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第二百二訓 起こされる前に起きましょう

 「――っと! ちょっと、どうしたの! 大丈夫?」

「うわああああぁぁ……え?」


 心配する声と共に肩を激しく揺すられた俺は、ハッとして目を見開く。

 開いた視界にまず映ったのは、窓から入る朝の光に照らし出された白い天井。

 そして、俺の事を上から覗き込んでいる女の子の不安げな顔だった。


「あ……る、ルリちゃん……? ど、どうして……?」


 まだ状況が良く呑み込めていない俺は、キョトンとしながら目を瞬かせる。


「あ、あれ……? 確か、俺は……教会に居たはず――それで、ミクと……」

「何寝ぼけてんのさ?」


 うわ言のように呟く俺に、ルリちゃんは呆れた様子で眉を(ひそ)めた。


「ここは教会なんかじゃなくって、ソータの家だよ。アンタ、今までずっと寝てたんだよ」

「お、俺の……家?」


 ルリちゃんの言葉に戸惑いながら、俺は周りを見回す。

 ……確かに、この光景は、ベッド視点から見える俺の部屋のそれに間違いない。

 その見慣れた光景の中に、ひとつだけ違和感が……。


「え、えと……な、なんで君がここに……いでっ!」

「マジでまだ寝ぼけてるし。これで起きた?」


 俺の頬を思い切り抓りながら、心なしか頬を膨らませたルリちゃんが尋ねた。


「あ……ああ、うん」


 頬の痛みで一気に覚醒した俺は、ベッドの隣に畳まれて置かれたマットレスとタオルケットに目を遣る。


「そ、そうだったね……昨日、俺ん家(ここ)に泊まってたね、君……」

「そうだよ。ようやく目が覚めた?」

「アッハイ、お陰様で……」


 抓られた頬っぺたを擦りながら、俺は涙目で頷いた。

 そんな俺の顔を見て、ルリちゃんは呆れとも苦笑ともつかない表情を浮かべる。


「……まったく、さっきまで寝ながらニヤニヤ笑ってたのに、急にこの世の終わりみたいな顔になって叫びだすんだもん。だからビックリしちゃって、慌てて起こしたんだよ」

「そ……それは、ご迷惑をおかけしました……」


 ベッドの上に身を起こした俺は、ルリちゃんの言葉に恐縮しきりで頭を下げた。

 それに対して、少し気まずげに「まぁ……そこまで迷惑だったわけじゃないけどさ」と呟いたルリちゃんは、僅かに首を傾げながら言葉を継ぐ。


「で……どうしてあんなにうなされてたの? なんか怖い夢でも見てた?」

「ま、まあ、怖いっていうアレではないんだけど……」


 ルリちゃんの問いかけに一瞬躊躇して言葉を濁した俺は、先ほどまで見ていた夢の光景を思い出してしまい、僅かに顔を(しか)める。

 そんな俺の顔を見て、怪訝そうな顔をしたルリちゃんだったが、「教会……あっ」と呟くと、ハッと息を呑んだ。


「ひょっとして……ミクさんが教会で……みたいな?」

「……うん」


 ルリちゃんの問いかけに胸がずきりと痛むのを感じながら、俺は小さく首を縦に振る。

 それを見た彼女は、しゅんとした顔をして俺に頭を下げた。


「……ごめん、ソータ。それは……確かにうなされるね」

「……うん」

「ミクさんと教会に居たら、急に苦しみ出してゾンビ化しちゃう夢だなんて……」

「うん……って、いやいや違うよッ?」


 ルリちゃんの言葉に頷きかけた俺は、途中で違和感に気付き、慌ててかぶりを振る。


「それ何てバイオハ〇ードぉッ? 教会に居たのは確かだけど、ゾンビ化はしてないから!」

「じゃあ、何であんなにうなされてたのさ?」


 俺の反論に、彼女は不満げに口を尖らせる。


「教会といったらゾンビでしょ?」

「いやいやいやいや! 何その偏ったイメージッ? もっと色々あるでしょうが!」

「色々ぉ? あ、吸血鬼の方か!」

「オカルトから離れろぉ!」


 目を輝かせるルリちゃんに、俺は思わずツッコんだ。

 そして、勢い余って口を滑らせる。


「結婚式だよ、結婚式! ミクの結婚式の夢だったの!」

「結婚式? ……あっ」

「はじめは、俺が花婿だったのに……急に入れ替わって、藤岡がアイツの横に……そ、それで……ふたりがち、誓いのキ……キスを……うぅっ!」

「だ、大丈夫?」


 苦い夢の記憶に頭を抱えた俺に驚きながら、恐る恐る声をかけてきた、シュンとした顔をして項垂れた。


「……大丈夫じゃないよね。そんな辛い夢を見たら、多分あたしでもうなされる……ホントごめん」

「い、いや……大丈夫。気にしないで」


 再び謝ってきたルリちゃんに、俺は微笑んでみせる。半ば無理矢理なので、頬が引き攣りそうになるのはしょうがない。

 そんな俺の微笑でも少しは気が楽になったのか、ルリちゃんもぎこちなく笑い返してくれた。

 そして、気を取り直すように明るい声を上げる。


「――目が覚めたんなら、朝ごはん食べよっか。もう出来てるよ!」

「えっ、朝ごはん……作ってくれたの?」

「うん!」


 ビックリする俺に、大きく頷いたルリちゃんだったが、すぐに表情を曇らせた。


「……ひょっとして、あたしの作った朝ごはんは食べたくないって? また失敗したって思ってるの?」

「い、いや、そうじゃなくって!」


 たちまち不機嫌になる彼女に、俺は慌てて首を横に振る。


「た、単純にビックリしただけだよ! 前の日に買った菓子パンとかを食べるのが、俺の朝飯のデフォだったから、起きたら既に朝ごはんが用意されてるだなんて状況、思いもしてなかったからさ……」

「……そっか!」


 俺の答えを聞いたルリちゃんは、一拍おいてからニッコリと笑った。……良かった、どうやらご機嫌は直ったようだ。


「さあ、早く起きて! 温かいうちに食べちゃお! 今日作った朝ごはんは、我ながら自信があるから安心してね!」

「あ、うん」


 俺も彼女につられるように笑顔になりながら頷く。

 そして、腹にかかっていたタオルケットを払いのけて立ち上がろうとして――、


「あっ……」


 ふと、下腹部に違和感を覚えて、ピタリと動きを止めた。


「……」


 そして、恐る恐る目線を自分の股間に向け……


「……っ!」


 慌てて一度払いのけたタオルケットを掴んで下半身を隠す。

 ――当然、そんな奇妙な俺の動きを見たルリちゃんは訝しんだ。


「……どうしたの?」

「あ……い、いや……その」


 俺は、かけたタオルケットの下で膝を立てて股間との間に隙間を開けながら、気まずげに言葉を濁す。

 そして、微妙に目を逸らしながら、ルリちゃんに言った。


「す、すぐ収まるから、る、ルリちゃんは台所の方に行ってて……」

「は? すぐ収まる? 何の事? いいから早く起きて」

「い、いや……」


 急かすルリちゃんを前に、俺は困り果てながらモゴモゴと口ごもる。


「起きてと言われても、()()()()()()というか……()ってるから立てないというか……」

「はぁ? 何言ってんのさ?」


 歯切れの悪い俺の言葉に、ルリちゃんは訳が分からないとでも言いたげに首を傾げながら、ベッドの脇に近づいた。

 そして、次の瞬間、


「どーでもいいから、さっさと起きてよ!」


 という声と共に、俺が下半身を隠していたタオルケットを力任せに剥ぎ取る。


「アッー!」

「何を大げさに叫んでるのさ? いいから、早く立っ……」


 悲鳴を上げる俺に対してかけられたルリちゃんの声が途中で途切れた。


「……」

「……」


 彼女の目は、タオルケットが取り払われて露わになった俺の――テントのように盛り上がった股間に……。


「ちょ、ちょっとき、聞いて……!」


 慌てて掌で股間を覆い隠しながら、俺は上ずった声を上げる。


「お、女の子の君は知らないかもしれないけど、こ、これは決して疚しい事とかエロい事とかを考えてた訳じゃなくって……け、健康的な男子なら誰もがなる生理現しょぶべらぁっ!」

「こんのバカアアアアアアアアアアァぁぁッ!」


 必死の弁解も虚しく、顔を真っ赤にしたルリちゃんに至近距離から思い切りタオルケットを顔面に投げつけられた俺は、情けない声を上げながらベッドの上に突っ伏すのであった……。

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