲気を台無しにしちゃうんじゃないかと……」
「ああ、そっちね」
俺の言葉に、ルリちゃんは苦笑を浮かべ、それから首を横に振る。
「それも大丈夫でしょ、ほら……」
彼女はそう言って、空き地にいるカップルたちを指さした。
「みんな、すっかり自分たちだけの世界に浸ってるもん。この中にあたしたちが混ざって何してようと気にも留めないでしょ」
……ルリちゃんの言う通り、居合わせたカップルたちは、後からやって来た俺たちの事など気にする様子も無く、熱いを通り越して暑苦しいほど――喩えるなら、R18レベルではないが、子連れのお母さんが思わず子どもの目を塞ぎそうなくらい――にイチャつき続けている。
これなら、隣で焼きそばを啜っても、熱々のたこ焼きで口の中をヤケドして悲鳴を上げても、確かに苦情は上がらなさそうだ……。
――でも……、
「しかしねえ……君。俺たちとしては、あくまで友だちの間柄なのだから……」
俺は、テロリストなカボチャ頭に射殺された某保健衛生大臣のような口調で、おずおずと言う。
「その……こういう“カップル限定”みたいな場に紛れ込むのは、あまり良くないんじゃないかと……」
「いいじゃん、別に」
ルリちゃんは、そんな俺の言葉にも涼しい顔だ。
「だって、入口に『カップル以外立ち入り禁止』とか『ぼっちお断り』とか書いてある訳でもないし、『カップルの周囲二十メートル以内に立ち入ってはいけません』みたいな法律がある訳でも無いんだしさ」
「ま、まあ、確かにそうだけど…………って、そ、そういう事じゃなくって!」
思わずルリちゃんの正論 (?)に丸め込まれかけた俺だったが、すんでのところで踏みとどまり、慌ててかぶりを振った。
「そういう『決まりや法律がある訳じゃないからセーフ!』みたいのじゃなくて。――倫理……って言ったら大げさかもしれないけど、何というか……遠慮するというか、空気を読む的な――」
「あ、いいとこ見っけ! ソータ、あそこにしよ」
「って、おいいいいいっ! 人の話を聞けええええっ!」
自分の声をあっさりスルーしてさっさと歩き出すルリちゃんに、俺は思わず大声で叫ぶ。
と――次の瞬間、
「「……」」
「「……」」
「「……」」
「「……」」
「「……」」
それまでお互いの事しか見ていなかったカップルたちが、一斉に俺の方に顔を向け、無言のまま冷たい目を向けてきた。
「アッ……し、失礼しました……」
彼らの非難に満ちた視線を一斉に受けた俺は、タジタジとなりながら消え入るような小声で謝り、慌ててルリちゃんの後を追い、座るのにちょうどいい大きさの土管に腰を下ろした彼女へ声を潜めて言う。
「ほ、ほら、言わんこっちゃない! カップルさんたちに怒られちゃったよ!」
「いや、そりゃそうでしょ」
俺の抗議に、ルリちゃんは涼しい顔で答えた。
「公共の場であんなバカみたいな大声で叫べば、誰だって怒られるよ。相手がカップルとか関係無しにね」
「ぐむむ……」
「ほら、そんな事はどうでもいいから、こっち来て座りなよ。せっかく買った食べ物が冷めちゃう」
そう言いながら、彼女は自分の隣を手に持ったりんご飴で指す。
だが、それに対して俺は躊躇した。
「い、いや、俺はいいよ。立ったまま食うから……」
「は?」
俺の答えを聞いたルリちゃんは、訝しげに眉根を寄せる。
「何言ってんの? 立ち食いするのがどうのとか言ってたの、ソータじゃん」
「ま、まあ……それはそうだけど……でも……」
「でも?」
ルリちゃんは、俺の歯切れの悪さにますます眉間の皺を深くした。
「でも何さ?」
「その……」
彼女の問いかけに、俺は一瞬口ごもる。
だが、ちゃんと理由を伝えないとルリちゃんは諦めないだろうと思い直して、言うのは恥ずかしかったけど正直に答えた。
「な、なんか、女の子と並んで座るのが照れるっていうか……特に、こういうカップルばっかりのところだと、その……どうしても意識しちゃうというか……」
「……はぁ」
俺の答えに対して、ルリちゃんは溜息とも呆れ声ともつかない声を漏らす。
そして……次の瞬間、空いた方の手で俺の腕を掴んで、強引に引っ張った。
「わっ!」
「ほら! いいから座る!」
バランスを崩してたたらを踏んだ俺は、腕を掴んだルリちゃんにうまく操られ、土管に座る彼女の隣に腰を落とす……いや、強く打ちつける。
「痛ってえぇっ!」
固い土管に思い切り尾てい骨を打った俺は、思わず苦悶の悲鳴を上げた。
そんな俺に、ルリちゃんは呆れ顔を向けながら言う。
「なに今更恥ずかしがってんのさ。並んで座るなんて、今日に始まった事じゃないでしょ?」
「そ、そうだっけ?」
「そうだよ」
訊き返す俺に、ルリちゃんは苦笑を向けた。
「忘れちゃった? ぶっちゃけ、最初に会った時もそうだったじゃん。ほら……」
そう言った彼女は、ふと寂しげな表情を浮かべ、それから少し沈んだ声で続ける。
「……ホダカとミクさんのデートをいっしょに尾けた時に……『ヨネダ珈琲』の席で……さ」
「あ……」
彼女の言葉で思い出した。
確かに、あの時、楽しそうなミクと藤岡さんの姿を、斜め後ろの席からルリちゃんと並んで監視……もとい、見守っていたんだった。
「そういえば、そうだったね」
「なに、ひょっとして忘れてたの?」
俺の返答を聞いたルリちゃんが、ぷうと頬を膨らませた。
「ひどくない? あたしとソータが初めて会った時の事なのに、きれいに忘れてたとか! つーか、あたしだけ覚えてたとか、なんか不公平っ!」
「いや……不公平て……」
「なんかムカつく! ソータのバカ! 薄情者ッ!」
「ご、ごめんごめんっ!」
ルリちゃんに怒られながら、俺は慌てて謝り――心の中で首を傾げる。
(……つか、なんでルリちゃんは、俺が初めて会った時の事を忘れてただけでこんなに怒ってるんだろ……?)
――と。




