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第二十一訓 キャンセルの意志は早めに伝えましょう

 たくさんの人で、駅の地下通路並みにごった返しているサンライズ水族館の入り口前のロビー。

 藤岡がトイレに行き、ミクがチケットを買いに列に並んだ事で、俺と立花さんがロビーに残される事になった。


「……何で、アンタたちが居るのさ?」


 ふたりきりになった瞬間、駅の地下通路からサンライズ60(ここ)まで徒歩で移動するまでの十五分ほどの間、ずっとブスッとしたむくれ面のまま一言も口をきかなかった立花さんが、俺の事を睨みつけながら詰問した。


「……その問いかけ、包装紙で綺麗にラッピングしてお返しするよ」


 立花さんに剥き出しの不満と憤懣をぶつけられた俺が、負けず劣らずの渋面を作りながら答えると、彼女はハリセンボンのように頬を膨らませる。

 そして、ぷいっと顔を背けて大きな溜息を吐くと、自分のショートボブの髪に無造作に手を突っ込み、ガシガシと乱暴に掻きむしった。


「あーっ! もう、意味が分かんないんだけど! 何でホダカとのふたりきりのデートだったはずなのに、あの女とオマケのアンタがついてきてんのぉっ?」

「誰がオマケだよ。……つか、その言葉も、結び切りの熨斗つけてお返しするよ」

「うっさい&ウザい!」


 立花さんは、俺の返しに苛立ちながら声を荒げる。

 そして、険しい表情で眉間に皺を寄せながら、訝しげに小首を傾げた。


「……っていうか、何なの、さっきから? ラッピングがどうのとかノシがどうのとかって、妙な喩えを使って……」

「え……? あ、いや……俺、バイトでラッピングとか熨斗がけとかしてるからさ。こういう時に良く使われる『そっくりそのまま』をそのまま使ったんじゃ芸が無いなぁと思って、一捻りしてみた感じ?」

「あっそ。……べつにどうでもいいけど、くだらないなぁ」

「……」


 ウィットに富んだユーモアをバッサリと切り捨てられた俺は、ムッとして口を尖らす。

 そんな俺の不満顔をあっさりと無視した立花さんは、肩を大きく落とした。


「まったく……ホダカとの初デートだと思ったから、お母さんから前借りしたお小遣いでアイツ好みの服を揃えて、気合い入れて来たのに……全部台無し……」

「ミートゥー……」


 嘆く立花さんに同意して、俺も深々と頷く。

 すると、立花さんが俺の方をチラリと一瞥して、少し驚いた表情を浮かべた。


「……そういえば、アンタ、この前とちょっと違うね。――やめたの? CHA〇Eのコスプレ……」

「だーかーらー! アレはコスプレじゃなくて、ミクたちを尾行する為の変装だって! ……それに、C〇AGEじゃなくて、昔の探偵ものの――」

「べっつに何でもいいよ。どうせ、アンタの格好の元ネタがどうだろうと、あたしは興味ないから」

「……」


 抗議の言葉を、けんもほろろな無関心宣言によって遮られた俺は、しかめ面を浮かべて口を噤んだ。

 一方の立花さんは、近くにあった木製のベンチにドカッと腰を下ろすと、スカートを穿いた太股に両肘を乗せ、頬杖をついた。

 そして、仏頂面でブツブツと呟く。


「……マジで、一体何なの? なんでせっかくの土曜日なのに、ホダカの事を誑かした女狐と、そのストーカーなんかと一緒に水族館なんかに来なきゃいけないのさぁ?」

「ストーカーにストーカーと呼ばれるのは心外なんですけど――あ、いや、スミマセン……」


 “ストーカー”と呼ばれた事にカチンときて思わず言い返したものの、藤岡のストーカー(立花さん)から凄い目で睨みつけられて慌てて謝った俺は、今の発言を誤魔化そうと上ずった声で言葉を継いだ。


「……さっき、ミクたちが駅で言ってたじゃん。『自分の幼馴染に相手を紹介したかったから』だって。そういう事だろ?」

「あたしは別に、紹介なんてしてもらいたくもしてほしくも無かったのに……」

「……俺も同じだよ」


 立花さんの言葉に頷きながら、俺も彼女が座るベンチの隣に腰を下ろすと、横目で彼女のブスッとした顔をチラ見しながら、おずおずと言葉を継ぐ。


「――で、これからどうする?」

「……どうするって?」

「このまま、四人で水族館に入るか、『急用ができた』とか適当な理由を付けて帰っちゃうか……」


 俺はそう言うと、チケット売り場にずらりと並ぶ行列に目を遣った。その行列のちょうど真ん中くらいにミクは居る。今ならまだ、あいつがチケットを買う前に「もう帰るから、チケットを買わなくていい」と告げて、無駄な出費を止める事が出来るだろう……。

 一方、俺の言葉を聞いた立花さんは、両掌に顎を乗せたまま、目だけを横に向けて俺の事を見ると――ブンブンと首を横に振った。


「やだよ。あたしは帰らない」

「あ……そうなんだ」

「……何、その顔?」

「いや……何か意外だと思って」


 ジト目で俺の事を睨んでくる立花さんに気圧されつつ、俺は正直に思った事を口にする。


「だって……駅からここに来るまでの間、ずーっと不機嫌だったじゃん。まあ、気持ちは分かるけどさ……」


 俺はそう言って、小さく溜息を吐いた。

 正直、俺も彼女に負けず劣らず気が重かった。何せ、目の前数メートルのところで、俺の好きだった幼馴染が、俺以外の男と楽しげに談笑しながら歩いているのだ。

 しかも、白いTシャツに涼しげな水色の半袖シャツを合わせた藤岡と、白いブラウスにベージュのキャミワンピのミクが並んで歩く様は、いかにも初々しくも爽やかなカップルという雰囲気で――悔しくて心外極まるけど……正直言って、お似合いだった……。

 ふたりの仲睦まじい様を間近で見せつけられ、色んな負の感情が心の中に満ち溢れた俺は、今にもおかしくなりそうで、一刻も早く離脱したい気持ちになっていた。


「だから……てっきり、立花さんも帰りたがってるんじゃないかと思ってたんだけど……」

「ふん……だからこそ、帰れるわけないじゃん」


 俺の言葉を聞いた立花さんは、口をへの字に曲げたまま、再びかぶりを振る。


「確かに、アンタ達の顔を見てから、あたしはずっと不機嫌だったよ。いや、現在進行形で不機嫌中」

「だったら――」

「……でも、だからって、あたしたちがここで帰っちゃって、ホダカとあの女だけが残っちゃったら……もはやそれって、ただのデートになっちゃうじゃん」

「あ……そう言われれば、そうか……!」


 俺は、立花さんの言葉にハッとして膝を打った。

 立花さんは、そんな俺の事をジト目で見ながら言葉を継ぐ。


「帰れないでしょ? あのふたり、このまま目を離してたら、何をしでかすか分からないよ?」

「う……」

「そうならないように、あたしはふたりに張り付いて、いちゃつくのをとことん妨害してやるんだ! だから、絶対に帰らないもん!」


 彼女は断固とした口調で叫んだ。

 ――その決意で引き締まった表情は、まるで熱田神宮で敦盛を舞い、桶狭間に打って出る事を高らかに宣言した織田信長のそれを彷彿とさせる勇ましさだった。


 ……言ってる事はロクでもないけど。

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