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第百七十八訓 “好き”には二種類あると心得ましょう

 とっぷりと夜の帳が下りた公園には、様々な音が鳴っていた。

 リーンリーンという、鈴虫らしき虫の声。

 どこかの木の枝でケンカでもしているらしい鳥のけたたましい鳴き声。

 木の葉が風でそよぐ涼やかな音。

 道を隔てた大通りの方から微かに聞こえてくる、バイクの排気音。

 公園の周囲に立ち並ぶどこかの家で、親に叱られたらしい子どもがギャン泣きしてる叫び声――。


「……」

「……」


 そんな様々な喧騒が鳴り響く中、ブランコに座ったミクと、その横に佇む俺は、ずっと沈黙していた。


『お……俺は、ミクの事が、ずっと……ずっと前から……今でも――好きなんだよ』


 ――それが、俺が発した最後の言葉。

 それから、どのくらい経ったのだろうか……。

 体感的には、もう十分くらい過ぎた感覚だったのだが、チラリと公園の真ん中に立っている時計台を見上げると、まだ一分も経っていなかった……。


「……」


 俺は、ブランコに座っているミクの方に、恐る恐る目を向ける。

 だが、依然としてミクは、さっきと同じように、ブランコの鎖を握って俯いたままだった。


「……」


 き……気まずい! だ、誰か……俺に酸素をくれ!

 俺は、緊張のあまり早まるばかりの鼓動と息に苦しさを覚え、心の中で悶絶しながら後悔し始める。


(や……やっぱり、いくら自分の気持ちにケリをつける為だっていっても、告白し直すなんてやめた方が良かったのかな……? ミクも困ってるみたいだし……)


 酒に酔った勢いなんかじゃなく、自分の意志で気持ちをハッキリと伝えるという事は、俺が前に進む為には外せないプロセスなのだが、それは所詮、俺のエゴでしかない。

 ただでさえ、酒に酔っていたとはいえ、誕生日会の時に俺が自分勝手に想いを告げたせいで、ミクは今日まで悩んでいたに違いないんだ。

 俺自身のエゴのせいで、更にミクを苦しませるのは全然本意ではない。

 ――でも、一度口から出してしまった言葉は、もう取り消せない。


(あ――っ! 吉良〇影、早く来てくれえええぇっ!)


 俺は、心の中で泣きそうになりながら、時間を『爆破』して戻す事ができるスタンド“バイツァ・ダ〇ト”を持つ男の到来を切望するが、生憎とここは杜〇町では無かった為、その願いが叶う事は無かった……(当たり前)。

 ――と、その時、


「……そうちゃん」

「――っ!」


 消え入りそうな声でポツリと名を呼ばれた俺は、ビクリと身を大きく震わせた。

 さっきから早鐘のように鳴っていた心臓の鼓動が更に早まり、まるでドラムロールのような音を奏で始める。多分、今心拍数を測ったらカンストするに違いない。

 頻脈と緊張で立ち眩みを起こしそうになりながら、それでも何とか堪えた俺は、なけなしの平常心と自制心をかき集め、可能な限りのクールさを装って応えた。


「お……おう……」

「……」


 ブランコに座ったミクは、そんな俺の顔をじっと見上げる。

 その大きな瞳は、街灯の明かりを反射してキラキラと光っていた。

 俺は、その瞳の美しさに思わず見惚れ、吸い込まれるように彼女を見つめ返す。

 と、ミクの形のいい唇が、ゆっくりと動いた。


「……ありがとね、そうちゃん。私の事を好きになってくれて」

「……っ」


 ミクの言葉を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑む。

 この会話の流れは、既視感がある。――と言っても、実体験じゃなくって、マンガやアニメのストーリー展開でだけど。

 これ……典型的なあかんパターンのヤツやん……。

 嫌だ……もうこれ以上聞きたくない……。


「……っ!」


 でも俺は、今すぐ耳を塞いでこの場から逃げ出したい衝動を何とか抑えて、この場に踏みとどまった。

 今逃げ出したところで、結局は結論を先延ばしにするだけだ。それじゃ、今日ミクと会った意味が、勇気を振り絞って想いを伝えた意味がまるで無い……。

 受け止めるしか無いんだ。この後で、どんな答えがミクの口から紡がれようとも……!

 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……。


「う、うん……」


 俺は、あの時の某ファーストチルドレンの気持ちが痛いほど解りながら、ぎこちなく頷く。

 ミクは、そんな俺にはにかむような微笑み……いや、今にも泣き出しそうな表情を向けると、意を決したように口を開いた。


「でも…………ごめんなさい。私は……そうちゃんの気持ちには応えられない……」

「…………」


 ミクの返事を聞いた瞬間、それまで激しく脈打っていた全身の血管が一際熱くなり、それから一気に体が冷たくなるのを感じた。

 ……事前に分かってたはずの答えなのに、いざ直接ミクの口から聞いたら……うん、やっぱ辛いや。

 と――、

 凍りついたように佇む俺を前に、ふと顔を俯かせたミクが、震える声で言葉を継いだ。


「……そうちゃんの事は好きだよ。最初に会った時から、ずっと。――でも、その“好き”は、そうちゃんの“好き”とは意味合いが違うの……」

「……異性に対する“LOVE(好き)”じゃなくて、家族に向ける“LIKE(好き)”って事か……」


 ミクの言葉を聞いて呆然と呟いた俺の脳裏に、いつぞやの記憶がフラッシュバックする。


『なんか、一緒にいる時間が長すぎて、“友達”って言うよりは、もう“家族”の方が近いなぁと思ってて……』


 ――そう。あれは確か、“ミクの彼氏”である藤岡と初めて会った……四人で水族館に行った時の事だった。

 結局……ミクの中での俺の位置付けは、あの時から何一つ変わらなかったって事か……。


「確か、あの時……“お兄ちゃんみたい”って言ってたよな……俺の事をさ」

「……正確には、“お兄ちゃんみたい”じゃなくて、“弟みたい”です……」

「い……一応、俺の方が年上なんだけどさ……」

「……ごめんなさい」


 俺のツッコミに、ミクは申し訳なさそうに謝ってきた。

 いや――結局、『弟みたい』は訂正せんのかい……。

 ていうか、このやり取りにも既視感(デジャヴ)があるんですけど……。

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