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第二百四十一訓 仕事仲間とはきちんとコミュニケーションを取りましょう

 ルリちゃんと藤岡と一緒に心霊スポットに行き――ルリちゃんの恋が終わったあの日から一週間後――、

 バイト先の売り場で、いつものように品出しをしていた俺は、突然声をかけられた。


「最近、なんかイイ事でもあったの、ホンゴーちゃん?」

「へっ?」


 品出しに集中していた俺は、不意の問いかけに驚き、棚に並べようとしていたコピー用紙の束を落としかけて、変な声を上げてしまった。

 慌てて持ち直したコピー用紙を棚に置いた俺は、声の主である四十万さんの方に振り返りながら首を横に振る。


「いや……別に、何にも無いっすけど……?」

「あらそうなの?」


 俺の答えに、四十万さんは意外そうに首を傾げた。

 そして、少し俺の方に顔を寄せ、声を潜める。


「ほら……君、アレ(失恋)しちゃってから、一ヶ月近くずーっとテンション低かったじゃん。なのに、最近は元の調子に戻ってるように見えるから、プライベートで何かイイ事があったのかなぁって」

「そ、そうっすか?」


 四十万さんの言葉に、俺は当惑しながら訊き返した。


「そんなにテンション低かったっすか? まあ……アレ(失恋)した直後はそうだったかもしれませんけど、その後は極力いつも通りにしてようとしてたつもりだったんですが……」

「低かったなんてもんじゃなかったよ」


 俺の答えに、四十万さんは呆れ声を上げる。


「君の周りだけ、妙にドス黒い瘴気みたいなものが漂ってる感じだったもん。頑張って平静を取り繕ってたつもりなんだろうけど、雰囲気っていうのはなかなか誤魔化せないモンなのよ」

「そ、そうなんですか……?」

「まあ、私は接客業やって長いから、普通の人より敏感に感じちゃうところはあるけどさ……」


 そう言った彼女は、ハッとした顔をして、慌てて付け加える。


「あっ! 長いって言っても、まだ十年も経ってないからね! まだ勤続年はギリギリ一ケタだから!」

「は、はあ……」


 妙に必死に繰り返す四十万さんに気圧されながら、ぎこちなく頷く俺。

 取り乱した事を誤魔化すように、わざとらしく咳払いをした四十万さんは、「でも……」と続けた。


「ここ最近になって、ちょっと元のホンゴーちゃんに戻った感じがするんだよね。どんよりしたオーラが消えて、暗くなくなったって感じ」

「え? そんなに明るくなってます、俺?」

「“暗くなくなった”とは言ったけど、“明るくなった”とまでは言ってないよ。そうね……喩えるなら、『真っ暗だった部屋の雨戸だけ開けた』ってくらいの感じ」

「いや、分かりづらいっすよ、その喩え……」

「あ、ちなみに、窓の外は曇り空ね。なんなら、にわか雨一歩手前くらいの」

「って、ソレ雨戸開けてもあんまり変わらなくないっすか?」


 四十万さんの補足に、俺は慌ててツッコミを入れる。


「っていうか……それで『元に戻った』って思われるって、どんだけ暗いと思われてるんすか、俺……?」

「え? むしろ、そんなに自分の事を陽キャだと思ってたの、君?」

「ぐはッ!」


 唸りを上げて飛んできた正論の石直球をまともに食らい、ガラスハートが粉々に砕け散った俺は、その場にがくりと膝をついた。


「そ、そりゃ……自分でも性格が明るいとも、ましてや陽キャだとも全然全く爪の先ほども思っちゃいないっすけど……もう少しこう何というか、手心というか……」

「あはは、ゴメンゴメン」


 落ち込む俺に笑いながら謝った四十万さんは、「でもね……」と続ける。


「一時期はホントに心配してたんだよ。それこそ、今みたいにからかうのも躊躇うくらいにね」

「四十万さん……」

「いやー、良かった良かった。壊れたゲームの修理が終わって戻ってきたって感じで安心したよー」

「……って、俺はゲーム機と同じカテゴリーかいいいっ!」


 四十万さんの言葉に、俺は思わず叫んだ。

 と、彼女は目を好奇心で輝かせ、ずいっと間合いを詰めてくる。


「で? 何があったの? ひょっとして、彼女でも出来た?」

「出来てねえわっ!」


 俺は、『ゲスの極み乙女』と呼称するに相応しい顔をしている四十万さんの問いかけを、強い口調で否定した。


「彼女ができるどころか、むしろフラれたわ! それは、四十万さんも知ってるでしょうがあっ!」

「いやぁ、幼馴染ちゃんとの事は知ってるけど、それ以外にもあるじゃん。例えば――」


 そう言った四十万さんは、内緒話をするように口元に手を当て、俺の耳元で囁きかける。


「そう――タチバナちゃんとか」

「ふぁ……ファッ?」


 四十万さんの言葉を聞いた瞬間、俺はドキリとして上ずった声を漏らした。

 そして、大慌てで首を左右に振る。


「い、いやいや! 何言ってんですかっ? この前も言ったじゃないですか、ルリちゃんとはタダの友達だって――」

「“ルリちゃん”ッ? 下の名前にちゃん付け呼びとか、もう確定じゃん! キャー!」

「だーッ! だーかーらーッ、違うっつーのっ!」


 興奮のあまり、もはや飢えた獣のように目をギラギラさせながら黄色い歓声を上げる四十万さんに辟易しながら、俺は更に声を荒げた。


「お、俺があの()をそう呼ぶのは、本人にそう呼べって言われたからです! だ、断じて、付き合ってるからとか、そういう理由じゃありませんッ!」

「へぇ~、タチバナちゃんの方から“ルリちゃん”呼びをリクエストしたんだ~。ほうほう……ナルホドですねぇ~」

「な、何すか、その意味深な納得顔はッ? 絶対違いますからね! 今アンタが頭に浮かべてる想像とは!」


 俺は、ニヤニヤ笑いながら何度も頷いている四十万さんの言葉を、上ずった声で否定しながら、懸命に首を左右に振るのだった……。

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