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第百九十三訓 お泊まりの準備はしっかり整えましょう

 「……はい」


 俺は、スマホの液晶画面を軽く拭いてから、ルリちゃんに返した。

 それを受け取って、耳に当てようとしたルリちゃんだったが、通話が切れている事に気付き、怪訝な表情を浮かべる。


「……あれ、切れてんじゃん」

「あ、うん……。電話代わろうとしたんだけど、君のお母さんが切っちゃったんだよ。言い残した事があったんなら、もう一回かけ直せば?」

「……ううん。もう、伝えたい事は伝わったはずだから、別にいいや」


 俺の言葉にそう答えてかぶりを振ったルリちゃんは、「それにしても……」と言いながら、探るような目で俺の顔を見た。


「随分長いことママと話してたよね、ソータ。ママから何か言われたの?」

「え? あ、いや……えっと……」


 ルリちゃんの問いかけに、内心ドキリとする俺。


 ――『……ぶっちゃけ、本郷くんは、ウチの子の事をどう思ってるのかな?』

 ――『もし……ルリが君の事を好きになったら、その時は一度考えてみてくれる? ルリと、友達以上の関係になる事を――』


 ついさっき、スマホのスピーカー越しに聞いたルリちゃんのお母さんの言葉が蘇る。

 ……そんな事を言われたと、正直にルリちゃんに伝えたら、彼女はどんな反応をするだろうか?

 ――うん、やめといた方がいいな、絶対に。


「い、いやぁ……別に大した事は話してないよ。『ワガママばっかり言って迷惑をかけるかもしれない』みたいな事くらいで……」

「はぁ? 誰がワガママだって言うのさ、ママったら!」


 俺の答えを聞いたルリちゃんは、ぷうと頬を膨らませる。

 そして、眉間に深い皺を寄せながら、俺に疑いの眼差しを向けた。


「あたしがいつワガママなんて言ったのさ? そうでしょ、ソータ?」

「……」

「いや、そこで黙んないでよっ!」

「すんませんっ!」


 俺は、ローテーブルの下越しに思い切り脛を蹴られて、条件反射で謝る。


「まったく、ママめ……!」


 ルリちゃんは、威嚇するフグのように頬を膨らませながら不満げな声を上げたが、それからすぐに気を取り直すように大きく頷いた。


「……まあ、これでママのオッケーももらえたって訳だよね」

「ま、まあ……そういう事になる……か」


 彼女の言葉に、俺はしぶしぶ首を縦に振る。

 それを見たルリちゃんは、「ヨシ!」と言って満面の笑みを浮かべると、すっくと立ち上がり、見上げる俺に向かって手招きしながら言った。


「じゃ、今から買い物に行くよー!」

「は?」


 俺は、彼女の言葉に唖然として、思わず訊き返した。


「か、買い物? 今から?」

「そうだよー」

「い、いやどこに?」

「駅前にドンキがあったじゃん。ここに来る途中で見たよ。二十四時間営業でしょ、あそこ?」

「ま、まあ、そうだけど……ていうか、何を買いに……?」

「そんなの、ここに泊まる為に必要なものに決まってるじゃん!」


 度重なる俺の質問に焦れたルリちゃんが、声を荒げる。


「歯ブラシとか洗顔フォームとかさ! どーせ、顔を洗う時、洗顔フォームなんて使わないで、水で洗って終わりなんでしょ、アンタ?」

「……せんがんふぉーむ? ナニソレオイシイノ?」

「存在すら知らんのかーい!」


 首を傾げた俺に呆れ切った目を向けたルリちゃんは、さっきよりも強めに手招きした。


「だから、必要なものを買いに行くって言ってんの! ほら行こ!」

「いや……俺は別に必要なものなんて……」

「アンタ、真夜中の道を、いたいけな女子高生ひとりだけで歩かせようっていうの?」

「あっ……いや、決してそういう訳じゃないけど……」


 そう答えながら、俺はおずおずと首を横に振る。

 ――だが、ルリちゃんの姿を見上げながら、「でも……」と怪訝な表情を浮かべた。


「いたいけ……ねえ?」

「何さ? 何か文句でもあるのっ?」

「アッいえ! 何でも無いっす!」


 ルリちゃんにギロリと殺気の籠もった目で凄まれた俺は、慌てて立ち上がる。

 そんな俺を見て大げさに肩を竦めてみせた彼女は、おもむろに目を宙に向け、指を折り始める。


「えっと……とりあえず必要なのは……洗顔フォームと歯ブラシと……まさか、歯磨き粉くらいはあるよね?」

「あ、うん……一応。スーパーで特売してる安っすいヤツだけど……」

「まあ、一日だけだから、それでいっか」


 少し不満そうにしながらも頷いたルリちゃんは、更に指を折る。


「あとは……お風呂のボディタオルかなぁ……」

「ファッ?」


 ルリちゃんの呟きを聞いた俺は、思わず目を剥いた。


「ぼ、ボディタオルって……風呂で体を洗う用のタオル?」

「そうだよ? 他に何があるのさ?」


 俺が上げた驚愕の声に、ルリちゃんはキョトンとした顔で首を傾げる。

 そんな彼女に、俺は頬を引き攣らせた。


「ま、まさか、俺ん家の風呂に入るつもりなのっ?」

「そうだけど? って言っても、ここってユニットバスじゃん。だから、シャワーを浴びるだけだよ?」

「い、イカンでしょッ!」


 涼しい顔で頷くルリちゃんに向けて、俺は激しく首を左右に振る。


「こ、この家には俺も居るんだよ? なのに……ふ、風呂に入るなんて……」

「そんな事言ってもしょうがないでしょっ?」


 彼女は、ムッとした顔をして言い返した。


「ホントはあたしだって、この前行った銭湯の広い湯船にゆったり浸かりたいところけど、もう営業時間はとっくに終わっちゃってるでしょ? だったら、狭くてもシャワーでも、ここでガマンするしかないじゃん」

「い、いや……今日一日くらいは風呂に入るのを我慢して、明日自分の家に帰ってからゆっくりと入れば――」

「あたしにお風呂に入るなって言うの、アンタ?」


 俺の言葉を聞くや、露骨に顔を顰めるルリちゃん。

 そして、自分が着ているTシャツの端を摘まみながら、険しい声を上げる。


「一体誰のせいで、あたしがこんなに汗だくになったと思ってんのさ! ねえ、連絡が取れないって散々心配しながらずっと外で待ってたあたしを差し置いて、呑気に映画なんか見てた誰かさんさぁっ?」

「う……」

「こんな汗まみれで気持ち悪い感じのまま寝れる訳無いでしょうが! シャワーくらい貸してくれてもいいんじゃない? 違う?」

「で、でも……」


 一瞬、『でも……君、さっきテーブルに突っ伏して熟睡してたやん……』と言い返そうとした俺だったが、


「あ……いえ……お、おっしゃる通りでございます……」


 ルリちゃんの剣幕に、「そんな事を言ったら火に油だ」と速やかに察した俺は、直ちに“速やかなる戦略的転進”を選ぶのだった……。

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