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第百九十七訓 余計な事を訊くのは避けましょう

 ――そんな事もあったので、なるべく急いでシャワーを浴びた俺は、そそくさと寝間着代わりのTシャツとハーフパンツを着た。

 そして、ドアの取っ手に手をかけたものの、


「……」


 さっきの事が頭を過ぎって、ドアを開ける事を躊躇った。

 えーと……半ケツ見られた相手に、どんな顔すればいいんだ……?

 とはいえ、いつまでもそんな事を思い悩んでドアの前で突っ立ってる訳にもいかない……。


「ふぅ……」


 深呼吸した俺は、くるりと振り返って、洗面台の上に取り付けられた鏡に顔を向けた。

 そして、湯気で曇った鏡を手で拭き、自分の顔を映して、「半ケツ見られても動じない落ち着いた(おとこ)の表情」を作ってみる。

 ――それから数分後、


「……こんなもんかな?」


 何とか納得いく表情を見つけた俺は、その顔を崩さないように気を付けながらドアに向き直り、ゆっくりと開けた。


「……上がりましたぁ……って、あれ?」


 俺の声が、途中で疑問形に代わる。

 リビングで待っているはずのルリちゃんの姿が見えなかったからだ。


「あれ? どこ行ったん――」

「……おかえり」

「ッうわぁっ?」


 思わぬ近さで不意に返って来た声にビックリして、俺は素っ頓狂な声を上げる。

 そのせいで、さっきあれだけ苦心して拵えたすまし顔はどっか遠いところへ行ってしまった。

 とはいえ、そんな事を気にしている場合ではない。

 慌てて声のした方に顔を向けると、開いたドアの影に隠れて、ルリちゃんが壁にもたれて体育座りしているのを見つけた。


「な、何やってんの? そんなところで……」

「……別に、あたしが部屋のどこにいようと関係無いでしょ」


 当惑しながらおずおずと尋ねる俺を横目で睨んだルリちゃんは、すぐに手元のスマホに視線を戻しながらぶっきらぼうに答える。


「ま、まあ、そうだね……」


 俺は、なぜか不機嫌そうなルリちゃんの様子に首を傾げながら、ぎこちなく頷いた。

 そして、仏頂面でスマホをいじっている彼女の横を通って、髪を乾かそうとローテーブルの上に置かれていたドライヤーに手を伸ばそうとした時、ふとある事に思い当たって振り返る。


「……あれ? ひょっとしてルリちゃん……」

「……何さ?」

「あ、いや……何でもないっす」


 一瞬、「幽霊が怖くて、なるべく俺に近付こうと思ってそんなところに座ってたんじゃ……?」と訊ねかけた俺だったが、その答えが“YES”でも“NO”でもルリちゃんにキレられるであろう事を察した俺は、すんでのところで言葉を呑み込んだ。

 『口は禍の元』……いや、このシチュエーションなら、『沈黙は金』の方が相応しいか……。

 そんな事を考えながら、俺は壁のコンセントにドライヤーの電源コードを挿し込んだ。


「じゃ、じゃあ、髪の毛乾かすから、少しうるさくなるよ」


 俺は、浴室のドアの横の壁に寄り掛かったままのルリちゃんにそう声をかけると、ドライヤーのスイッチを押した。

 吹き出し口から出る熱風を当てながら、髪の毛をバスタオルで乱暴に拭く。

 ――と、その時、


「……き……メン」


 吹き出す風の音に紛れて、ルリちゃんの声が聞こえた。

 俺はドライヤーをかけたまま振り返り、ルリちゃんに訊き返す。


「え? なんか言った?」

「あ……えと、その……」


 さっきまでとは違って、いつの間にローテーブルの向かいまで近付いてきていたルリちゃんは、俺の問いかけにモジモジしながら目を左右に泳がせながら、消え入りそうな声で言い直した。


「だから……っき……メンって……」

「あ、ゴメン。ドライヤーの音が大きくて聞こえなかった。悪いけど、もう一回――」

「さっきはゴメンって言ったの! ていうか、聞こえないならドライヤー止めなよッ!」


 苛立ちながらそう怒鳴ったルリちゃんだったが、すぐに顔を真っ赤にして顔を逸らす。

 そして、言いにくそうにしながら言葉を続けた。


「さ、さっき……勝手にお風呂場に入って……そ、その……裸み、見ちゃって……ゴメンなさい……」

「あ、あぁ、あの事か……」


 途切れ途切れに謝るルリちゃんに、俺は思わず苦笑しながら首を左右に振った。


「いや……別に謝んなくて大丈夫だよ。別に、見られたって減るモンじゃないし」


 そう答えた俺も、ルリちゃんに向けて頭を下げる。


「っていうか、俺の方こそゴメン。こんな貧相な男の裸なんて見たくなかったでしょ?」

「えっ? い、いや、そんな、貧相だなんて……」


 俺の謝罪の言葉に、そう答えかけたルリちゃんは、ハッと目を見開くや、千切れそうな勢いでかぶりを振った。


「あ! い、今の“いや”は、貧相とか貧相じゃないとか……そ、そっちの方の事じゃないからッ! ドアを開けたのはあたしの方なんだから、ソータが謝る事なんかじゃないっていう意味の“いや”だからっ!」

「も、もちろん、そんなにムキになんなくても、ちゃんと分かってるって」


 ムキになって反論するルリちゃんに辟易しながら、俺は何度も頷く。

 そして、苦笑しながら「だから――」と言葉を継いだ。


「つまり、お互い様だからさ。もうこの話は終わりにしようぜ。俺も、野良犬に噛まれたとでも思うからさ」

「何その痴漢に遭ったみたいな言い草。普通逆でしょっ!」


 俺の言葉に、ルリちゃんはぷうと頬を膨らませる。

 ……良かった。何とかいつもの調子に戻ったようだ。


「……何さ?」

「いや、別に」


 不満そうに眉を(しか)めるルリちゃんを前に、俺はトボけた顔で肩を竦めてみせる。

 ――と、


「あ……そういえば」


 俺は、ふとある事が気にかかり、おずおずと口を開いた。


「あのさ、ルリちゃん……ひとつだけ確認しておきたいんだけど……」

「……なに?」

「そのぉ……」


 訝しげに訊き返すルリちゃんに。、俺は躊躇いがちに尋ねる。


「さっきさ……どこまで見た?」

「……は?」

「う、後ろ姿はバッチリ見られたと思うけど……その……こ、股間に付いてる……ブツとか……ひょっとして――ぶふぅっ!」

「み、みみみみ見た訳無いでしょうがあッ!」


 渾身の力で俺の顔面にクッションを投げつけたルリちゃんは、動揺を隠せない声で絶叫するのだった……。

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