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第百九十四訓 鼻歌は人のいないところで口ずさみましょう

 “ドンッドンッドンッ ド~ンキ~ッ 鈍器(どんき)方天(ほうてん)~♪ いつでも安心 終日営業ぉ~っ♪”


 様々な商品が所狭しと並べられた雑多な店内に、やたらテンポの良い陽気な音楽が流れている。

 もう時刻は午前一時を回っているというのに、この店は煌々と明かりを点けて絶賛営業中だ。

 ――ここは、赤発条駅の前に建っている“鈍器方天(どんきほうてん)・赤発条駅前店”。別名“激安の虎牢関”と呼ばれて広く知られ、全国展開している総合ディスカウントストア・『鈍器方天』グループの支店のひとつである。

 頭にゴキブ……コードネーム“G”の触角のような飾りのついた冠を被り、三日月型の副刃(そえば)が付いた長槍を携える太っちょのツバメ (“鈍・飛将(ドン・ヒショー)”という名前らしい)がイメージキャラクターの鈍器方天グループは、『常在売場(じょうざいばいじょう)』とかいう造語をスローガンに掲げている。

 これは、三百六十五日二十四時間営業をするという事であり、それはこの赤発条駅前店も同じだった。

 品揃えも豊富で、値段も安くて、その上いつ何時でも開いている“鈍器方天・赤発条駅前店”は、言うまでもなくとても便利で、赤発条駅の周辺に住む人々にとって貴重なライフラインの一つになっていた。

 ……まあ、さすがにこの時間になると、一般のお客さんの姿はほとんど無い。

 その代わりに通路を我が物顔で徘徊しているのは、長い髪の毛を()金々(キンキン)に染めた厚化粧の若い女性や、剃り込みの入ったガチガチのリーゼントヘアに特攻服というトラディショナルヤンキーファッションの男たちが多かった。

 あぁ、あとは、魂の抜けたような顔でエナジードリンクの箱を抱えているサラリーマン風のオッサンの姿もちらほらと……。


「……ドンッドンッドン ドーンキー 鈍器(どんき)方天(ほうてん)ーん……」


 そんなカオスな店内の片隅で、買い物カゴを腕に引っかけてボーっと突っ立っている俺は、天井から鳴り響く鈍器方天のテーマソングを口ずさむ。


「なんでも揃うよ 楽しいお~みせ~……」


 ……なんか、このテーマソング、妙な中毒性がある。

 単調なメロディな上に、どこか間の抜けた歌詞の曲だから、何度も聴いて楽しい歌なんかじゃないはずなんだけど、店に入ってからずっと聴かされ続けたからか、ふと気づいたら無意識に鼻歌を歌っていた……いや、洗脳されたみたいでなんか怖ッ!


「……ドンッドンッドン ドーンキー 鈍器(どんき)っ方て――」

「……どうしたの、ソータ? ちょっと……いや、だいぶキモいよ」


 鈍器方天のマスコットに呪われたかのように続いていた、俺の累計十九回目の熱唱は、冷め切った声によって唐突に遮られる。

 その声によって、まるで魔法が解けたかのようにハッと我に返った俺は、訝しげに眉を顰めてこちらを見る少女を前にたじろぎつつ、抗議の声を上げる。


「る……ルリちゃん、“キモい”はさすがに言い過ぎじゃないかな? チクチク言葉いくない!」

「全然言い過ぎじゃないよ。さっきから、そこの通路を通るお客さんが、アンタが立ってるところから微妙に迂回して歩いてたよ」

「えっ、マジで?」


 ルリちゃんの言葉にビックリして、俺は辺りをキョロキョロと見回す。

 ……確かに、通路から歩いてきた、襟足の長いクソガ……お子様を連れたチーマーっぽい夫婦が、俺と目があった途端に脇の通路へそそくさと入っていった。

 明らかに、俺の事を避けている……。


「そ、そこまで避けるか、フツー? だって……ここでフツーに鼻歌を歌ってただけだぜ、俺?」

「あんな生気の無い虚ろな無表情で、虚空を見上げながら延々とドンキのテーマソングを歌ってるようなヤバそうな奴、普通は避けるに決まってんじゃん」

「……」

「はい、コレ」


 ルリちゃんは、ぐうの音も出ない正論を叩きつけられて愕然とする俺に、手に持っていたものを突きつけた。


「買う。入れて」

「あ……ハイ」


 簡潔なルリちゃんの指示に、俺は慌てて手に提げていた買い物カゴを差し出す。

 その中に、彼女は手に持っていたものを次々と入れていく。

 チューブ型の洗顔フォーム……歯ブラシ……ボディタオル……そして――、


「ちょ、ちょっ!」


 俺は、小さなハンガーにかけられた、灰色の柔らかそうな二枚の布のセットを目にした途端に、慌てて顔を逸らしながら叫んだ。

 それは見まごう事無き――ぶ、ぶらじゃーとぱんつ……いや、パンティー……!


「そ、そんなし……下……そ、()()()()()を恥ずかしげもなく男の前に出しちゃダメでしょうが!」

「はぁ? 別にいいじゃん」


 血相を変えて咎める俺に、ルリちゃんは不機嫌そうに眉を顰める。


「使用済みならともかく、これは未使用だし、色気のカケラも無いただのスポブラとショーツじゃん。見られたって、別に恥ずかしくもなんともないよ」

「で……でも、だからといってさぁ……もう少しこう、何と言うか……羞恥心というか……」

「は? 羞恥心? 何言ってんのさ?」


 俺の言葉に呆れ顔を浮かべたルリちゃんは、苦笑しながら答えた。


「ソータ如きに未使用の下着を見られた程度の事で、羞恥心なんて持つはずないでしょうが。……そりゃ、相手がホダカだったら話は別だけどさ」

「……」


 ルリちゃんの辛辣な言葉に、男の尊厳を些か傷つけられた俺は、思わず口をへの字に曲げる。

 ――と、


「……っていうか」


 買い物カゴの一番上に置かれた下着セットを一瞥したルリちゃんは、頬を不意に引き攣らせながら顔を上げ、俺にジト目を向けた。


「ひょっとして――売り物の下着を見るだけで興奮しちゃうヒト……なの? 変態(ソータ)って?」

「おいいいいぃぃぃっ! “変態”のルビに(ソータ)の名前を充てるんじゃあないっ!」


 ルリちゃんの無礼極まる言葉に、俺は目を飛び出さんばかりに見開いた必死の形相で抗議するのだった……。

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